愛を一輪

刀×花屋というお題で呟いた燭へし。
1
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

「長谷部、そっちの水揚げは済んだか?」「ああ、薬研か。手筈通りだ」「そうか。こっちも大体終わった。…奴さん、今日も来るかな」ドキリとしたのを気づかれないように、俺はくるりと後ろを向いて手の中の九分咲きのガーベラをスタンド型の花瓶にぽちゃんと落とした。「…さぁな」

2017-08-20 17:56:17
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

俺の本丸は花屋本丸、と呼ばれている。元々花好きだった主が趣味で始めたものが、どういう訳か副業と言っても差し支えない大規模なものになり、今や本丸の土地には広大な花畑が広がっている。主が丹精込めて育てた花をこうして本丸入り口近くに設置した店舗区画で売るのは、俺達カンスト刀剣の役目だ。

2017-08-20 18:05:36
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

主が大きな神社の神主の家系だからか、うちの花は祈願成就によく効き、本丸ナンバーも88888888と縁起がいいと評判で、買いに来るのは大概がそんな噂を聞きつけた他所の本丸の刀剣か審神者がほとんどだ。「本丸二周年の記念のフラワーアレンジメントをひとつ」「孫の合格祈願に花を一輪」

2017-08-20 18:16:10
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

そんな注文を同じ店当番の連中とこなしていると、薬研がこちらを肘でつついた。「おい、来たぜ」できるだけゆっくりと店先を見ると、そこには一人の刀剣男士が立っていた。眼帯に燕尾服、すらりとした長身。そして、男は低い艶のある声でいつものようにこう言った。 「やあ。花を一輪貰えるかい?」

2017-08-20 18:22:33
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

「…今日は、何だ」「そうだな、チューリップがいいかな。そっちの赤いのを一輪お願いするよ」そっち、と言われて指差されたのは、花弁の縁が白い、高級感溢れる深い赤色をしたチューリップ、アルマーニだ。俺は手早く茎先を処理し、花をラッピング用紙で包む。「リボンの色は?」「いつも通り、紫を」

2017-08-20 18:40:28
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

注文通りラッピングを終えて手渡すと、代わりに代金を渡される。指先が触れそうで触れないその距離に手が震えぬよう己を叱咤し、なんとか会計を済ませる。 「君の所の花はいつ見ても見事だね」「当然だ。主が丹精込めてらっしゃるのだから」そう返すと、男、燭台切光忠はそうだね、とふわりと笑った。

2017-08-20 18:45:39
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

そんな風に笑われると、どくどくと心臓がうるさいくらい主張をしてきて、俺は途端にどうしていいかわからなくなるのだ。「…無駄口を叩いてる暇があったらさっさと帰れ」「おっと、仕事中に失礼したね。じゃあ、また」片手をひらひらと振って、燭台切は店を出て行った。 「…やっぱり今週も来たな」

2017-08-20 18:50:46
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

いつの間にか隣に来ていた薬研がぼそりと呟く。「随分熱心なこった。しかも毎回律儀に一輪ずつ。よっぽど花好きか、叶えたい願い事があるんだな」「祈願成就ならうちを頼るより、直接神社にでも行った方が良さそうなものだが」「そこは伊達男なりの流儀ってやつなんだろうよ」

2017-08-20 18:58:32
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

そう言って薬研はこちらを見上げてにやりと笑う。「顔、赤くなってるぜ」「なっ…!?」慌てて鏡を確認すると、普段通りの顔色だ。「っ薬研!」「はは、すまんすまん」そんなやり取りをしていると、新たに店に客が入ってきたので、急いで入り口に向き直った。 俺は、あの燭台切光忠に恋をしている。

2017-08-20 19:07:15
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

初めてあの燭台切光忠がうちの本丸を訪ねてきたのは、三ヶ月程前の事だった。「…花を一輪お願いしたいんだけど、いいかな」そう言ってにこりと微笑まれた時の衝撃は忘れられない。雪の中からひっそりと顔を覗かせる福寿草のような、芯のある優しさ溢れるその笑顔に、俺は一目で心を奪われたのだ。

2017-08-20 19:18:52
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

正直、その時何を話したのかは緊張のあまり覚えていない。とにかく言われた通りに花を包んで渡して、金を受け取って。立ち去る背中をしばらくただぼんやり眺めていたのだけはかろうじて覚えている。また、来てくれないだろうか。そんな事を願っていたら、翌週にまた同じ燭台切が本当に現れた。

2017-08-20 19:27:40
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

「花を一輪、貰えるかい?」 やはり燭台切は初回の時と同じように花を一輪買っていった。 それから毎週、燭台切は決まって花を一輪買い求めに来るようになった。買う花はストレリチア、アネモネ、スターチス、ゼラニウム、と毎回違っていて、共通しているのはラッピングに紫のリボンを選ぶ事だ。

2017-08-20 19:39:59
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

あの燭台切と俺は単なる客と店員にすぎなくて、これ以上深入りしてはいけない。そう思うのに、会う度あいつのちょっとした仕草や表情に魅せられていく自分がいた。 うちの本丸にも燭台切光忠はいるが、奴はただの同僚だし、客として来る他の燭台切光忠にもこんな感情は抱いた事がなかった。

2017-08-20 20:05:32
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

あいつはあの花にどんな願いを託しているのだろう。そんな事を考えながら時折ぼんやりするようになった俺を、同じシフトに入ることが多い薬研や鶴丸は面白がってにやにやと眺めてくる。「そろそろ連絡先くらい聞いてもいいんじゃないか?」「馬鹿を言え、あいつと俺はただの客と店員だ」

2017-08-20 20:13:37
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

そう、それだけでいい。顔が見られるだけで、あいつの幸せを祈っているだけで、俺は満足なのだ。 そう考えていた矢先の事だった。

2017-08-20 20:32:04
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

たまたま薬研が夜戦に駆り出され、珍しく歌仙と一緒のシフトになった日の事だった。比較的開店直後にやって来る燭台切が店に現れず、そろそろ閉店、という時間になった。まあこういう日もたまにはあるだろうと内心肩を落としながら軒先の花達を店内に仕舞おうと外に出ると、突然横から声をかけられた。

2017-08-20 21:12:49
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

「長谷部くん!ごめん!まだ間に合うかな?」そこにいたのは、息を切らして駆け寄ってくる燭台切だった。いつもより髪が乱れていて、肩当てや草摺にも細かな傷がついている。「急な出陣が入って、ちょっと来るのが遅れちゃったんだけど、駄目、かな?」「…いいぞ。今日はどれを、」言いかけて気づく。

2017-08-20 21:19:48
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

「…?どうかした?」不思議そうに首を傾げる燭台切の頬には、敵に切られたであろう傷が一筋走っていた。呆れたことに、手入れもせずにここに直行して来たのだろう。「…おい、中に入れ」「え?」「とっとと来い」そう言って二人で店内に入り、歌仙のいるレジカウンターの前の椅子に燭台切を座らせる。

2017-08-20 21:26:02
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

「おや、彼は?」「怪我人だ。裏から救急セットを取ってくる。お前はそこで待っていろ」最後の一言だけ燭台切に向かって言うと、燭台切は慌てたように顔の前で手を振った。「大した怪我じゃないし、気にしないでくれ!どうせ本丸に戻れば、」「俺が気になるんだ。いいから怪我人は座っていろ」

2017-08-20 21:30:52
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

そう言って何か言いたげな燭台切を残し、俺はバックヤードから救急セットと濡らしたタオルを持って戻ってきた。「少し、染みるかもしれんが、」簡単に傷の周りや汚れを拭いてやり、傷口に絆創膏を貼る。「…これでいい」「…手慣れてるね」「うちはよく開店準備の時に葉や棘で怪我をする奴が多いから」

2017-08-20 22:25:36
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

「今日は何を買うんだ」「そうだな…じゃあ、そこのカスミソウを」「カスミソウ?一輪でいいのか」「ああ、一輪でいい」花屋の立場として言わせて貰えば、カスミソウは花束の添え役としては非常に便利な花だが、これ単体は地味な花だ。こんな貧相な一輪でいいのかと逡巡したものの、注文は注文である。

2017-08-20 22:33:25
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

俺はできるだけ花の多くついたカスミソウを選んでやり、簡単にラッピングして紫のリボンを巻くと、押し付けるように燭台切に渡した。「…お代はいい」「え、でも、」「見舞いだと思って受け取れ」カスミソウと俺をきょときょとと見比べる燭台切に、歌仙が呆れたように笑った。

2017-08-20 22:37:07
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

「受け取り給えよ。こうなったら彼は頑固だから」「…なら、有難く頂いておくよ」苦笑しながら燭台切がカスミソウを手にし、立ち上がる。「なんだか悪かったね。閉店間際にバタバタさせちゃって」「…いい、気にするな」「本当にありがとう。恩に着るよ」そう言って燭台切は立ち去っていった。

2017-08-20 22:40:10
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

「彼が、この所毎週来るっていう燭台切かい?」噂の出処は鶴丸辺りだろう。あとでシメておかなければ。「ああ、そうだが?」「彼、いつもはどんな花を買うんだい?」俺は記憶をひっくり返して数えていく。「…ストレリチア、アネモネ、スターチス、ゼラニウム、それに最近は赤のチューリップを、」

2017-08-20 22:43:33
天城🔞蜜藤ナ27b @amagi_skhs

「赤のチューリップだって?」歌仙が素っ頓狂な声を上げたので思わずびくりとする。「…長谷部、君がそういう事に疎いのは知っていたが、今回は相手が悪い。諦めた方がいい」「なんだ急に。何の話だ」「気づかないのか?どれもこれも恋愛に関する花言葉がつく花達じゃないか!」

2017-08-20 22:46:13