【Twitter小説】魔物と細工師(全20ツイート)

宝石を喰らう魔物と、細工師見習いの少年の物語です。 【その他のTwitter小説】 短編 Vol.1 http://togetter.com/li/96116 短編 Vol.2 http://togetter.com/li/105081 続きを読む
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23時の夢物語 @23novel

「まいったな」予想外の雨に、男は心底困り果てていた。避難したくてもどうにも土地の勝手がわからない。ずぶ濡れになりながら王都をさ迷っていると、ふいに清々しい香りに捕らわれた。「Old Cafe…?」行き着いた先は看板通りの古い一軒家を改装したカフェだった。 #twnovel

2011-03-08 23:09:33
23時の夢物語 @23novel

ふらふらと香りに誘われるように男が店に入ると、間の悪いことに若いマスターがもう店仕舞いをしているところだった。「すまんが、少し雨宿りさせてもらえるかね」申し訳なく言うと、マスターは気前よく微笑んだ。「もちろんです。よければ雨払いに付き合ってください」 #twnovel

2011-03-08 23:14:40
23時の夢物語 @23novel

「薬湯酒…古い呪いなんです」マスターは香りの正体を差し出した。「昔、賢者が酒と薬草で雨竜を退治した話に由来があるとか。雨が降ると無性に飲みたくなるんです」「では私は肴に一つ物語を披露するとしようか。雨が上がるよう願いを込めたとっておきの話を」「いいですね」 #twnovel

2011-03-08 23:22:11
23時の夢物語 @23novel

最高の宝飾品が盗まれるーそんな噂を覚えているかね。そう遠くない昔、そう遠くない街道で、大騒ぎになった話だ。白昼の犯行、なのに誰も犯人の姿すら見られない。躍起になった警察や凄腕の用心棒、王軍ですら止められず、近隣の商人たちは真っ青になったものだったよ。 #twnovel

2011-03-08 23:31:25
23時の夢物語 @23novel

主人公は、そんな騒ぎとはかけ離れた一人の平凡な少年、ちっぽけな細工師見習いの人間だ。不思議なものだねえ。得てして物語の中心になるとは夢にも思えない人物が難題を解決してしまうのだから。さあ、彼の古ぼけた銀の腕輪が盗まれることから物語を始めていくとしよう…。 #twnovel

2011-03-08 23:49:40
23時の夢物語 @23novel

工房の使いとしてなじみの商隊に加わった少年は、厳しい親方のいない非日常をのびのび楽しんでいたようだ。客ではない分働きもするが、常に比べれば楽なもの。その余裕ある好奇心に満ちた目がかすかな異変を捕らえた時、可哀想に、少年の体はもう宙を舞っていた。 #twnovel

2011-03-09 23:00:08
23時の夢物語 @23novel

地面に叩きつけられ、衝撃から立ち直った少年が見たのは、大切な腕輪が消えた右腕と、その鋭い痛みから流れ出る血、そして暗い森へと続くかすかな血痕…。もちろん、愚かに少年はその跡を追って行ったとも。異常に気付いた商隊の人々の制止も聞かずにね。 #twnovel

2011-03-09 23:01:21
23時の夢物語 @23novel

少年は走り続けたよ。誰も追いつけないほどの執念で、まるで人間が駆けられる限界を見せつけるように。雨が降り出し、痕跡も消え、意識すらぼやけても、彼は走り続けていた。奪われた腕輪を追い、一体どこまで行っただろうね。彼が崖から落ちさえしなければ。 #twnovel

2011-03-09 23:03:39
23時の夢物語 @23novel

「…生き…てる?」少年がかすかな足音に視線を向けると、そこには雪より白い獣が銀の腕輪をくわえて立っていた。瞬間、黄金の瞳に貫かれた少年は、その雷のような迫力にぬかずき、自分がとんでもない場所へ迷い込んだことを思い知った。「この空気…祀り場…、カミ…!!?」 #twnovel

2011-03-09 23:11:42
23時の夢物語 @23novel

「お待ちください。それは私の宝。どうぞ…」神と向かい合った少年は、枯れた喉を必死に動かし、一生分の勇気と知恵を絞り出した。ふいに腰の小刀の存在を思い出した彼は、ためらい、迷い、激しい決意でそれを抜き払った。「私の腕を捧げます。ですから、その腕輪をお返しください」 #twnovel

2011-03-09 23:23:45
23時の夢物語 @23novel

シュッシュッと小気味いい音が神殿に響いた。「貴方のために100の細工物を作りましょう。宝石も、銀すらなくても、私の真心を捧げますから」少年が小さな木片で作った花を差し出すと、白い獣は腕輪を取り落とし、うっとりと少年の細工物を満足げに飲み込んだ。 #twnovel

2011-03-10 23:00:22
23時の夢物語 @23novel

「やはり細工に込められた”思い”を食べていたんだ」商隊が運ぶ宝飾品ではなく、謂れある自分の腕輪が奪われた事実から、少年は一つの頼りない推察に賭け、勝ったのだった。「粗末な品でも、あれはまっすぐ彼のためのもの。人にとっては些細な差でも、カミにとっては大きいはず」 #twnovel

2011-03-10 23:05:12
23時の夢物語 @23novel

理屈がわかると恐怖は薄らぐもの。まるで果物が熟すのを待つ風情の白い獣に、少年は廃墟に転がる木片で細工物を作り続けた。眠りも空腹も忘れ、昼もなく夜もなく。美味しそうに喉を鳴らして食べる獣に、彼は次第に心を許していった。「たぶん俺はおかしくなっているのだろう…」 #twnovel

2011-03-10 23:06:37
23時の夢物語 @23novel

次々と鳥や虫を生み出し、与える喜びを感じる一方で、少年の心は沈み始めてもいた。「これっぽっちの”思い”すら得られなくなったのか」荒れた神殿はカミが人々の信仰を失った証。「俺が去れば、また…」獣の孤独を思い、心優しい少年の動きはどんどん鈍くなっていった。 #twnovel

2011-03-10 23:09:08
23時の夢物語 @23novel

最後の1個となった細工物を前に、少年の手はついに止まってしまった。「なあ、もしこのまま作り上げなかったらどうする?」長い緊張と労働と暗い考えにすっかり疲弊した少年が力なく声を掛けると、獣は真っ赤な口から鋭い牙を覗かせて、ゆったりと無表情に少年に近付いていった…。 #twnovel

2011-03-10 23:12:14
23時の夢物語 @23novel

「喰うか、俺を。それもいいかも知れない」疲れ切った少年は穏やかな気持ちでそう思い、獣を迎えるように右腕を差し出した。「二度と寂しい思いをしないように…」しかし覚悟を決めた彼の手が柔らかな白銀の毛並みに触れた瞬間、カミは無数の光となって砕け散ってしまったのだった。 #twnovel

2011-03-11 23:07:23
23時の夢物語 @23novel

瑠璃、玻璃、瑪瑙、紅玉、真珠、金剛石…。目にも鮮やかな宝石の輝きの中、くすんで冴えない木屑が舞う様が一番美しかったとか。後日、盗まれた宝石の残骸と意識を失った少年が、この物語とともに見出され、今ではカミを憐れんでたくさんの木の細工物が奉納されているとのことだ…。#twnovel

2011-03-11 23:08:56
23時の夢物語 @23novel

「首尾よく雨が上がったね」窓の外を見て客が笑った。「雨は天竜の涙。だから魔が幸せになる物語を捧げ、その孤独を慰めるんだ。私の雨払いの術もなかなかだろう」「契約は…白の獣は救われたのですか?」「もちろん。命を懸けて、救いとなる真心を捧げてもらえたのだからね」 #twnovel

2011-03-11 23:09:38
23時の夢物語 @23novel

小枝に埋もれた輝きをマスターは見つめた。「今も時折、物語の舞台付近で木片に刺さった宝石が見つかるらしい。まあ、土産物屋で買えるのはそのおもちゃだけれどね。うまい薬湯酒をありがとう。ささやかだが、助けたもらった礼だ」そう言い残すと男は雨上がりの世界に消えていった。 #twnovel

2011-03-11 23:11:33
23時の夢物語 @23novel

「本物ですよねえ…」ずっしりした重さから、かなり大きい宝石が枝に埋まっているのがわかる。「白虎の眷属か。確かに雨竜と相性は悪そうだ」マスターはちびちびと爽やかな香りの暖かい酒を飲みながら、まったく減っていないもう一つの器を眺めた。「元気になって、本当によかった」#twnovel

2011-03-11 23:13:12