獣医の私のもとにやってきたのは

獣医の私のもとにやってきたのは、自分は狐だという少年。人に化けたら戻れなくなったそうだ――… 2009年4月に書きっ放しにしていた続き物ついのべ。 「続きは?」と尋ねていただきましたので、約1年ぶりに再開、完結させてみました。 続きを読む
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水木ナオ @nayotaf

ノックに扉を開けると、ちんまりとした少年が立っていた。「先生、動物の病気を治す人?」「そうだけど?」すると少年は切羽詰まった顔で叫んだ。「お願い、僕を治して!」「え、でも私は人間は」「僕、狐なんだ!でも人間に化けたら戻れなくなっちゃって。助けて!」さあ困ったぞ。 #twnovel

2010-04-02 23:18:55
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとに、狐だという少年がやってきた。人間に化けたら戻れなくなったというが。とりあえず、図鑑の狐の写真を見せてみた。「狐って、この狐のことだよね?」すると少年はもじもじと、「そ、そんな格好よくないよ」と言う。なるほど、狐の世界ではかなりのイケメンらしい。 #twnovel

2010-04-03 23:02:37
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとにやって来たのは、自分は狐だという少年。人に化けたら戻れなくなったそうだ。「とりあえず、治るまでうちにいる?あ、でもお母さんが心配するかな」「お母さんがここに行けって。きっと治してくれるから、あ、どうぞこれ」差し出したのは、熨斗の掛かった、油揚げ。 #twnovel

2010-04-04 23:39:34
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとにやって来たのは、自分は狐だという少年。人に化けたら戻れなくなったそうだ。とにかく、「安心して。きっと元に戻してあげるから」ぽんと肩を叩くと、「うん!」ぱあっと少年が笑顔になると共に、少年の後ろ、窓の向こうの山でぽぽぽっと狐火が一斉に灯火をあげた。 #twnovel

2010-04-05 23:44:37
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとにやって来たのは、自分は狐だという少年。人に化けたら戻れなくなったそうだ。よし、まずは、「どうやって人間に化けたの?」「狐だけの秘密の化け方があるんだ」「どんな?」尋ねると少年は、「秘密だから教えないっ」ぷいっと横を向いてしまった。おっと前途多難。 #twnovel

2010-04-07 23:13:56
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとにやって来たのは、自分は狐だという少年。人に化けたら戻れなくなったそうだ。「いいよ、教えてもらわなくても知ってるし。人の化け方」「えっ」「頭に木の葉を乗せて一回転するんだ」「えー違うよ、狐の歌を歌いながらこうやって踊るん…あっ!」よし、作戦成功。 #twnovel

2010-04-10 23:14:04
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとにやって来たのは、自分は狐だという少年。人に化けたら戻れなくなったそうだ。何とか人に化ける方法を聞き出し、さて…と少年を見ると、おや。こくんと舟を漕いでいる。確かにいろいろ疲れたろう。今日はふかふかの布団で「もう寝ようか」少年はかふ、と欠伸をした。 #twnovel

2010-04-11 23:29:39
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとにやって来たのは、自分は狐だという少年。人に化けたら戻れなくなったそうだ。翌朝早速、少年を揺り起こす。「…誰?」目を擦る少年に、肩を落とす。「狐に戻りたいんだろ?」「あ、先生」さあ頑張りましょう、の前にまずは腹ごしらえか。少年の腹がぐう、と鳴った。 #twnovel

2011-02-17 23:38:59
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとにやって来たのは、自分は狐だという少年。人に化けたら戻れなくなったそうだ。さて、「本当なら戻る時どうするの?やっぱり歌って踊るの?」「うーんと…」「あ、秘密か?」「呪文忘れた」「ええ?」…ま、しょうがない。「色々試してみるか」少年はこくりと頷いた。 #twnovel

2011-02-18 23:05:54
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとにやって来たのは、自分は狐だという少年。人に化けたら戻れなくなったそうだ。一日中、色々試した。歌やら踊りやら葛葉を乗せて一回転やら、夕方にはもう二人ともへとへとで。「また明日頑張ろう。あ、夕飯は稲荷寿司にするか、脂揚げもらったし」「誰に?」「…え」 #twnovel

2011-02-19 22:02:15
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとにやって来たのは、自分は狐だという少年。人に化けたら戻れなくなったそうだ。夕食の稲荷寿司はどこか懐かしい味がした。「美味しい!」「ん…いいお母さんだな」「お母さん?誰?先生?」「いや私は親を知らないから。君のだよ。良い物くれたろ?」「なに?」「…」 #twnovel

2011-03-03 17:26:21
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとに来た、自分は狐だという少年。人に化けて戻れなくなったそうだ。薄々感じていたが、やはり。ぼろぼろ剥がれ落ちる様に、少年は狐の記憶を失いつつある。…戻れなくなった理由は、これか。呪文を、そして油揚げを託した母親の事を、その日彼は遂に思い出せなかった。 #twnovel

2011-02-20 21:11:12
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとに来た、自分は狐だという少年。人に化けて戻れなくなったそうだ。「誰が?…そっか僕、狐だっけ」今朝既に、少年はそこまで忘失していた。一刻も早く記憶を留め戻さねば。だがどうすれば、更に。「先生、うちのモモが!」休診日明け、私の患者は少年だけではなくて。 #twnovel

2011-02-21 22:10:32
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとに来た、自分は狐だという少年。人に化けて戻れなくなったそうだ。少年には部屋で待っていてと、掻き集めた狐に関する本を渡してきたが、そんなことで少しでも記憶が留まるのか…っと、いかん、今は診察に集中だ。その時、診察台の犬が、うう、と低い唸り声をあげた。 #twnovel

2011-02-22 22:35:10
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとに来た、自分は狐だという少年。人に化けて戻れなくなったそうだ。がちゃ、と物音に振り返ると、扉の隙間から少年が顔を出した。「先生、お腹空い…」ぴた、と言葉が切れる。にわかに強張る目線の先には、診察台で唸る犬。そうだ、狐は。『狐は犬が大の苦手なのです』 #twnovel

2011-02-23 23:16:52
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとに来た、自分は狐だという少年。人に化けて戻れなくなったそうだ。犬に唸られ、少年は金縛りに合った様に立ち尽くしている。そして。「がうっ!」「きゃあ!」吠えかかった犬に飛び上がる、少年の頭に私は確かに見たのだ、びん、と黄色い三角形の耳が二つ生えたのを。 #twnovel

2011-02-24 18:40:19
水木ナオ @nayotaf

獣医の私のもとに来た、自分は狐だという少年。人に化けて戻れなくなったそうだ。さっと扉の中に逃げ込んだ少年を追う。「おい大丈夫――」部屋に少年の姿はもうなかった。ただ見知らぬ女性が一人、子狐を胸に抱いて。女性が深々と頭を下げる。「この度は息子がお世話になりました」 #twnovel

2011-02-25 12:18:55
水木ナオ @nayotaf

少年だった子狐の、母だと名乗る女性は言う。「狐の魂はその侭に、肉体だけを人へと変える。その負荷に、未成熟な子供は耐えられない。故に人化の術の行使は大人にしか許されないのです。それを…」はあ、と女性が溜息を吐く。その胸で縮こまっていた子狐がきゅう、と小さく鳴いた。 #twnovel

2011-02-26 20:14:15
水木ナオ @nayotaf

少年だった子狐の、母だと名乗る女性は、愛しげに胸の子狐を撫でる。「この子が狐に戻れたのは、本当に先生のお陰です」「いや私は何も…今回だって偶然」「いいえ」女性はきっぱり首を振る。「幼い魂はもう限界に迫っていました。記憶を失い、本能を失い、狐であることを失うまで」 #twnovel

2011-02-27 23:53:25
水木ナオ @nayotaf

子狐の母だという女性は更に言う。「天敵を恐れる本能を、凡そ安全に引き出せたのも、先生の所だったからこそ」「それも偶々ショック療法になったからで。もし戻れなかったらどうなってたか…」「あら」呻く私に、女性はくす、と笑った。「貴方はご立派な先生になられたでしょう?」 #twnovel

2011-02-28 22:59:50
水木ナオ @nayotaf

え、と聞き返そうとした私の後ろで先生、と声が飛んだ。「モモの治療まだですの?」そうだ、犬の診察の途中で―…その声に気を取られ、再び視線を部屋に戻すと、もうそこに狐の親子はいなくなっていて。差込む陽光の中、熨斗の掛かった油揚げがまた、ぽつと置かれているだけだった。 #twnovel

2011-03-01 20:28:31
水木ナオ @nayotaf

なんだ、今の。まるで、私が記憶を失ったような――あ、これが、狐につままれるってやつか?ぱちん、と己の頬を叩く。「先生ー?」「あ、はい、今行きます!」ほら、何事も無かった様に日常が戻ってくる。狐の置き土産の油揚げをひょいと机に置くと、私は診察室へ駆け戻っていった。 #twnovel

2011-03-02 22:51:21