あらたべろにかはしぬことにした 1

実験小説
0
しらゆきはやて @shin_mywk

「君は毎日一人で帰っているね」  大学を出て数分経ったところで、ぼくはその声によって歩を止めた。  振り返ると、見慣れない制服を着た女の子がいた。  真っ黒の髪。身長ほどある髪。前髪は眉の下辺りで切り揃えられている。

2017-07-31 22:19:46
しらゆきはやて @shin_mywk

「……ぼくの隣に友人らしき人間が見えるのか?」 「結構な言い分だ」  わけが分からない。  火曜日の午後四時五十分。  空は半分ほど雲が覆われていた。 「退屈だったからね。つい声をかけてしまったんだ。もしかして急ぎかい? ならば無理に引き止めようとはしないのだが」

2017-07-31 22:20:17
しらゆきはやて @shin_mywk

「引きとめるための第一声がそれとは、君は第一印象とか気にしない人なのか?」 「ふむ、ならば君は第一印象だけで人の全てを決めてしまうような人なのかな」 「そこまでは言っていない」 「しかし私にはそう聞こえてしまった」  なかなかへ理屈をこねる娘である。

2017-07-31 22:20:51
しらゆきはやて @shin_mywk

ぼくが顔を歪ませると、女の子は対照的に顔を綻ばせた。 「だが、私にとっての君の第一印象はまずまずだ。悪くない」 「何様だ」 「お子様」 「…………」  今更そんな言い回し、小学生でも使わないぞ。

2017-07-31 22:21:33
しらゆきはやて @shin_mywk

見た目確かに中学生から高校生といったところだろうか。ギリギリお子様と言われても頷けないことはない。 「ところで私の趣味は気分が沈んでそうな人間に声をかけることだ」 「……嫌がらせが趣味なのか?」

2017-07-31 22:22:12
しらゆきはやて @shin_mywk

「いやいやとんでもない。自分が嫌なことは他人にはしない、って親か先生に教わらなかったのかな?」 「なるほど」  女の子はそう言うぼくの顔を見ると、笑った。  それは、笑みだった。  目を薄く閉じて、口の端を若干吊り上げて。  日向ぼっこで気持ちよさそうに眠る猫のように。

2017-07-31 22:22:47
しらゆきはやて @shin_mywk

「君はいつも退屈してそうな顔をしている。こう言えばどうだい?」 「……そう言う君はいつも疑問を抱えてそうな顔をしている」 「素晴らしい。まるで小さな旋律のようだ」  不思議な雰囲気を纏う女の子。  制服を着ているから、少なくとも大学生ではないだろう。

2017-07-31 22:23:15
しらゆきはやて @shin_mywk

「こうしている間にも疑問は増え続けていく。他の人間は何をしているんだろう、と俄に思い立つ。世界は広がりを持っているが、人間は収斂に向けてしか存在たりえない」  女の子は演説するようにして口を動かし続ける。 「気になるかい?」 「……何がだ?」

2017-07-31 22:23:48
しらゆきはやて @shin_mywk

だがぼくの疑問を余所に、女の子は「ならば」と告げて、 「すぐにまた会おう」  女の子は、踵を返して路地へと消えた。  女の子は言った。 「すぐにまた会おう」と。  ならばすぐにまた会うのだろう。  ぼくは立ち止まる前と同じ歩調で坂道を下り始めた。

2017-07-31 22:26:34