- mochi_azuki3
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【炊飯器の脆弱性を突かれた話 1】 「ウワー、またかよ」 玄関を開けると漂ってくる、炊きたてごはんのにおい。大枚はたいて全自動炊飯器を買った城川の現在の悩みは、毎日毎日帰ると勝手にごはんが炊かれていることだった。
2017-04-09 23:51:47【炊飯器の脆弱性を突かれた話 2】 きっかけは一ヶ月前、電器店に行ったときのこと。白米をセットしておくだけで、指定した時間に米を炊き上げるという最新炊飯器に目が行った。 自動洗浄でお手入れもらくらく。雑穀米やおこわにも対応可能。外出先から専用アプリで操作もできる。
2017-04-09 23:52:23【炊飯器の脆弱性を突かれた話 3】 十万円という値段にやや怯んだが、ポイント還元祭と店員の熱心なセールストーク、それに毎日炊きたてごはんが食べられるというドリームにはかなわなかった。残りのボーナスをつぎこみ、城川は最新型炊飯器『ピピっとごはん』を購入した。
2017-04-09 23:52:39【炊飯器の脆弱性を突かれた話 4】 最初のうちはすべてが順調だった。炊きあがり時刻をセットしておくだけで、ちょうどいい量のごはんが炊きあがっている。炊きたての白米にはたいしたおかずはいらない。たらこや納豆をそえるだけで十分なごちそうだった。
2017-04-09 23:53:08【炊飯器の脆弱性を突かれた話 5】 だが、炊飯器と城川の蜜月関係にも陰りが見え始めた。きっかけはある日の飲み会。タイマーを解除するのを忘れていたため、深夜に帰ってからご飯をラップしなければいけなかった。
2017-04-09 23:53:34【炊飯器の脆弱性を突かれた話 6】 翌日は二日酔いで朝食を食べる気にならなかった。それでも炊飯器は米を炊いていたため、帰ってから変色し始めているご飯でもそもそと夕食をとることになった。
2017-04-09 23:54:27【炊飯器の脆弱性を突かれた話 7】 城川は炊きあがり時刻設定を解除した。これで無駄に米を炊かれることはない。しかしそうなると、今度は逆にほしいときにごはんがなかった。帰ってきて、米が炊けるまで夕食を待つことはできない。そういうときはラーメンだのなんだのを食べることになる。
2017-04-09 23:54:50【炊飯器の脆弱性を突かれた話 8】 それを繰り返していると、いつしか『ピピっとごはん』を使うことが少なくなっていった。結局、城川は『ピピっとごはん』を持ち腐れていた。
2017-04-09 23:55:18【炊飯器の脆弱性を突かれた話 9】 その『ピピっとごはん』が急に動き出したのは、数日前のことだった。城川が会社から帰ると、忘れかけていた炊きたてご飯のにおいが部屋中ただよっていた。
2017-04-09 23:55:44【炊飯器の脆弱性を突かれた話 10】 おかしなことだった。予約機能を確認したが、セットはしていなかった。アプリを間違って操作してしまったかと思ったが、操作履歴は残っていなかった。
2017-04-09 23:56:04【炊飯器の脆弱性を突かれた話 11】 その日、城川はカップラーメンを買って帰ってきていた。しかし米が炊けている。城川はカップラーメンは戸棚にしまい、冷蔵庫から卵と佃煮を出してごはんを食べた。久しぶりの炊きたての米はうまかった。
2017-04-09 23:56:22【炊飯器の脆弱性を突かれた話 12】 翌日からも、帰ると米が炊けていることが続いた。自分でセットしていないことは明らかだったので、城川は故障を疑った。しかし時間がなく、メーカーに問い合わせるというところまでいかなかった。
2017-04-09 23:56:46【炊飯器の脆弱性を突かれた話 13】 ごはんがあるのでは仕方なく、城川はまた米とおかずを食べるようになった。あたたかいご飯というのは、一日の仕事を終えて疲れた身体にじんわり寄り添ってくれるものだということを思い出した。
2017-04-09 23:57:16【炊飯器の脆弱性を突かれた話 14】 帰りのスーパーで色々な惣菜を選ぶようにもなった。オクラのおひたしだのかぼちゃの煮物だのを食べるのは久しぶりで、城川はそういうおかずをしみじみと味わった。
2017-04-09 23:57:35【炊飯器の脆弱性を突かれた話 15】 『ピピッとごはんに脆弱性、悪意のある第三者に米を炊かれる可能性』というニュースを目にしたのは、勝手に米が炊かれるようになってから三週間ほど経ってからのことだった。もしかして、と城川はメーカーへ問い合わせのメールを送った。
2017-04-09 23:57:54【炊飯器の脆弱性を突かれた話 16】 二日後、メーカーから返答のメールが来た。お定まりの謝罪文から始まったそれの中には、『本日修正パッチを適用いたしました。今後、同様の事象は発生しないと考えられます』とあった。
2017-04-09 23:58:13【炊飯器の脆弱性を突かれた話 17】 翌日以降、米が勝手に炊かれることはなくなった。家に帰っても『ピピッとごはん』の保温ボタンは点いていない。そのことにある種の物悲しさを覚えた自分を発見し、城川は驚いた。
2017-04-09 23:58:29【炊飯器の脆弱性を突かれた話 18】 城川は炊きあがり時刻設定をもう一度セットした。そしてネットで『ピピッとごはん』脆弱性情報を漁ることを始めた。数週間を費やして、ある掲示板にたどり着いた。そこでは具体的な攻撃方法から攻撃結果の報告、パッチに対する呪詛などがやりとりされていた。
2017-04-09 23:58:47【炊飯器の脆弱性を突かれた話 19】 城川は『うちの米を勝手に炊いてた奴出てこい』とタイトル欄に入力した。本文、のところに書く文章を、城川は少し迷った。
2017-04-09 23:59:13【炊飯器の脆弱性を突かれた話 20】 『ありがとう、うまかったよ』そう入力し、城川は送信ボタンを押した。このスレッドが目に入るかどうかはわからない。しかし、城川はそれでも伝えようとしたかった。スレッドが反映されていることを確認すると、城川はブラウザを閉じた。
2017-04-10 00:00:30