_ルアニトルはゆっくりと立ち上がる。灰にまみれた両手。猫少女の残したものは灰だけであったか? (いや、違う) 恵比須顔のチーフが彼の顔を覗き込む。強力な魔法陣によって、ルアニトルはそこから一歩も動けない。ルアニトルは唇を噛んだ。 (違う……違う!) 51
2016-10-07 19:44:06「センセイも弱い男だったよ。君のようにな。けれども、無能が集まれば少しは誰かの役に立てるというわけだな」 チーフが両手を広げる。二人を取り囲む航空虚兵。指示を待ち、静かに二人を見ている。ルアニトルは拳を握る。すぐに決着を付けない理由はなんとなくわかる。 52
2016-10-07 19:48:38_死体蹴りだ。絶対的に優位に立ったうえで、すぐに決着したら「楽しさ」が足りない。最大限「楽しさ」を味わうために、過剰とも思える力を何度でも見せつけ、無駄な説教を続けて勝ち誇る。 (僕はそんなもののために消費されている……) 53
2016-10-07 19:53:00「無能は必死に頑張って誰かの役に立つ。けれども、私は違うのだよ。強者は! 私は自分のために自分の力を使い、さらに高みへと昇る! お前らは必死に他人に尽くす。私は自分に尽くし、自分の力とする! まったく滑稽だったよ」 「そうだね……」 54
2016-10-07 19:58:53_圧倒的な魔法陣の力。それこそがルールの世界。 「私は間違っているかね?」 ルアニトルの心の堰を押し上げる、泥のような涙。 「……」 蚊の鳴くような声。チーフは耳に手を当てて「ん?」と聞く。ルアニトルは繰り返した。 「何も間違っちゃいないよ……」 55
2016-10-07 20:04:12「だが貴様は死ねええええええ!!」 ルアニトルは絶叫と共に魔法陣を構築する! チーフの顔色が変わったときにはもう遅かった。めちゃくちゃにぶつけられた感情の力。それは魔法陣の力となりチーフを炎によって焼き尽くした。狭い部屋に火柱が上がる! 56
2016-10-07 20:09:25_悲鳴すら上げられない一方的な焼却。灰になっても火の勢いは衰えなかった。そしてふっと炎が消える。後には何も残らなかった。強烈な眩暈から嘔吐し、ぶるぶると痙攣する。 「何のために……何のために魔法を使えばいいんだ」 航空虚兵たちは虚空の問いに答えず、ただ指示を待っていた。 57
2016-10-07 20:14:24_ふらふらと部屋を出る。相変わらず非常事態のサイレンが続いていた。それすらも彼の耳には入らない。 「誰かのために生きようとしても、僕の力なんて誰も必要としていない。それどころか、利用されて、捨てられて……何のために生きればいいんだ」 思い出すのは、猫少女の声。 58
2016-10-07 20:19:55(わたしは、猫のために役に立ちたいニャー) 「そうだ……」 フラフラと歩いていたルアニトルが、確かな一歩を踏んだ。 「自由だ。僕は……大切な何かに生きるべき人間じゃなかったんだ。僕は、最も小さいことのために生きるべき人間だったんだニャー」 59
2016-10-07 20:24:21_ルアニトルの顔に笑顔が戻る。 「生まれ変わって、猫になるニャー!」 彼は夏の日差しに向かって……建物の外へと歩いていく。その影は……すでに猫のものになっていた。 60
2016-10-07 20:33:07【用語解説】 【航空虚兵戦争】 航空虚兵技術の流失から始まったクーデター。空軍の一部が離反し、いくつかの豪族と結託して戦いを仕掛ける。制空権を失い帝都が封鎖される事態となったが、本土空襲へ発展する前に帝国軍も航空虚兵を実戦投入。クーデター軍は疲弊し瓦解。以降はゲリラ戦になる。
2016-10-07 20:38:35【次回予告】 空の果てに居場所を探して。遥か空の天井に存在する巨大な膜。そこを目指して、一人の男が調査へと向かいます。そこで目にしたものは……? 過去作の加筆修正版です。 次回「天体到達者」 全30ツイート予定。実況・感想タグは #減衰世界 です
2016-10-07 20:47:06