先生と生徒

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

「…いいか？」 言って先生は煙草を取り出し、その一本を口に咥えた 「…先生、煙草吸うんすね」 「変か？」 ライターを点ける手は手馴れている 「変ではないですけど…」 一瞬浮かんだ先生の顔は、あまり見たことがない表情で （あぁこの人も大人なんだな） と当たり前の事を思ってしまった

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

先生は、それから俺との距離を置いているように思えた。 俺は俺で、先生をよく見るようになって、でもその視線が重なる事はほぼなくなっていた。 世界はいつも通りの時間を刻む。 朝起きて、電車に乗り学校に来て、授業をこなして部活に勤しみ、また電車に乗って家に帰り眠る。 なんてつまらない。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

気まぐれだったと思う。 先生は地味で目立たないから、どんなギャップを持っているのか、それを知りたいが為の、きっと暇潰し。 けれど、先生は全くもって俺にそんな姿を見せてくれない。 それよりも、俺が先生に声をかける度、優しかったり厳しかったり〝普通の先生〟になっていく気がした。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

興味が湧いた、というより理解が出来なかった。何故この人はこんなにも先生で、先生じゃない部分は一体何処にあるのだろうかと。 あの日、煙草を吸った時。あれは果たしてどちらの部分なんだろうか。 それを聞くにはまだ自分の中で変に自信がなくて、ただ毎日その背中に視線を送るしか術がなかった。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

（あ、） プライベートまで追うつもりはなかった。それはただの偶然だ。 先生は駅近くのカフェにいた。同じ席には見知らぬ人が二人。おそらく友だちなんだろう、親しく話す様子が伺えた。 （笑ってる） 先生は笑ってた。学校で見るよりは少し違う笑み。でも、 （なんで、）

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

親しいはずの二人にまで、素が見えなかった。 俺の思い過ごしか、遠くてよく見えない勘違いか。 先生は、まだ先生なところがあって、でも恐らく一緒にいる二人はありのままに接していて、先生である事がその人の素だとでもいうのだろうか？ ますます理解が出来ない。 俺はその場を離れた。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

「先生は、何で先生になったんですか？」 夕日が教室に入り込む放課後。先生は職員室よりも空き教室にいる事が多かった。 「なんだ？教師になりたいのか？」 視線は下。走らせるペンは滑らかに動き続ける。 「先に質問してるのは俺です」 顔を上げる事はなく、手が止まることもない。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

「聞いても面白くない」 「それは俺が決めます」 「特に理由はない」 「そんな回答はいりません」 「可愛くないなぁ」 「男なんで可愛くなくて結構です」 「男でも可愛げは必要だよ」 「そんなことはどうでもいいんです」 「はいはい、すみませんね」 「答えてください」

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

ガタリと先生は立ち上がる。 机にあった書類を片付け、隣の席に置いていた鞄にしまった。 「先生？」 すたすたと歩き出した先生はそのまま出口へと向かっていく。 「先生！」 ドアに手を掛け立ち止まる。 僅かにこちらに顔を傾けたが表情までは見えなかった。 「俺は、」

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

（なりたくなかった） 先生はそう続けて、そして出て行った。 意味がわからない。 結局答えにはなってなくて、引っ掛かりが増えただけ。俺は先生に弄ばれてるのかもしれない。 それでも、どうしても気になってしまうのは止められず、けれどもはや、突破口は絶たれたような気分だった。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

ペンを走らせるのが好きだ。 誰かと議論したり、いろんな話をするのが好きだ。 運動も好きで、勉強もどちらかといえば好きだ。 誰かに教えたりするのはあまり得意ではないが、嫌いではなかった。 だから、教師に向いているとは、思っていた。 ただ、選択肢にその項目はなかった。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

実際になってみて、やっぱりなとは思った。毎日充実していて、やる事はたくさんあるが苦ではなかった。 担任を任されるようになって責任を負い、それでも誇りみたいなものはあった。 生徒たちはみな良く接してくれる。中には絡んできたりする奴もいるが、それがあってこそ、なんて思ったりもした。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

そんな日々の繰り返しで、ふと視線が向かう場所がある。 体育館。自分が過ごした場所よりも此処は広くて、設備も充実している。いろんな部活の練習試合を此処で行う事も多かった。 其処は青春が詰まっている。高校時代そう言う人がいた。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

青春真っ只中だった自分はその言葉を確かに理解してはいたが、大人になり、その青春というものが遠い物になって、あぁなんて寂しい気持ちになるんだろうと、その人の心情をやっと理解した気がした。 （どうしてだろうか） 足はそちらへと向かう事がなくなった。あんなにも大好きな場所なはずなのに。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

「先生」 放課後の空き教室。いつも場所を変えているのに、その生徒はよく自分を探して、そう呼んだ。 「どうした、帰らないのか？」 「ん」 返事にならない音を溢して、前の席に座る。そいつはそれから何も喋らなかった。自分もただ、自分の仕事に集中する。 静寂と遠い学校の音だけが存在した。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

しばらくしてそいつがガタリと席を立った。 「帰るのか？」 「……」 答えない。それでも構わなかった。 しかし、そいつは立ち去ろうとしなくて、その内下校を促す校内放送が流れ始めた。 「先生」 「帰る時間だぞ」 自分は、この生徒が苦手だった。 何か、自分の嫌な部分を見透かされそうで

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

「先生は、なんで先生になったんですか？」 ピタリと手が止まる。前にも聞かれた事だ。 「その話はもういいだろう」 「先生！俺の目を見てください！」 言って頰を両手で捕まれ、無理矢理正面を向かされた。視界に映ったそいつの顔は何故か泣きそうだった。 「…あの時の言葉を気にしてるのか？」

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

何故先生になったのか聞かれた。 なりたくなかったと答えてしまった。 その言葉に偽りはない。 けれど今さら、何故そんな事を言ってしまったのかと後悔している。 無難な言葉で誤魔化せたら、こんな事にはならなかっただろう。 （いや、） きっと誤魔化したとして、こいつには悟られる気がした。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

「…なんでそんなに俺に固執するんだ」 地味に過ごしてきた。 無難に躱してきた。なのに、 『お前は教師に向いてるよ』 あの日の映像がフラッシュバックする。 （俺は、） 青春はあの場所に置いてきた。あの時の気持ちだって置き去りにして 「先生は、先生らしくないよ」 その言葉は俺を壊す。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

ずっと考えていた。 何故先生が先生になったのか。実のところそれはどうでもよかった。例えば誰か尊敬する人に出会ったからとか、勉強が好きとか、単に親もそうだったからなんて理由でも俺は納得したと思う。 でも、きっとあの時だけは本音だった。

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

もしあの時先生が振り向いていたら、あの言葉は出なかったのだろうか。もしあの時俺が問わなければ、こんなに考え込む事もなかったのだろうか。 （…なりたくなかったなら、なんで） 誰よりも先生らしい先生。 それは側から見たら天職に見えるかもしれない。それならば （…それで正解、なのか？）

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

「…あー、くそっ！」 ガリガリと頭を掻いて立ち上がる。 放課後、きっと先生はまた何処かの空き教室にいるだろう。 （先生、あんたって人は…！） こんな衝動は初めてだ。 イライラして、もやもやして、どうしても顔を見たくてたまらない。 そして、こんなにも俺を惑わす先生を俺は、

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

先生らしいというのは褒め言葉だと思っていた。きっと他の先生に言ったら誇りに思うに違いない。 しかし、先生だけは違ってたんだ。 先生らしくなればなるほど、思われれば思われるほど、先生の鎧は強固になる。守られているようでその実、雁字搦めになっている様だった。 「先生」 俺は今から、

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

それを壊すよ

浅欺@TO THE TOP！！ @asagi01dog

視界を奪われたまま動けずにいた。 「先生は誰の為に先生してんの？」 ぴくりと体が震えた。 「…俺は、先生の事何も知らない。先生になった経緯も動機も、その時の感情も知らないけど、一つだけわかった事がある」 震えていたのはこの生徒も同じだった。 「先生って、笑わないよね」