初出社したら「採用した覚えはない」と言われた、なんてあり得る?現役社労士が気になった、新入社員にまつわるトラブル2選

会社側と労働者側、双方のコミュニケーションが大事
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現役社労士のもひもひ(@mo_himo)さんが、XやTogetterで話題になった労務に関するバズネタを社労士視点で解説するコラムです。

毎年、春になると決まってSNSで話題になるのが、新入社員にまつわる出来事の数々。ちょっとしたモヤモヤお気持ちの表明から、警察沙汰に至る事例までレパートリーに富み、論争を呼ぶこともしばしば。

そこで、今年(2024年)の4月1日にX(Twitter)で話題になった新入社員に関するトラブルについて、現役社労士(社会保険労務士)の視点で解説したい。

もひもひ:労働問題や社会保険(年金など)に知見を持つ、開業社会保険労務士(社労士)。難しい専門知識を噛み砕いて説明します。

 

初出社で「採用した覚えはない」と言われたら…?


まず紹介したいのは、ネットの質問投稿サービスで「内定先に今日、初出社したら『採用した覚えはない』と言われてしまった。どうしたらいいか」という悲痛な相談を見てしまった、という話。この質問は新社会人と思われる人が今年の4月1日に投稿したものであり、Xに投稿した人は「こんなことある?」「自分に当てはめたらこんなの耐えられん」という戸惑うコメントとともに紹介している。

投稿を見た他のXユーザーからも「どんな会社なんだ」「エイプリルフールのネタであってくれ」といった反応が相次いだ。

内定をめぐるトラブルについて、労働者・会社双方で気を付けるべきことはあるのか。社労士の視点で解説したい。

まず、正式な「内定通知」が渡されることもなく採用が決まることはあるのか。これは、結論から言うとあり得ないことではなさそう。

アルバイトの採用で、「内定通知書」を受け取るケースはあまりないだろう。実は労基法(労働基準法)では、「単発のアルバイト」も「新卒でフルタイムの正社員」も同じ「労働者」であって、「正社員だから特別に内定通知書を渡さなければいけない」といった決まりはない。

また、「労働(雇用)契約は口約束でも成立する(これは八百屋で野菜を買うときに売買契約が成立するのと同じ、と考えると分かりやすい)」ので、労働者側と雇用側双方にとって「採用した/されたと思っていた」という認識の齟齬が発生してしまうことも考えられなくはないのだ。

ちなみに労基法には、そもそも「内定」や「内々定」の扱いについては明記されていない。もちろん裁判で内定取り消しが「不当」と認められたケースもあるが、「内定取り消し」問題について企業側が撤回の対応をする場合はどちらかと言うと、ニュースなどになって広まることで「労働者側」に同情が集まり、自社への風当たりが強くなるといった「レピュテーションリスク」を気にしての結果という場合が多そうだ。

では、労働者側は採用担当者などから「君にはぜひ来て欲しい」「君は内定だよ」といった言葉をかけられたら、その言葉を信じて会社側からのアクションを待つしかないのか。

ここで一つ、覚えておきたいルールがある。先ほど「労働契約は口約束でも成立する」と説明したが、一方で労働基準法では「労働条件(賃金支払時期や、始業・終業の時刻など)は、必ず書面で明示しなければならない」とも定められている。

この書面明示のタイミングは法解釈によるので難しいところであるが、過去の裁判例を踏まえると「内定通知の時点で、条件通知の義務が生じる」とする説が有力である。なので会社側は、コンプライアンスの観点からも、また内定者に不信感を抱かせず確実に入社してもらうためにも、内定時に労働条件通知書を渡すのが望ましい。

労働者側は「書面で労働条件の通知を受ける」ことで正式に「採用された」と言えるので、安心するためには「労働条件の通知書面」を企業側から受け取ることがひとまずのゴールになりそうだ。

労働者側は、内定を受けた段階で採用担当者に「書面でも内定と労働条件の通知が欲しい」と素直に伝えたり、「入社準備を余裕を持って進めるため」などと言って、例えば通勤ルールのような社内規則を担当者に尋ねる流れで「書面での条件通知も欲しい」という流れに持っていったりするなど、自ら密なコミュニケーションを働きかけて「自分の身は自分で守る」リスクヘッジを行うようにしたい。

新入社員が来ないので家まで安否確認に行ったら


次に取り上げたい話題は、入社日に出勤しない新入社員(女子)の寮を訪ねたところ、不審者として警察を呼ばれてしまったという話。

投稿者は警察に事情を説明して事なきを得、その後新入社員の女性も初出社したそうだが「なんで通報は出来るのに会社に連絡は出来ねぇんだ」と嘆くコメントを投稿している。

このトラブルを例に「入社予定の新入社員が来ない」時にどうすれば良いのか、考えてみたい。

「無断欠勤」は、堅い言い方をすると「『労務の提供』という債務の不履行」となり、重大な問題である。出勤中に事故に遭うなど不測の事態が起きたケースも考えられるので、投稿者が安否確認のために社員の部屋を訪れることになったのは、順当な対応であろう。

そして今回のケースだと、会社側が新入社員に対して「朝はちゃんと起きて、出勤しなければならない」というところからしっかり教育する必要が出てくる。

今の時代、パワハラを恐れて教育に二の足を踏む上司・先輩社員も多いだろうが、厚労省が公開している「パワーハラスメント防止措置に関するリーフレット」の中では

遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること

は「パワハラに該当しないと考えられる事例」として記載してある。無断欠勤についてもこちらに該当すると思われるので、しっかり教育することは妥当だろう。

今回の例では、新入社員はその後無事出社したそうだが、さらに厄介なのが「無断欠勤でそのまま音信不通になってしまう」というケースだ。

定石の対応策としては、就業規則に「正当な理由なく無断欠勤が◯日以上に及び、出勤の督促に応じなかったとき」といった「解雇条件」を設けておいて、それに従って解雇することが考えられる。

ところが就業規則が未整備だったりすると、無断欠勤のまま音信不通になった社員をいざ解雇しようとなった段階で「不当解雇だ」と言われるリスクが出てくるので、対応の難易度が上がる。また解雇の手続きをしたあとで「実は社員が事故に遭っていて、会社に事情を伝えることが不可能だった」と判明する、といったケースも無きにしもあらずなので、会社側としてはとても頭が痛くなってくる。

何かトラブルが起きる前に、あらかじめ就業規則を定めておくなど職場全体のルールを明文化しておくことが、会社・労働者双方にとって大切なのである。

まとめ


内定者や新入社員は立場も不安定で、法的な対応も不明瞭な部分が多い。SNSでは新入社員に関するトラブルの事例に対して「こういう判例があるから、訴えれば勝てる!」などとけしかける反応も散見されるが、大前提として労基法には「ノーワーク・ノーペイ原則(働いていなければ、払う必要はない)」がある。つまり、「実際に働いた分の給与が未払い」のようなケースと違って、仮に入社まわりのトラブルで労働者側が会社に対して不備を訴えて勝ったとしても、労働者側が実働していない限りは、巨額の支払いが発生するといった着地になることは稀だろう。

会社側、労働者側双方にとってトラブルを避けるためには、まず内定者や新入社員が弱く不安定な立場であることを双方が認識した上で、「信頼関係を構築すること」をゴールに、密なコミュニケーションを心がけることが第一だろう。

当たり前にも面倒にも聞こえるかもしれないが、入社後も末永く協力し合える環境を整えるためには、この正攻法しかないのかもしれない。

※本記事では分かりやすさを優先し、法的な解釈など細部についての言及はしていません。具体的なトラブルに直面した場合は、専門家・専門機関に相談するようにしましょう。

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書いた人
もひもひ

自称・コミュニティサイクル評論家。ブログ『さかさまダイアリー』を運営しているがコミュニティサイクルに関する記事はない。