脳髄パフェ#1 甘くて冷たいものを食べよう◆3

売れもしないチケットを売ろうとしている。歌手の幼馴染のためにチケットを売る男。疲れた心を休ませようとあるカフェを訪れる。そこで目にしたのは、「脳髄パフェ」というメニューだった。 全50ツイート予定 最初↓ 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

_脳髄パフェ#1 甘くて冷たいものを食べよう◆3

2016-10-15 19:51:04
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(頭を冷やすとは言うが、冷蔵庫で冷やすなんて悪趣味にもほどがある)  カルーはゆっくりと冷蔵庫の扉を開く。奪われたはずの脳がズキズキと疼く。心臓がどきどきと鼓動する。冷蔵庫から漏れ出す冷気。思わず、鳥肌が立った。  中身を見て、小さく悲鳴を上げる。 21

2016-10-15 19:55:58
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_脳。脳。そして脳。厨房の大型冷蔵庫には、全部で9つの脳が冷やしてあった。どれも健康的で血が通っているきれいな脳だ。 「あの魔法使い、こんなに脳を奪っていたのか」  手を伸ばそうとして、止まる。 (俺の脳は、どれだ?)  自分の脳など見たことはない。 22

2016-10-15 20:03:05
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_取り戻さねばならない。間違えたらどうなるのだろう。他人の人格になってしまうのだろうか。そもそも、どうやって脳を元に戻すのか。触ったら、壊れないだろうか。様々な思いが去来する。  それらの不安もまた急激に冷めていき、背筋がびりびり痺れた。店内BGMが再びかかる。 23

2016-10-15 20:11:42
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_BGMは……カルーの幼馴染の歌う曲。 「試食してみますか? お客様」  いつの間にか背後からレミウェに覗かれていた。そっとカルーの肩に触れる手。その感触は、まるで濡れたものが服の上から浸透するようだ。 「ああ……うう……」  考えがまとまらない。 24

2016-10-15 20:16:29
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_レミウェは素早くスプーンを取り出すと、脳の一つからまるでプリンか何かのように掬い取り、カルーの口に突っ込んだ。  苦い。すさまじく苦い。それと共に大量の感情が飛び込んでくる。 『もうあいつの夢に付き合うのは嫌だ』『諦めてくれ……』  あまりの恐怖に吐き出しそうだった。 25

2016-10-15 20:25:44
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「違う! これは俺の脳じゃない……」 「あら、そうでしたか?」  レミウェは笑う。カルーは懇願するようにレミウェを見上げた。レミウェは笑っている! 「では、こちらでしょうか?」  再び別の脳から一部を掬い取り、カルーの口に突っ込む。舌が痺れるような甘い味! 26

2016-10-15 20:32:11
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_目を覆いたくなるような眩しい感情が流れ込んでくる。 『次はもっといい曲ができるぞ』『寝ている時間が惜しい……』『どこがいけないんだろう、きっと突き止めてみせる』『考えなくちゃダメだ』  眩しい。あまりにも真っすぐな情熱。光景まで浮かんでくる。弦に血が滲むような練習。 27

2016-10-15 20:38:01
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「や、やめてくれ……」 「どうです? この脳はお客様の脳ですか?」  カルーはくしゃくしゃになった顔で懇願した。 「頼む、これ以上俺を追い詰めないでくれ。俺の小ささを突きつけないでくれ……」 「辛いですか? でも、人間の美しさがそこに現れるのです」 28

2016-10-15 20:47:12
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「人間は追い詰められるたびに、素晴らしい感情の波を見せます。それこそが最高の甘さをもたらすデザートになるのです。あなたはまだ苦い。もっともっと甘くなる」  厨房の床が崩れ出し、カルーはレミウェの脚に縋った。レミウェは優しくカルーの頬を撫でる。羽毛が触れるように優しかった。 29

2016-10-15 20:51:20
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_視界の全てがバラバラに吹き飛んでいく。モノトーンの景色が、極彩色の光の粒に変わっていく。それがすさまじい速さで加速し渦となる!  音楽が鳴り響いていた。カルーはどうしようもなく……柔らかいレミウェの脚にしがみつき、震えていた。 30

2016-10-15 20:56:13
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_脳髄パフェ#1 甘くて冷たいものを食べよう(了) #2 甘味の向こうへ につづく

2016-10-15 21:02:04
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【用語解説】 【苦痛の力】 苦痛は強い感情である。そして、強い感情は魔法の強力な力となる。ゆえに、古来から苦痛の力で魔法を行使する術が研究されてきた。しかし、人間の心が不完全ゆえに魔法もまた不完全になるルールがある。苦痛は不完全な力であり、数々の魔法使いが手を出しては失敗していく

2016-10-15 21:06:47