創作荘東京オフ会小説『絡めた指、唐草模様』その3・その4
絡めた指、唐草模様(#創作荘 東京オフ会小説) 3 それを見て蟹糖さんが陽気に笑っている。 「京都も盆地ですから、暑いでしょうね」 りおんさんが、みどりんとリオちゃんに目を細めながら続けた。 「ええ」 相槌ばかり打ちながら中々自分で話題を出せないでいるのをもどかしく思う。
2017-09-04 15:56:11「あれが洋館ですね?」 浅縹さんが、ほっそりした右腕を伸ばした。ツタの絡んだ赤いレンガの壁に、落ち着いたクリーム色の屋根が乗っている。駅から1キロ足らずほどの距離になるだろうか。道路には人も車も多くはなかった。八つ橋がどこかに行ってしまった。 「その通りですわ、浅縹さん」
2017-09-04 16:01:35女王陛下が応じられた。 「素敵なお家ですね!」 雅さんが皆を代表したように感嘆した。 「はい、とても楽しみですことよ」 女王陛下の満面の笑みに、私達の足取りは自然に軽くなった。 洋館の周囲は、かなり背の高い……私の首くらいある……白い塀で囲まれていた。
2017-09-04 16:03:32その切れ目は正門だけで、銅で出来た緑色の両開きが既に内向き八の字に開かれていた。正門の右には、『オズボーン記念館』と金メッキで横書きに記されたプレートが埋め込まれている。明治時代の末にお雇い外国人として来日した、鉱山技師の為に当時の政府がわざわざ建てたそうだ。 正門をくぐって、
2017-09-04 16:05:40中庭に入ると、丁寧に刈り込まれた左右対称の植え込みに挟まれて小さな噴水があった。小鬼の石像が、肩に担いだ壷からとめどなく水を注いでいる。ほんの一瞬、小鬼の顔が、函館オフ会で見つけた遺体のそれと同じに映った。どうでもいい人だから忘れていた。ます何とかって名前だったっけ。
2017-09-04 16:06:44「とても品の良いお庭だよね」 雅さんが言うと、リオちゃんが、くすくす笑いながら小鬼の頭を撫でた。それをすかさずみどりんが激写した。 「皆様、玄関をくぐったら、しばらくホールでお待ち下さいませね。私が手続きをします」 女王陛下が、帽子の縁を右手の親指と人差し指で軽くつまみながら
2017-09-04 16:08:22言った。私達はそのまま陛下の後ろについて歩き、順番に玄関をくぐった。 入ってすぐに、板張りの床が堅く小気味良い足音を立てた。土足のままどうぞ、と、立札が控え目な場所に置いてある。陛下は右脇にある受付に向かい、話をしていた。受付が誰なのかまでは分からない。
2017-09-04 16:10:39「済みましたわ。このまま前に進んで、突き当たりのドアの先が会場ですことよ」 「ありがとうございます」 陛下に感謝して、言われた通りに進むと、確かにドアがあった。両開きで、かなり重々しい。 「リオ、一緒に開けよ」 みどりんにもちかけられて、リオちゃんも嬉しそうにうなずいた。
2017-09-04 16:11:27二人がそれぞれ取っ手に手をかけ、少し力を込めると、ゆっくりと部屋の様子が目に入った。 まず、額縁に入った誰かの肖像画。真向かいの壁に飾ってある。それから、空豆みたいな形の黒い木のテーブル。椅子は11脚並んでいる。床は、ホールと同じ板張りで、鈍く光っていた。天井のシャンデリアは
2017-09-04 16:13:37さすがに蝋燭じゃなくて電球になっている。それでも、細かい唐草模様の彫刻が鮮やかに描かれていた。ドアが完全に開き、皆は思い思いの席に座った。何故か女王陛下は額縁に一番近い席になった。私はというと、遠慮も手伝って一番出入口に近い席にした。 「名札をつけたら、早くお菓子を出そう」 続く
2017-09-04 16:15:44#創作荘 東京オフ会小説『絡めた指、唐草模様』 4 みどりんが待ちきられない様子で言った。 「はい、予約のあった人」 雅さんが、数日前にラインで募っていた通りに、希望した人に手製の名札を渡し始めた。 「ありがとうございます」 名札を胸につけてから、私は八つ橋を出した。
2017-09-05 20:31:17他の皆も各自がお菓子を出し始める。何人かが持ってきた紙コップも全員に回された。 「それでは皆様、乾杯しましょうか」 陛下の言葉に、私達はめいめいコップに自分の持ってきた飲み物を注いだ。 「音頭は……そうですわね、小津さんにお願いしますわ」 小津さんは淡々とうなずいた。
2017-09-05 20:33:21率先してコップを掲げ、皆がそれに倣った。 「創作荘に!」 「創作荘に!」 あちこちでコップが触れ合い、それらがテーブルに置かれてからは、一際賑やかなはしゃぎ声と拍手が室内に響いた。 「私、お湯を沸かしてきます。何か欲しいお茶がある方はいますか?」 リオちゃんが席を立った。
2017-09-05 20:34:13リオちゃんのお菓子は、お茶に直接つけて食べるのが定番だ。洋館の給湯室は自由に使っていいし、ティーパックも各種そろっていて、リオちゃんはラインで女王陛下にもあらかじめ確認していた。それだけじゃなく、ちゃんと他の人にも気を遣うのが尊敬できる。一通りの注文を、手早くメモして、
2017-09-05 20:35:01リオちゃんはぺこっとお辞儀してから部屋を出た。 「ぽてこたん、とてもおいしいですね!」 せりなさんが誉めると、雅さんはとても嬉しそうにうなずいた。私もとても好きなお菓子の一つで、これだけでも北海道が好きになれる。 「大阪ときたらやはりグリコでしょう」 小津さんが、
2017-09-05 20:36:05少し横にそれてそうな、その癖やっぱり必要な、何だか小津さんらしい熱弁を奮い始めた。 そんな会話が弾みつつ、五分たち、十分たち、十五分たった。二十分たってもリオちゃんは戻ってこない。皆、話に夢中で……それは当たり前だし、私もそうしているのだけれど……私から雰囲気を壊したくもない。
2017-09-05 20:36:52だから、化粧室に行くふりをして、そっと席を立った。両開きのドアを開け、廊下に出た私は、自分の記憶と目の前に横たわる光景との落差が理解出来ず、文字通り眩暈を起こした。さっき通ったはずのホールは影も形もない。その代わりに、狭くて粗末な畳敷きの部屋にいた。はいていたはずの靴は
2017-09-05 20:37:48どこかにいってしまって、立っていたはずなのに座っている。天井にあるのはシャンデリアじゃなくて四角いカバーのついた電球だった。明かりはついていない。ヒビの入った壁に、貧相な窓がついていて、一応外の様子が分かる。どこかの住宅街らしい。昼間なのが、まだしもの幸いと言えるかどうか。まるで
2017-09-05 20:38:39昭和ドラマに出てくる四畳半アパートみたい。 「ねえ、聞いてる?」 「うわあっ!」 突然声をかけられて、私は素で縮み上がった。長いアンテナを伸ばした大きな箱型ラジオの前で、ちゃぶ台を挟んでせりやさんが至極真面目な顔をしている。 「せ、せりやさん?」 「ぼーっとしてるみたいだけど」
2017-09-05 20:40:27「ごめんなさい。……あの、創作……」 「そうよ。創作における少年愛とか青年愛を、特に女性が書くことに、何の遠慮がいるのかって話よ。皆、つまらない遠慮してるけど、入れ物の問題だと思うの」 せりやさんは熱く訴えた。こんな風に、二人きりでじっくり考えを聞くのは初めてになる。 続く
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