浦風「提督さん。いつまで寝とるんじゃ。もう起きる時間じゃ」 微睡みの中で、秘書艦の浦風の声が聞こえる。 どうやら午睡を貪っていたらしい。休みの日とは言え随分とだらけた一日を送ってしまった。 「ああ、すまん。寝てしまった」 返事をして、目を覚明けると、真っ先に目に飛び込んで来たのは
2016-09-23 19:50:11「……似合うじゃないか」 浴衣に着替えた浦風の姿だった。 「お、起き抜けに何いっとるんじゃ!」 不意を突かれたのか、浦風は頬を赤く染めて、自分を覗き込んでいた上体を起こす。 藤色の着物に朝顔の衣装をあしらった浴衣は、シックながらに浦風によく似合っていた。
2016-09-23 19:54:48和服を着るには些か自己主張しすぎな膨らみついては言及は避けておこう。藪を突いて蛇を出す趣味はない。 「ほれ、もうそろそろ祭りが始まるけぇ。仕事の時間じゃ」 「ああ、そうだな」 祭りとはいいつつも、半分は仕事のようなものである。地域の住民との交流という意味で、提督の仕事は少なくない
2016-09-23 19:57:32「浴衣はそこに用意したけぇ。時間に遅れちゃいかんよ」 「どうも。秘書艦殿には迷惑をかける」 「自覚があるならもう少しシャキっとしたらええんじゃ」 「善処するよ。しかし、そういう言い方をしていると何だかおふくろみたいだな」 「なっ……!」 軽口のつもりが、意外にも浦風の動きが止まる
2016-09-23 20:00:30「い、言うに事欠いてお袋とはなんじゃ! 人がせっかく世話しちゃりとるんに!」 どうやら怒らせてしまったようである。ぷりぷりと怒る様もそれはそれで可愛いのだが、それも口に出すと油を注ぎそうなので、やめておいた。 「はあ……とにかく、仕事には遅れんようにするんじゃよ?」
2016-09-23 20:05:55「判ってるよ。浦風は浜風と回るのか?」 「今の所はそのつもりじゃ。ま、提督さんが暇になったら付き合ってあげてもええよ?」 「はは、その時はお願いするよ」 そんなやりとりを交わして、私は執務室を後にする浦風を見送った。 ……出て行くときに少し睨まれたのは、なんでだろう。
2016-09-23 20:10:05「全く、提督さんと来たら。言うに事欠いてお袋とはなんじゃ!」 「浦風……はぐ……その話は3度目です……もぐ……」 「口に物入れて喋るんでね!」 「……はぐっ」 面倒くさそうに返してくる浜風に、苛立ち紛れにそんな言葉を返してしまう。
2016-09-23 20:14:53我ながら大人げないとは思うけれども、どうにも止まらない。 そんなもやもやした思いを抱えていると、不意に浜風から質問が飛んできた。 「浦風は……」 「何じゃ?」 「お袋と言われたことに腹を立てているのですか? それとも、別な呼び方をして欲しかったとか」
2016-09-23 20:17:07「な……何をいっとるんじゃ!?」 思わず素っ頓狂な声を上げて、ウチはすぐに後悔した。 祭りの往来のど真ん中である。回りの視線が痛い。 しかし、そんなウチのバツの悪さなど歯牙にもかけないで、浜風はさらなる追い打ちをかけてくる。 「私は別に何も言っていませんが……」
2016-09-23 20:18:54「驚いたのは浦風に思い当たることがあるからではないのですか?」 「うぐっ……!」 正論だった。ぐうの音も出ないくらいの正論で、それ故に真っ正面から受け止めるには些か荷が勝ちすぎている。 「当ててみましょうか」 普段は冷静な姉妹の顔に、何処か嗜虐的な笑みが浮かぶ。
2016-09-23 20:21:15浜風もこんな顔をすることがあるのか。と思ったのも束の間のこと。 次に発せられた言葉は、ウチの思考能力を奪うには十分すぎる威力だった。 「若妻とでも言われたかったのでは?」 「~~~っ!! な、何を馬鹿な事をいっとるんじゃ!」
2016-09-23 20:25:49一瞬で顔が熱くなるのが判る。よく考える間も無く、ウチは再び大声を張り上げていた。 「静かにしてください。みんな見てますよ」 「うぐ……」 浜風はすました顔で、立ち止まったウチの横をすり抜ける。 「まあ、浦風がどう思っているのかは知りませんが……」
2016-09-23 20:29:27林檎飴をしゃぶりながら、浜風は後を続けた。 「多分、他の者は全員、二人がそういう関係だと思っていますが」 「んなぁ……!?」 追い縋るようにして後に続きながら、ウチは予想外の言葉に目を丸くした。 「だって、どう見ても通い妻じゃないですか」 「か、かよ……っ!」
2016-09-23 20:31:05怒濤の連続攻勢に、頭に血が上りすぎてのぼせる寸前じゃ。 「まあ、その反応を見ると、大体どんな感じなのかは想像が付きます」 そう言うと、浜風は飴の最後の一舐めを終えて、後を続けた。 「以外と、初心なんですね」
2016-09-23 20:36:47「いや、すまない。遅くなった」 祭りももう佳境といったところだろうか。ようやく色々な仕事から解放されて、私は当初の予定通りに浦風と落ち合った。 「提督さん……いや、ウチもさっき来たばかりじゃけぇ」 そう返す浦風だったが、一目で噓と判る。随分と手持ち無沙汰だったのだろう。
2016-09-23 20:40:12手に持った巾着袋の紐は、繰り返された手慰みでよれよれだった。 「それじゃ、約束通り回ろうか……って、どうした顔が赤いぞ?」 「な、何でもないけぇ……心配いらんよ」 そう返しながらも、浦風の頬やおでこはいつも以上に赤かかった。 「そうは言うがな……どれ」
2016-09-23 20:43:06「ひゃん……!?」 額に手を当てると、随分と可愛らしい声が漏れる。 普段の浦風からすると随分と新鮮で、少しどきっとしてしまうが、今はそんなことを言っている場合ではない。 「熱はないようだな。祭りの熱気に当てられたってところか」 「う……うん……そんなとこじゃね……」
2016-09-23 20:44:39何時もの浦風からすると、随分と弱々しい返事である。 「なんだ。随分元気がないな。疲れたのなら、休むか?」 「い、いや……ウチは大丈夫じゃけぇ。早いとこ回ろ」 「ん。まあ、そうだな」 少し気になるところではあるが、浦風本人に促されたのでは仕方ない。 彼女を伴って、祭りへと繰り出した
2016-09-23 20:49:26「提督、うち祭りの射的は得意なんや。どれが欲しいけ?うちが獲っちゃるけ、まかしとき!」 回り始めると、浦風の調子はいつものそれに戻った。 それに安堵しながら、私も鎮守府の夏祭りを楽しむことにする。 「お、あの人形、谷風と磯風っぽいな」 「んじゃ、狙うとするかねぇ……それ!」
2016-09-23 20:53:49「それにしても、よく出来とるねぇ」 浦風が取った谷風人形、磯風人形は、確かにそっくりな出来であった。 「ちょっと人相が悪いがな」 「はて、誰が作ったことやら」 雑談を交わし、祭りを歩く。 浦風とは長い付き合いだが、こうしてプライベートな時間を長く過ごしたのは初めてかもしれない。
2016-09-23 20:58:44ふとそんな事に思い当たると、自然と言葉が口を突いて出る。 「浦風には苦労ばっかりかけてるな」 秘書艦として、また駆逐隊の主力として、かなりの無理を強いているという思いは、実際にあった。 「全然……気にしとらんよ」 「まあ、そう返してくれると、俺としては救われるがな」
2016-09-23 21:02:22「もう。今日はお祭りじゃけ、仕事の事は忘れて……痛っ!」 「どうした!?」 悲鳴に、浦風を見やる。 地面にうずくまる彼女に、何処か怪我でもしたのかと視線を巡らせて、すぐに理由は察した。 「もう……鼻緒が切れてしもうた」 浦風の言う通り、見事に鼻緒が切れている。
2016-09-23 21:06:53「これは随分とぶっつり行ったな。どれ、直してやるから場所を変えるか」 「そうじゃのぉ……」 幸いにも、勝手知ったる鎮守府の中である。 私は浦風を伴って、人目に付きにくい建物へと移動した。
2016-09-23 21:11:37「意外と、器用なんじゃねぇ……」 手際よく鼻緒を直す提督を見ながら、そんな言葉がウチの口から漏れた。 「ま、昔取った杵柄だなあ」 「そんなに女の子の鼻緒を直す機会があったんじゃ?」 事も無げに返す姿に、何故かそんな憎まれ口が続いた。 ……それもこれも、浜風が変なことを言うからじゃ
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