失敗学に見る、災害情報を伝達していく難しさ。

失敗学の書籍で見かけた、 岩手県宮古市姉吉の「大津波記念碑」の話。 記念碑は、明治と昭和の、 大津波の被害を次の世代に伝えるために作られたものだった。 続きを読む
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@mane_neko
昨年読んだ「図解雑学 失敗学」に、岩手の津波のことを触れている項目があった、と思って再読してみた。「失敗情報は伝わりづらい」という項目で、岩手県宮古市姉吉にある、津波石碑を紹介していた。(続きます)
@mane_neko
岩手県宮古市姉吉にある大津波記念碑。そこには「高き住居は児孫の和楽 想へ惨禍の大津浪 此処より下に家を建てるな」「明治二十九年にも昭和八年にも浪は此処まで来て部落は全滅した 生存者2人 幾歳経るとも用心」とある。画像→ http://bit.ly/fTNPQs
@mane_neko
東北大学の資料によれば、明治29年と昭和8年の大津波被害を次の世代へ伝える記念碑は、岩手県宮古市だけでも30箇所にある。もちろん、岩手県の沿岸の市区町村には同じような記念碑がいたるところにある。 http://bit.ly/i1Anb6 (つづきます)
@mane_neko
明治29年と昭和8年の津波で生き残った人々は、たくさんの記念碑を建てた。釜石市の「両石海嘯紀念碑」にはこう記されている。「両石村790人のうち、204人生き残るのみ、この恨み滅すべからず」 http://bit.ly/ea4IX8 (つづきます)
@mane_neko
「子や孫に同じ思いをさせたくない。させてはいけない」そんな思いで建てられた、大津波の記念碑。しかし今回の地震と津波で、再び大きな被害が出た。記念碑を建てた、曽祖父母の世代のことを思うと、なんともやりきれない。今回のことを、僕らはひ孫にきちんと伝えられるのだろうか?(了)
@mane_neko
参考に。東北地方の、津波記念碑については、ここでまとめられています→ http://bit.ly/fqbZne トップページはこちら→ http://bit.ly/eg5VSE

コメント

富 ユタカ @lkj777 2011年3月22日
なお、今回の場合は対策を打てるものは打っており、それでも被害が減っているという指摘がある。このため、失敗の例とまではいえないかもしれない。また、戦前は漁業権の絡みもあり、他に移住することが難しく、津波よりも日々の生活が優先された(というか死ぬ)のでやむを得ない面もあったのではないだろうか。
@mane_neko 2011年3月23日
補足&コメントありがとうございます。 確かに、明治の津波と今回の津波を同列に語ることはできません。文化・生活などの時代背景は、現在とあまりに差があります。ただ、過去の世代が警鐘を鳴らしていた地域で、再び被害が起きたことも事実です。 これも失敗学からの引用ですが、「失敗の原因が「未知」であった場合、いたずらに責任を追求するのではなく、技術や文化を発展させる機会である」とあります。
@mane_neko 2011年3月23日
今回の地震と津波が、どこまで「既知」でどこまで「未知」であったかは、これから検証されていくことと思われます。何にせよ、今回の経験から学べることは多くあり、次の世代のためにやるべきことは数多くあるはず。津波から次の世代を守る社会へと変わることを願わずにはいられません。
@mane_neko 2011年3月23日
補足。誤解を招く前に、前述の「失敗学」おける、「失敗の定義」を引用しておきます。失敗学における失敗とは、「人間が関わったひとつの行為が、望ましくない、あるいは期待しないものになること」です。
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