_フィルとレッドの二人は苦笑いを浮かべて、互いの脇を肘で小突きあった。予算をかければ大きな船に乗ることもできただろう。 聖河を渡る船の大きさにも税金がかかる。二人のようなただの観光客は丸木舟で渡るほかない。 「これも旅の醍醐味さ」 11
2016-11-02 19:49:03_早速出航する。乗客はフィルとレッドの二人。そして船頭さんだ。櫂をリズミカルに動かし、歌を歌う。 「ハァ~聖河の流れはよォ~♪」 丸木舟はゆっくりと進んでいるんだか流されているんだか。 「大丈夫? 流されてない?」 「ヨォ~流されて~ませんよォ~♪」 12
2016-11-02 19:58:49_レッドは変わらない聖河の流れを目に映す。雄大な、恐ろしい水の力を感じる。手を伸ばせば、すぐに灰色の水面だ。 「釣りでもしたい気分だぜ」 「はは、よしなよ。ここはスキュラの国だからね。魚一匹一匹に至るまで目を光らせているだろうさ」 13
2016-11-02 20:05:52「確かに税金をたんまり取る彼女たちのことだ。魚ひとつでも許可がいりそうだ」 「ヤァ~お客さん~スキュラはすぐ近くにいますよォ~♪」 レッドはびくっと体を震わせて水面を見る。灰色のコンクリートのような水の底に、誰がいるのか分からない。けれども、彼女たちは違うのかもしれない。 14
2016-11-02 20:12:50_灰土地域を横断する巨大な大河。けれども、灰土地域に水運が発達することはなかった。理由は、この聖河スキュラのせいである。聖河スキュラは強大な力を背景にあらゆる国の干渉を跳ねのけてきた。それは旧帝国時代からも変わらない。 誰一人として彼女たちを害することはできなかった。 15
2016-11-02 20:17:14_ただ、彼女たちの支配が聖河の外に及ぶこともなかった。聖河スキュラは人口が少なく、領土を拡大すると大量の異民族を抱えることとなる。広すぎる国土を扱いきれなくなる。大きな破滅を引き起こす可能性がある。それを知っているので、多額の税金を搾れる現状に満足しているのだ。 16
2016-11-02 20:22:26_大河の流れは緩やかに、けれども大きな力を秘め流れゆく。晴れ渡った空。吹き抜ける風は若干水の匂いをさせながらも、さわやかにフィルの前髪を揺らす。 「時が止まったような場所だね」 四方が完全に水平線の真ん中。何の建造物もなく、ただ船と空と水の世界。 17
2016-11-02 20:28:14_そのとき、水面を割って現れた者がいた。 「スキュラか!?」 レッドが驚いて船が揺れた。ただ、スキュラではなかったようだ。三角形の背びれが小さく顔を出す。 「ヤァ~あれは聖河イルカですねぇ~♪」 全容は見えないが、平坦な世界に「俺もいるぞ」と主張したように感じた。 18
2016-11-02 20:34:11「ハァ~岸が近づいてきましたよォ~♪」 船頭さんの声で、向こう岸が見えてきたことに気付いたフィルとレッド。一瞬顔がほころぶも、特に何ができるわけでもない。 「意外と短いな」 「船頭さんの腕がいいからだね」 「よォ~ありがとうございます~♪」 19
2016-11-02 20:39:45_そのとき、再び水面を割って現れる影。 「やぁ、聖河イルカか……」 「ヒィッ!」 船頭さんの悲鳴。現れたのはイルカの背びれではなかった。水面から蛇が鎌首をもたげていたのだ。 「す、スキュラ……!」 20
2016-11-02 20:45:49【用語解説】 【スキュラの繁殖】 聖河スキュラの人口は少ない。それは西方スキュラと違い、男が生まれる数が少ないためである。聖河スキュラの男は一見普通の聖河スキュラと変わらないが、下半身の無数の蛇の一つが生殖肢になっている。男は非常に貴重なため厳重に管理される。寿命も短いという
2016-11-02 20:56:14