イミルアの心臓#4 忘れ物は見つかりましたか?◆2(2016加筆修正版)
「オオオ……俺は何一つ、手に入れられない!」 市長の虚像はがらくたたちを身に纏い、セラミックプレートの壁を粉砕して外へ駆けだしていく。かなり地下深く潜っていたはずなのに、壁の向こうは地上の庭だった。穴から見える街並みを照らす、朝の眩しい光。小鳥のさえずる音。 101
2016-08-08 20:12:49_シンクアイは赤い砂まみれで気を失っていたが、カラールが語りかけるとゆっくりと目を開けた。 「朝だよ、おはよう」 「カラール……こんなところまで、追いかけてきたんだね」 その顔はどこかイミルアの虚像に似ていた。 102
2016-08-08 20:20:07_彼女は幼いころの美貌を捨て、大人の女性に成長していたのだ。 「わたしは……この埃と蜘蛛の巣だらけの館で眠るうちに美しさを失ってしまった」 「何も失ってはいないよ」 「あなたはきっとわたしを忘れて……」 そう消えそうな声で言うシンクアイの手をカラールは強く握る。 103
2016-08-08 20:26:16「過去を手にいれたいんじゃない、僕は君と歩く未来を手にいれたいんだ」 カラールはそう言ってシンクアイの目を見つめた。 「昔のことなんか忘れよう。その方が、君は美しい」 無数のがらくたが館の外にいた。まるで結婚式の催しの様に道を作る。 「やや、恥ずかしいな」 104
2016-08-08 20:31:58_レッドは照れながら、フィルに向かって囁いた。 「一件落着かな」 「ああ。今日もいい観光が出来たな」 そして二人は笑い合った。それを見たカラール達は逆に恥ずかしくなったようだ。顔が真っ赤だ。二人はがらくたに祝福されながら街へ向かって歩き出す。 105
2016-08-08 20:36:27_フィルは市長が走っていった後に残された落し物をひとつ見つけた。それは付箋がたくさん貼ってあるよれよれのくたびれた観光ガイドブックだった。手帳サイズで携帯しやすい。 「おや、これは……」 そう呟いてレッドをちらり。レッドはがらくたたちに胴上げされていた。 106
2016-08-08 20:44:25_胴上げされながらレッドは言う。 「市長さんどこまで行っちゃったんだろうなー」 「自分が今まで溜めこませた忘れ物をそれぞれ皆に届けるまで走り続けるんじゃないです?」 フィルは観光ガイドブックをぺらぺらとめくる。そしてにやりと笑った。レッドがガイドブックに気付く。 107
2016-08-08 20:51:38「あ、それ!」 「さ、街のみんなが気付く前に脱出しましょう!」 レッドは胴上げの途中、空中で身をひねり、フィルの隣に着地! 二人は急いで館を脱出する。残った痕跡は市長の機械巨人の残骸だけだ。蒸気はいまだに噴出している。 「フィル、見るだけって言ったじゃん!」 108
2016-08-08 20:56:41「これ、僕たちの忘れ物じゃないですか?」 「なんでだよ」 「レッドの名前が書いてあります」 そう言ってガイドブックの裏表紙を見せる。そこにはでかでかとレッドの名前。 「あっ、それは俺の子供の頃の……」 「他にもたくさん落書きがありますよ~」 109
2016-08-08 21:03:11「恥ずかしい! 俺の忘れ物じゃん!」 「あっはは、この落書き面白いですね~」 猛スピードで走り去るフィルを、猛追するレッド。 街は昇る朝日に照らされ洗濯をしたように輝いていた。 110
2016-08-08 21:08:17【用語解説】 【市長】 都市国家の首長の中で、小規模の都市の権力者を指す。灰土地域では当然のことながら市長は魔法使いであり、魔法によって都市を支配する。選挙は行われず、議会の指名や先代の市長の指名によって任命される。絶対的な権力を持ち、魔法の使えない市民は怯えて暮らすしかない
2016-08-08 21:14:19