杉江松恋氏による「ホームズ短篇についてのメモ」

杉江松恋氏いわく―― 「弘前読書会の『シャーロック・ホームズの冒険』レポート http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20160529/1464477623 が上げられる記念に、再読したホームズ短篇60作についての自分のメモをツイートの形で置いておこうと思います。ネタばらしなしなので、お手すきのときにでも読んでください。」 「ミステリーを読んでいて原点に帰りたくなったとき、何度でもホームズを読むといいと思います。原石のような形で技巧が埋め込まれており、それに学ぶと現代のミステリーがまた新鮮に見えてきます。読み継がれるのには意味があるのです。 https://twitter.com/from41tohomania/status/737097413928714241
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杉江松恋@11/12秋季例大祭こ02b @from41tohomania

26/60「ノーウッドの建築業者」(生還)。有名な「火事だ」の場面がある一篇。レストレードとの対決図式あり、謎の指紋あり、結末の意外さもあり、と盛りだくさんな内容でいい。特に指紋の一件は結末まで読んだ後でホームズの台詞や表情をもう一度読み返してみると非常に味わい深い。完成度高し。

2016-05-29 15:44:08
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27/60「踊る人形」(生還)。ポー「黄金虫」という前例もあり完全に独創的というわけではないが、暗号に人形というモチーフを持ってきたことは誰にも真似のできない思いつきだった。個人的には解読のために文字が足りないので次の暗号文が来るのを待った、とホームズがいうところが好き。リアル。

2016-05-29 15:44:26
杉江松恋@11/12秋季例大祭こ02b @from41tohomania

28/60「美しき自転車乗り」(生還)。美女が怪しい雇い主に、というパターンだが、ある大きなテーマを扱われている。ホームズ譚の中には古びずに現代にも通用する図式が描かれているものがあるが、これもその一篇だ。一言で表せば愛についての作品で、真相を知ったワトスンが鋭い言葉を吐く。

2016-05-29 15:47:38
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29/60「プライアリ・スクール」(生還)。行方不明になった少年を捜索する話。足跡を巡る推理が中心にくるが、検討しなければならない事柄が多いため、中途までは捜査小説というべき展開となる。これも、物語の中盤までと後半では人物の印象ががらりと変わる。このひっくり返しがドイルの武器だ。

2016-05-29 16:33:07
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30/60「ブラック・ピーター」(生還)。銛で背後の壁に串刺しにされた死体、という現場の状況こそ煽情的なものだが、猟奇的な要素はそこまでで、謎解き自体は過去にも出てきたいくつかの要素の複合である。犯人のユニークな人物像で読ませる部分があり、過去と現代が呼応するパターンの一篇。

2016-05-29 16:41:44
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31/60「恐喝王ミルヴァートン」(生還)。ホームズもかなわない狡猾な恐喝者が登場する。やや低調な話が続いた後なので梃入れの意味もあったのだろうか。フェアプレイの精神を逸した者に厳しくあたる作者の姿勢が明確にされており、後のクロフツ『山師タラント』などと併読したらおもしろそうだ。

2016-05-30 05:25:27
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32/60「六つのナポレオン像」(生還)。「青い柘榴玉」と同じパターンだが、ナポレオン像の盗難について異常心理の議論があったり別筋の事件があってそちらに読者の注意が向けられたりと、やや味付けが濃い。最後に明かされる大オチについての仕込みがないので現代の読者にとっては唐突感がある。

2016-05-30 05:46:55
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33/60「三人の学生」(生還)。試験問題を盗み見た学生を捜すというみみっちい事件に大探偵が挑む。題名が示唆するとおり容疑者は三人に絞られており、純然たる犯人当てである。謎解きは単純なものだがきちんと手がかりが与えられていて好感度は高い。偽の容疑者にもう少し工夫が欲しいところ。

2016-05-30 05:55:17
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34/60「金縁の鼻眼鏡」(生還)。遺留品の眼鏡がホームズ式の分析にかけられ、持ち主の人物像が暴き立てられるところが読みどころ。その他も足跡など物証が重視される展開だけにホームズが「煙草がすべてを解決する」と言い出したとき読者の関心は最大になる。密室に分類してもいいトリック。

2016-05-30 06:04:31
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35/60「スリー・クォーターの失踪」(生還)。またも失踪もの。読者を勘違いさせる小技が効いている一篇で、特にホームズが注射器を取り出すあたりの展開はおもしろい。馬や子供と比べると成年男性は探しにくい相手だと思われるがドイルは敵役を登場させることで冗漫になりそうな話を救っている。

2016-05-30 06:15:16
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36/60「アビィ屋敷」(生還)。ワインの澱の残った三つのグラス、切断された呼び鈴の紐など物証に関する考察が冴えており、最後で明かされる犯人像が情報の後出しのために読者には推理が難しいことなどどうでもよくなる。議論を呼びそうな結末は『生還』収録作に共通する倫理観問題の現れである。

2016-05-30 06:28:06
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37/60「第二のしみ」(生還)。ドイルが二度目の幕引きを目論んだ一篇。文書紛失ものとしてのプロットは平凡で、後半に浮上してくる「過去に追われる人物」のプロットの方に重点が置かれている。ある人物の愚かな行動が物語の核になるのだが、倫理観の古さを考慮に入れないとだいぶ印象が変わる。

2016-05-30 07:18:04
杉江松恋@11/12秋季例大祭こ02b @from41tohomania

35/60「ウィステリア荘」(挨拶)。客として招かれた家で一家全員が消えていた、という奇妙な体験から始まる物語。グロテスクな見かけは隠された深刻な事態の表れであるというホームズの発言が興味深い。深層の事態を前作との間に3年が経っており以降は世界大戦前夜の空気が作品にも漂い始める。

2016-05-30 07:34:34
杉江松恋@11/12秋季例大祭こ02b @from41tohomania

36/60「ブルース・パーティントン型設計文書」(挨拶)。解決がやや駆け足な点を除けば本集中の白眉である。文書紛失ものだが設計図の不可解な移動、犯行現場を巡るホームズの推理など見所は多い。死体遺棄トリックや文書の移動を巡る手続きなどから日本の長篇を複数連想させられる(同じ作者)。

2016-05-30 07:40:55
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37/60「悪魔の足」(挨拶)。後期ホームズ譚にはアイデア専行の話が含まれており、これもその一篇。なのにそれほど味気ない感じがしないのは、ホームズとワトスンが危地に陥る一幕があるからだろう。ワトスンの危機を見てホームズは激しく動揺する。キャラクター小説の側面が物語を救っている。

2016-05-30 08:03:13
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38/60「赤い輪団」(挨拶)。奇妙な下宿人が居ついた、という相談から物語が発展する流れがいい。都会の片隅に孤独な暮らしを余儀なくされている人物がいる、という点も読者の想像力を誘う。新しい都市幻想譚とも言える。ホームズが「芸術のための芸術」として捜査をする場合もある、と発言。

2016-05-30 08:13:49
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39/60「レディ・フランシス・カーファックスの失踪」(挨拶)。これまでに出てきていないトリックが用いられる。それについての手がかりはやや呈示が遅く感じるが、一応フェアと言える。本筋ではないが、ワトスンがホームズから受けた謎めいた電報を悪ふざけと見なして無視するくだりが笑える。

2016-05-30 08:22:27
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40/60「瀕死の探偵」(挨拶)。ハドソン夫人がかなり重要な役回りで登場する。キャラクター重視で物語の筋は単純なのだが、表面上の出来事の下で何が進行しているのかを示唆する手がかりとして登場人物の仕草や表情が使われている点が上手い。手がかりの与え方のお手本としてもいいのではないか。

2016-05-30 08:26:48
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41/60「最後の挨拶」(挨拶)。「ウィステリア荘」から9年後の1917年に発表された。第一次世界大戦は現実のものとなり、その影響も色濃い。「シャーロック・ホームズのエピローグ」の副題通り、探偵物語というよりは終幕のための寸劇であり、キャラクターの最後の顔見世といった性格が強い。

2016-05-30 08:37:40
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42/60「マザリンの宝石」(事件簿)。盛大なアンコールの声に後押しされて書かれた1920年代作品の第一作で、元は戯曲だったもののノヴェライゼーションである。過去のさまざまなパターンの寄せ集めなのだが、賑やかで悪くない。嬉しいことに『空き家の冒険』のホームズ人形も再登場する。

2016-05-30 08:46:17
杉江松恋@11/12秋季例大祭こ02b @from41tohomania

43/60「ソア橋の難問」(事件簿)。トリックが有名だがその他に見るべき点も多い。たとえばあからさますぎる証拠を取り扱うホームズの手つきなど。最も重要なことはセクシャルハラスメントの小説でもある点で、そういう視点から読み返すとおもしろい。新大陸への偏見が顔を覗かせている点も注意。

2016-05-30 08:52:21
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44/60「這う男」(事件簿)。ホームズ譚にいくつか混じっている奇譚としか言いようのない作品だが単なるゲテモノではない。事件の始まりは「愛犬がなぜ飼い主に噛み付くようになったのか」という問いであり事象の表面を観察することを重視するホームズの姿勢が強調される。しかしオチは予測不能。

2016-05-30 08:58:11
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45/60「サセックスの吸血鬼」(事件簿)。「ソア橋」にも出てくる「南国の女は気性が激しく(て愚かである)」という新世界への偏見が無邪気に表明される。家族という閉じた環境の中でこそ起こりうる事態が描かれ、読みながら深く考えさせられる。煽情的な題名と裏腹に深刻な問題を扱った一篇だ。

2016-05-30 09:04:13
杉江松恋@11/12秋季例大祭こ02b @from41tohomania

46/60「三人のガリデブ」(事件簿)。プロット自体は某有名短篇の焼き直しでちっとも新しくないのだが、2人のガリデブ氏のキャラクターが楽しいのと、なんといっても「ガリデブ」という言葉の響きだけで顔がほころびてしまう。ここでも新世界との文化の違いが手がかりとして使われている。

2016-05-30 09:46:57
杉江松恋@11/12秋季例大祭こ02b @from41tohomania

47/60「高名な依頼人」(事件簿)。女たらしに引っ掛かった令嬢を救うため、彼女の眼を覚まさせなければならないというのが依頼。後のクイーン『緋文字』などを思い起こさせるが、さしものホームズも女性の頑なな心を開くのは容易ではなく苦戦するのがおもしろい。解決はややご都合主義に感じる。

2016-05-30 09:50:39