映画「この世界の片隅に」の片隅の、とある駆逐艦の記憶。

映画「この世界の片隅に」では、終戦の日の晩に呉市で起きた「ちょっとした変化」が描かれます。 作品中でも特に象徴的なシーンなのですが、それが「たんなる象徴」ではなく、「実話」であったという、そんなお話です。 尚、ツイートで言及されているじゃむ猫さんのHPは、東江戸川工廠(http://www.jam.bx.sakura.ne.jp)です。 当該記事は以下を参照ください。 http://www.jam.bx.sakura.ne.jp/dd/dd_career_shii.html
この世界の片隅に
kado_busdev 50963view 18コメント
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  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 13:51:48
    もう出しても大丈夫かなと。 長くなります。 (1)2001年ごろ 「椎」の乗員だった方からうちのホムペにご連絡を頂いたのは2001年のことで、松型駆逐艦解説へのご感想だった。 #この世界の片隅に
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 13:52:08
    @jamnekodd 「椎」は第43駆逐隊の6隻の所属艦の1隻なのだが、なぜだかやたら影が薄く、戦後の書籍では時折編成から落とされているくらい不憫な駆逐艦だった。 この艦のことを書こうと思い、「椎」の話を教えてもらった。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 13:53:26
    @jamnekodd メールや手紙でやりとりさせて頂く中で、椎の乗員は終戦をどう受け止めたかと訊ねた。 その方は当時16才。 ほとんど記憶に残ってないが、呉軍港の周囲の山の中腹で焼け残った家の灯りだけが明瞭に記憶にある、と答えを頂いた。 戦争の終わりを告げていると感じたとも。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 13:54:12
    @jamnekodd 非常に印象的な言葉で、とても大切な思い出に思えた私は、家の灯りを「生活の灯」と表現して椎の解説に加えた。 「ぽつんぽつんとした灯り」椎の乗員の方はこう書いていた。 ここは解説に記さなかった。どんな光景をイメージするかは読者に委ねた。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 13:55:00
    @jamnekodd 一方、紙媒体に書いた松型の戦いを解説する記事にはこの光景そのものを書かなかった。 大事な記憶を託されたのだから、兵器の解説ではなく人間に焦点が当たるところで使おう、もっと相応しい出番が訪れるのを待とうと考えた。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 13:55:50
    @jamnekodd (2)2011年~2013年ごろだったかな? 年月が経ち、片渕監督から新しい映画を作っていること、そこにあの話を使うつもりだという話を聞いた。 あの話は紙媒体には出していないので、うちのサイトを見て、かつ記憶に止めてくれたということになる。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 13:56:45
    @jamnekodd どう答えたか覚えていないが、たぶん喜んだと思う。 が、その後に続いて片渕監督が「山に電気が通っていたか」確認したことを聞かされた。あの話には妥当性があるとのことだった。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 13:57:25
    @jamnekodd こちとら「イイ情景ダナー」で思考停止していた話の裏を取りに行っていたわけで、研究者・片さんの恐ろしさを思い知った次第である。 その衝撃が大きすぎたおかげで直前の答えを長期記憶に移行できなかったのかも知れない。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 13:58:00
    @jamnekodd とにかくにも、私が乗員の方から預かった思い出を、表現のプロが受け取ってくれたのだ。カットされなければいいなと思いながら映画の完成を待つことにした。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 13:59:47
    @jamnekodd (3)2016年10月末 再び年月が経ち、完成が危ぶまれた映画も遂に出来上がり、自分は封切前に国際映画祭の六本木で初めて観た。 実はその時点で椎の話を使うという話はすっかり忘れていて、別の話が気になっていた。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 14:00:39
    @jamnekodd 隣に座った年輩のご婦人の「あははは」という口を全開にした笑いに、「あ、この映画は笑っていいんだ」と戦争を扱った映画への気構えを解いてもらった。 原作は敢えて読まずに臨んだので、知らない方言は英語字幕に助けられた。 映画の中のカレンダーが終戦の日を迎えた。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 14:01:38
    @jamnekodd サンに始まり、すず、径子を経て円太郎父ちゃんが受け取った銀飯リレーの最後、あの光景が銀幕に映った。 ごくごく自然な流れだったので、その光景が「椎」のだと気がついたのは次のシーンに移ってからだった。 北條家のドラマとあの光景とがシームレスに繋がっていた。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 14:02:33
    @jamnekodd でも次々と畳みかける印象的なシーンに流され、改めて振り返ったのは帰宅してからだった。 振り返ってみると嬉しいことに、椎の乗員の方の言う「ぽつんぽつんとした灯り」が全くその通りに描写されていた。 しかし既に書いたように、この表現は私は表に出していない。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 14:03:29
    @jamnekodd ホムペの「その夜、呉の山腹で焼け残っていた民家に明かりが灯っていたのが印象的であった」という僅かな言葉と自身の調査から片渕監督がイメージしたのがあの映画の描写である。 繰り返すが、全くその通りだった。 そして単なる風景ではなく、北條家の「生活の灯」だった。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 14:03:52
    @jamnekodd 改めて驚いた。数年越しの驚愕だった。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 14:09:33
    @jamnekodd (4)2016年11月12日 封切り当日、渋谷のユーロスペースに席を取り、椎の乗員の方のメールを印刷して持って行った。 「回天搭載駆逐艦椎、登場します。個人的には大事な役回りをしてもらったと思ってます。」 片渕監督からこんな言葉を頂いた。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 14:10:17
    @jamnekodd 映画製作にあたり、広島や呉の風景とそこに生きた人々の思い出を地元の方々から取材して集め、それを映画に投影したことは片渕監督自身が語り、色々なメディアによってもよく知られるようになった。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 14:11:41
    @jamnekodd 「この世界の片隅に」を大勢の人が「思い出を託した映画」と自分は言うことがある。 クラウドファンディングは思いを託したが、思い出を託した人たちもいる。 私は「椎」乗員の方から預かっていた思い出を託せた。 相応しい出番を待った甲斐があったと思う。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 14:13:45
    @jamnekodd 余談だが「椎」の船体が画面に登場しているのを知ったのは知人に指摘されてからだった。 監督からも教えてもらって初日に確認した。回天の架台がある。 絵コンテ集に艦名が明記されてるとも聞かされた。ちょうど品薄の時期だったが、これはササユリカフェで買えた。
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-21 14:17:11
    @jamnekodd 余談を挟む前に書くべきだったけども、片さん、「椎」乗員の方の思い出を描いてくれてどうもありがとうございました。 個人のホムペはいつ消えるかもわかりませんが、あの映画は確実に未来に残るから。 長々とすいませんでした。
  • 2017/1/22にご本人より補足が。
    確かに言われてみればその通り。軍事趣味者でも「灯火管制が敷かれた街がどうなるか」って、案外イメージ湧かない筈。

  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-22 11:01:07
    「椎」の艦歴は灯火管制を知ってることを前提に書いていた。だからピンと来ない人も多かったと思う。 映画では戦中の山の夜景が頻繁に描写された。戦中は黒い山が横たわっていた。それと対照を成すあの電灯。見た人みんなが象徴性に直感的に気づいた。映像はすごいと思った。 #この世界の片隅に
  • じゃむ猫 @jamnekodd 2017-01-22 11:05:07
    @jamnekodd 椎の乗員の方は呉市街への焼夷弾空襲も目の前で見た。終戦の日、山腹には電灯が瞬いた。でも「市街は全滅」としか書いてない。言及しなかったと言うことは恐らく真っ暗なままだったのだろう。

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