創作荘東京オフ会小説『絡めた指、唐草模様』その19、その20
#創作荘 東京オフ会小説「絡めた指、唐草模様」 19 とにかく、暖炉の前に椅子を寄せて座った。思ったよりずっと居心地が良く、眠ってしまいそうになる。程々のところで椅子を出て、部屋を後にした。丁度、隣の部屋から女王も出てきた。全く同じ服を身につけているのに、
2017-09-22 10:14:35私よりずっと優れた着こなしだった。そして、図ったようなタイミングで、オズボーンさんが廊下に現れた。 「準備は良いですか?」 「はい」 「結構ですわ」 「かしこまりました。こちらが、密書を入れた手提げ篭です。地図も入っています」 見た目には、ピクニックに使うような篭だった。
2017-09-22 10:20:03それを、女王が受け取った。 「それでは、よろしく……」 「護衛はつけて下さらないんですの?」 女王がオズボーンさんの言葉をずばっと遮った。 「はい」 「理由をお聞かせ願えますかしら?」 「大した距離ではなく、この付近には山賊も狼もいません。変に物々しくすると却って目立ちます」
2017-09-22 10:21:37女王に対して、淀みなくオズボーンさんは答えた。 「それでも、何かが起こったらどうなさいますの?」 「二日たって戻らなければ捜索します。並行して代わりの使者を出します」 「なら、お手間を煩わせないように帰りますわね」 皮肉とも社交辞令ともつかない言葉を残して、女王は
2017-09-22 10:22:51オズボーンさんの前から歩き去った。私もついていった。女王の足音はいつにも増して手厳しく響いた。 建物を出ると、土が剥き出しになった広場に、余り豪勢とはいえない家がぽつぽつ点在する光景が広がっていた。私達がいた、オズボーンさんの建物だけが二階建てで、多少なりとも風格があった。
2017-09-22 10:24:07元々が、街外れになるかならないかの場所にある集落なのだろう。 女王は、広場を遮る木の裏まで進み、篭の中から地図を出した。数秒ほど真剣にそれを眺めた。 「そう言えば、まだお名前を伺っていませんでしたわね」 「すみません。藍斗と申します」 「藍斗? どこかで聞きましたわ」
2017-09-22 10:27:48その通り。 「とても心強そうなお名前。私は……ああ、『女王』だと色々問題がありますわね。じゃあ、ええと、土星にしましょう」 思わず口元が緩みかけた。でも、案外悪くないかもしれない。 「それで、藍斗さん、今の私の考えをお伝えします」 「はい」 「私は地図が読めません」 「……」
2017-09-22 10:29:31とても神聖な沈黙に辺りが満たされた。 「あなたはいかがですの?」 「余り……自信はありません」 「私よりはましなはずですわ」 土星さん、いや、ずっと女王で通してきたし面倒だから地の文では女王で続けるとして、とにかく彼女が地図を渡してきた。
2017-09-22 10:30:45それを受け取り、ためつすがめつする内に、一応道が分かった。道のり自体は歩いて半日ほどだ。 「こっち……だと思います」 今までとあべこべに、私が女王を連れて歩き出した。二時間も歩くと、家どころか小屋もまばらになり、道の両脇を包む木の数が少しずつ増え始めた。まだ真昼なのに、
2017-09-22 10:31:19じわじわと気温が下がり、歩き続けないと寒くて鳥肌がたちそうになる。そういえば、スコットランドは北海道より北極に近い。 「先にお暇を出された皆さんは無事でしょうか」 不安を紛らわせたくなって、私は言った。 「メンティスがずば抜けた低能でもない限り、手は出さないと思います」
2017-09-22 10:32:49「クーデターごと別荘を燃やして、充分に見せしめになりましたし、無関係なメイドを捕まえても時間の無駄ですわ」 ああ、確かに……あれ? 「土星さんは自宅に帰ったのでも亡くなったのでもありませんよね。メンティスがそれを知ったら……」
2017-09-22 10:34:20「クーデター計画の全容や、他の協力者について、私を拷問してでも知りたがるでしょうね」 「拷問……」 そんな目に合わせるだなんて、絶対に許さない。だからこそ、女王はブルースさんに顔を繋ごうとしているんだ。 「スコットランド人で、使用人で、女性」 静かに女王は並べた。
2017-09-22 10:34:49「立場が弱くなればなるほど、いいように小突き回されますわね」 こんな時代ならとりわけそうだろう。現代人としては、迂闊な回答ができなかった。 夕陽が山際を彩り、巣に帰る鳥の鳴き声が木霊し始めた時、私達は地図にある屋敷に着いた。そこは、もやが漂う湿地の脇に建てた質素な建物だった。
2017-09-22 10:36:02風もないのにちゃぷちゃぷと水が打ち寄せる音がする。どこかで獣が鳴く声がして、ばしゃっと何かが跳ねた。 「藍斗さん、ありがとうございます。よろしければ帰り道もお願いしてよろしいかしら?」 「はい」 どんな役割でも、とにかく女王の役に立てて嬉しかった。
2017-09-22 10:37:27時間を無駄にせず、私達は速やかに玄関へと向かい、ドアをノックした。すぐに返事がして、ドアが開いた。随分歳を取った、背中の曲がったお年寄りの男性が現れる。 「オズボーン商会からの使いです」 女王が伝えると、老人はうなずき、手招きした。二人で入ったのを機に、
2017-09-22 10:38:24老人は後ろ手でドアを閉めた。 屋内にはところどころで松明が灯してあり、明かりと暖かみをもたらしてあった。間取りは狭く、十秒とたたない内に目的とする部屋に通された。テレビゲームで良くある、金属製の鎧を身につけた屈強な男達が五人に、一人だけ普段着を……仕立ての良い、立派な白いシャツに
2017-09-22 10:38:58黒いウール製のガウンを……身につけた若者がいた。六人は長いテーブルを囲んで座っていた。 「良くこられた。まずは密書を」 ガウンの男性が声をかけた。 「あなたがブルース様でいらっしゃいますの?」 女王は篭を両手で抱えながら聞いた。 「その通りだ」 「失礼ですが、嘘ですわね」
2017-09-22 10:40:19ガウンの男性より、鎧の男達の方が動揺した。 「何故そんなことを言う」 ガウンの男性はあくまで冷静だった。 「本物のブルース様なら、どうして女だけが護衛もつけずに現れたのか、まず確かめるはずじゃありませんこと?」 「では、ここには本物のブルースはいないと考えているのか?」
2017-09-22 10:41:10ガウンの男性に聞き返されると、女王は後ろを振り向いた。 「こちらのお年寄りがブルース様ではありませんの? お歳の割には指が綺麗過ぎますわ」 「これは恐れ入った」 老人は初めて喋った。ガウンの男性と同じくらい若々しい声だった。更に、曲がっていた背中がまっすぐになり、手で自分の
2017-09-22 10:42:07顔を引き剥がした。すると、ガウンの男性に良く似た男性が現れた。まだ三十代の序盤くらい。少しぎょろっとした目と、高い頬骨に高い鼻筋をしていた。 「お察しの通り、私がロバート・ブルースだ。ガウンの男は私の弟、エドワード。イングランド王と偶然名前が同じだが気にしないでくれ」 続く
2017-09-22 10:43:51#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 20 「お初にお目にかかります、ブルース様」 「既に私の質問を予期していたからには、答えも用意してあるのだな?」 女王が答える前に、私はオズボーンさんの主張を思い出した。 「はい。メンティスに、私達ごとあなたを襲わせるためです」
2017-09-22 22:00:21「ええっ!?」 礼儀を省みず、私は叫んだ。 「そんなところだろう」 「メンティスにわざと私達を襲わせて、それを、ブルース様が戦いを始める大義名分にしますのよ。もっとも、私の推測でございますわ」 「それが正確かどうかが、密書に記してあるはずだな」 「こちらに」 「ありがとう」
2017-09-22 22:01:54ブルースさんは、篭ごと密書を受け取った。地図は私が預かったままなので差し支えない。エドワードさんが席を譲り、ブルースさんは黙ってうなずきながらそこに座った。密書の封を破り、無言のまま読み進めるブルースさんを、私達は立ったままじっと見守った。 「使者よ、半分は当たりであった」
2017-09-22 22:02:52「半分……?」 今度は女王がけげんな顔になった。 「少なくともこの密書によれば、貴公は星からきた天使らしいな」 「天使……!?」 私も女王も、開いた口が塞がらない。 「うむ。貴公の母の証言によれば、まだ赤子だった貴公が、流れ星に乗って家まで現れた」 絶句。ただ絶句。
2017-09-22 22:04:57「頭上に輪が浮かび、背中には翼があったそうだ。引き取ってすぐに消えたそうだが」 「あの……私、まだ、正気を失ったつもりはございません」 「当たり前だ。ホラもここまでくれば伝説並だな。まあ、しかし、この場限りにしておこう。もし教会にでも知られたら、それこそ悪魔の疑いを……」
2017-09-22 22:05:40