徳美 天下人の城 刀剣を中心とした紹介記事まとめ

2017/7/15~9/10徳川美術館で開催される「天下人の城 -信長・秀吉・家康-」展で展示される刀剣と、関連情報のまとめです。
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お城こちらは、とある応援団与力によるまとめです。
私的まとめだということで、応援団ブログだったら遠慮するような情報も載せています。(不適切な情報ではないはず)

ここでは一部だけを選んで紹介していますので、すべて見たい方は展示解説一覧をご覧ください。
登場するお城ごとのまとめには、地図上に城の一言説明がついた図もあって見やすいです。

応援団って何をしているの?という方はこちらのまとめをご覧ください。
観光案内はこちら

展示予定品

津田遠江長光(~8/6)、義元(宗三)左文字(8/16~9/10)、茶塗漆打刀拵付属の刀(7/15~8/15)以外の刀は通期予定です。
全体に、書状や絵などの痛みやすいものが主に展示替えの対象になっているようです。

全展示品のリストは徳川美術館のHPからPDFで見ることができます。
また、あまり見やすい状態ではないですが、目録の写真をこのまとめラストに載せています。

義元(宗三)左文字(8/16~9/10)

リンク 天下人の城〜徳川美術館応援団 【46】刀 名物 義元左文字(宗三左文字)信長が討ち取った義元から奪った記念に名前を彫った愛刀 【46】刀 金象嵌銘 永禄三年五月十九日 義元討捕刻彼所持刀/織田尾張守信長 名物 義元左文字【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)第2章 清須城と桶狭間合戦(蓬左文庫第一室西側

今川義元
桶狭間の戦いくらいしか知らないよという方少なくないんじゃないかな、などと思っております。
(かくいう私もその一人。歴史沼を探り始めて浅いので知識が偏っております…。)
今回、今川義元に関連する歴史解説のある記事として、春日井郡上品野山城絵図小豆坂合戦ノ図があります。

あと、リアル合戦も遠戦大事(むしろ切りあうより石や矢による負傷のほうが多い状態)です。
そんな中でチャンバラやって門を破った部下を義元がほめた感状があります。
しかも同じ方宛に、やっぱり武勇をほめる同じ年に書かれた感状と、やっぱり武勇をほめる二年前に書かれたものもあります。
どんな恐ろしい部下がいらっしゃるのですか…

鯰尾藤四郎

リンク 「天下人の城」〜徳川美術館応援団〜 【101】脇指 銘 吉光 名物 鯰尾藤四郎 小牧長久手の戦いを「勃発」させた刀 脇指 銘 吉光 名物 鯰尾藤四郎 徳川美術館蔵【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)第2章 巨大城郭の時代 四 金箔瓦の荘厳(本館7室1)(二)大坂城展示番号101原さん面白い

織田信雄(のぶかつ)
信長の子です。音で聞くと信長弟の信勝と紛らわしいので注意。
旧来の評価は「ダメ息子」ですが、近年それを覆す研究成果がでています。
関連記事は長久手合戦図屏風金箔瓦など。

大坂城(豊臣秀頼)
他が人物名なのにここだけ城の名前ですが、秀頼公に直接関連するものがないから仕方ない。もともと城がテーマですし。
復元天守の姿あたりは皆さま気になるところじゃないでしょうか。
今回のテーマ「城」なので多数の展示品ありますが、このまとめ対象者におもしろがってもらえそうなお話の載っているのが選べないのでこのへんで。

徳川家康&徳川義直
家康公がらみのまじめなお話はきっと探しやすいと思うので今回のちょっとかわりだね。
黒本尊縁起絵巻という、大坂夏の陣で家康公がピンチに陥ったときに黒本尊という神様が助けてくれた!というお話の絵巻なのだとか。
あと、徳美ではめったに展示されない珍品、辰砂。鯰尾と同じように遺産分けで尾張に相続された品です。
ほかにもなんでそんなもの残した(笑)という品はいくつかありまして…富山のほうにはたいまつがいっているみたいですね。(使い古した足袋や、未使用ふんどしなども遺産の品のうちで残っているのだとか…)

徳川慶勝
所持者のリストにときどき入ってくる方。
(今回展示はありませんが、拵の所持者としては図録に載っています)
尾張の中での位置づけはだいぶ前に出た武将ジャパンの記事を、人物の概要は古写真の記事を、
詳しく調べてみたい方向けの参考資料案内は金鯱部材で作った品々の記事をどうぞ。
慶勝公の後の茂徳公も鯰尾の拵の所持者として時々名前がかかれますが、この方が文久三年に一期一振を皇室に献上したのだとか。(『図説 刀剣名物帳』(辻本直男補注)より)

本作長義・・・(以下58字略)

リンク 「天下人の城」〜徳川美術館応援団〜 【103】刀 銘 本作長義・・・(以下58字略) 秀吉の小田原城攻めとの関係のある名刀 刀 銘 本作長義天正十八年庚刁五月三日二九州日向住国広銘打天正十四年七月二十一日小田原参府之時従屋形様被下置也長尾新五郎平朝臣顕長所持(徳川美術館蔵)【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合が

関連しそうなものがないので、代わりに歴史関連の参考資料を。

上記の記事の歴史パートは簗瀬大輔氏の講演を基にしているので調べたい方に参照していただけません。
が、その講演資料の元となったのは、館林市史通史編1『館林原始古代・中世とのことです。
もっと入手が簡単なものだと、戦国王7/25号(第57号)が、足利長尾氏と長尾当長、長尾顕長、足利学校についてそれぞれ2ページずつの記事を掲載しています。
(しかも他のページはその周辺の方々についての記事…!)

津田遠江長光(~8/6)

リンク 「天下人の城」〜徳川美術館応援団〜 【92】「太刀 銘 長光 名物 津田遠江長光」今回の展示品で唯一の国宝!(8/6まで) 国宝「太刀 銘 長光 名物 津田遠江長光」徳川美術館蔵 (展示期間:8/6まで)【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)第2章 巨大城郭の時代 金箔瓦の荘厳(本館7室1)1・安土城

ブログ側では省略されてしまいましたが、板目肌で、映りあり、足・葉も入るとのことなので、本を片手に特徴探しされる方はがんばってください。
(ちなみに、小板目と書いた本と大板目と書いたものとあったり、淡い大映り、淡い乱れ映り、乱れ映り鮮明と各解説にあったり、資料によって微妙に記述が違います…)

安土城
今回このパートで一番目玉なのは松花・金花かと思います。
歴史の研究結果は変わっていくものだということがよくわかる安土山遺構復元模型の話もおもしろいかと思います。
個人的にはぶさかわな金箔押鯱瓦(復元)が好き…

脇指 銘 吉光 亀王丸 号 蜘蛛切丸

リンク 天下人の城〜徳川美術館応援団 【45】脇指 銘 吉光 亀王丸 号 蜘蛛切丸 信長が戦勝祈願で熱田神宮に奉納した一振り 脇指 銘 吉光 亀王丸 号 蜘蛛切丸 熱田神宮蔵【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)第1章 天下布武への道二・清須城と桶狭間合戦(蓬左文庫第一室西側)展示番号 45番原さん

信長関連は、登場時期も考えると関連づけしての紹介がしづらいです。
この刀が信長の手元にあった時期までの他の展示品ってどれだろう…?という…

あざ丸

リンク 天下人の城〜徳川美術館応援団 【29】脇指 無銘 号「あざ丸」 熱田神宮に奉納された伝説の妖刀! 脇指 無銘 号「あざ丸」 熱田神宮蔵【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)第1章 天下布武への道 勝幡城・那古野城の時代(蓬左文庫第一室東側)展示番号 29番 原さん 1

今回肌のきらっきらするような感じまでは裸眼では見づらいですが、それでも単眼鏡があれば比較的なんのことかわかりやすいほうじゃないかなと。

飾られているのは蓬左なので、何か超常的な騒ぎがあっても呼び出されるのは学芸員の原さんではなく蓬左の人…(笑)

茶漆塗打刀拵 / 太刀 銘 正次(~8/15)

リンク 天下人の城〜徳川美術館応援団 【49】香木枕【50】茶漆塗打刀拵 信長が職人を厚遇していたことがわかるステキなプレゼント 49 香木枕【こうぼくまくら】 二基50 茶漆塗打刀拵【ちゃうるしぬりうちがたなこしらえ】 いずれも名古屋市・總見寺蔵【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)第1章 天下布武への

刀剣の展示予定といいつつ、掲載をすっかり忘れていた代物(ごめんなさい)
永禄5年、松平元康(後の家康)と信長が同盟を結んだ(ミュ見てた方は、二回目の風車直後のナレで言ってたあれ)年、信長が陣中で職人さんに下賜した刀だそうです。
これが展示されている場所が後期に義元左文字が展示される場所になります。

片鎌槍(模作)

リンク 「天下人の城」〜徳川美術館応援団〜 【198,199,201】長烏帽子形兜、片鎌槍、虎頭蓋骨 ところがリアルの清正も虎と戦うマンガ並の武神だった! 長烏帽子形兜片鎌槍模作(模作 原本 加藤清正所用 東京国立博物館)虎頭蓋骨 二頭 (いずれも徳川美術館蔵)【展示場所】(場所・番号などは変更されている場合があります)第2章 巨大城郭の時代 五 東海の