佐々木敦×渡部直己「『移人称』と『新しい私』。未来の小説への道はどこにあるのかーー『新しい小説のために』刊行記念対談」 #ゲンロン171205
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他者がいるということが語りの基盤だとするなら、一人でピアノを弾くという行為はその良き対称になる? #ゲンロン171205
2017-12-05 22:06:32ニコ生で視聴。刺激的で面白かった! twitter.com/genroncafe/sta…
2017-12-05 22:37:50佐々木「演劇の面白いところは演出家や作者が作品が生起する直前までしか関与しないというところにある」→【生放送】佐々木敦×渡部直己「『移人称』と『新しい私』。未来の小説への道はどこにあるのかー『新しい小説のために』刊行記念対談」@sasakiatsushi nico.ms/lv308569771 #ゲンロン171205
2017-12-05 21:57:49ゲンロンのトークは楽しかった。専門的にも勉強したいことが増える一方だし、ディレッタントとしての意味においても楽しい。
2017-12-05 23:09:16ゲンロンで聞いた話を思い出しながら夕飯。移人称をどう取り入れるか。特殊な能力(体外離脱)を持つ人を主人公として書いていることが分かれば移人称(移視点)は悪くないと思うけれど、もしもそうなら、他の場所の価値観や言動もそう描く必要がある。
2017-12-05 23:47:12だけど、肉眼で目の前のものを「見た」時も、網膜に写ったものを脳がそれと確認しているのだから、推察して視ること(推視)においての脳の状態と、それほど違いはないのだろう。
2017-12-05 23:50:51佐々木敦のために3役(贈与者、賢者、敵対者)をやる渡部直己。渋谷、横浜、五反田の3ヶ所に現れる渡部直己。『3人いる』を観劇する架空の渡部直己。面白かった
2017-12-06 00:01:09この脳内映像に切れ目をつけないとすれば、移視点は変なものではないのだと思う。つまり、脳内の写実であり、その事にはそれほど驚きはないのかもしれない。 技なのだろうと思う。
2017-12-06 00:01:20これはどうか。「私はボールを持った。それを投げると高く舞い上がり、慎重に受け取ろうとするAのグローブが真下に見える。赤いグローブ。グローブにはAの名。大きく開いたそれに近付いていき飛び込む。グローブは閉じる。パシッ。Aはできたねと晴れやかに微笑む。私は恥ずかしそうに笑っている。」
2017-12-06 00:14:10↑移視点をやってみた。ボールを慎重に投げてきっちりと受け止められるところまでの少し異常な集中状態を主観的に表すことができる。最後の「私は恥ずかしそうに笑っている。」というのはAから見た私だけれど、Aの心理を推察して自己をメタ認知している。スローモーションを移視点で表現した。
2017-12-06 00:23:21小説は書いても読まれなければ存在していないに等しい、という話題は、本気で虚構を書いてみるまでは誰しも思うことだと思う。ひとたび虚構を本気で書いてしまうと、そこにある魔力に気付かない人はいないと思う。高揚感といった気分のものではなく、実現力に驚かされるのだ。
2017-12-06 00:32:47つまり、読まれなくても存在するし、読まれるとか認知されるとか、研究対象となるといったこととは別に、小説を書くことには一定の意義があるし、責任があるだろうと思う。
2017-12-06 00:35:21こういう視点は創る側しか持てないとは思うので、創ることと批評を同時にやっていきたい。
2017-12-06 00:39:32『新しい小説のために』を読んで、小説や言葉や文章を書いてみよう、と思う人はいるのではないかと思う。新しい小説はこれからも生まれると思う。そのときに今日渡部さんが話していたこともめちゃくちゃ役立つと思う。批評は未来を生むのだとしみじみ思う、対立の際立つ対談でした!#ゲンロン171205
2017-12-06 00:44:32タイムシフト視聴期限は今日から一週間です! お聴き逃しなく〜!→【生放送】佐々木敦×渡部直己「『移人称』と『新しい私』。未来の小説への道はどこにあるのか」 nico.ms/lv308569771 #ゲンロン171205
2017-12-06 00:46:26語りの話はおもしろかった。「口述」「語り」「語り口調の文体」「話し言葉文体」「告白文体」「独白文体」「文語体」と‥概念はもっと明確になった方がよいと思う。話している時の私は紛れもなく私だという話もおもしろかった。そうなのだ。そしてそれは変化し入れ替わる私だ。厳密には。
2017-12-06 00:46:38私の連続性は、連続性に責任を持とうという自覚があって初めて保たれる。これは高度な精神であってモラル感や記憶力の良さによって実現している。簡単そうで、すぐに欺瞞は起きる。
2017-12-06 00:52:56渡部直己さんとの『新しい小説のために』対談、出来は然程良くはないがやる気はあるみたいだしまあこいつなりに頑張っているようだからひとまず胸を貸してやろうか的な天性の教育者の優しさと厳しさに触れ続ける3時間半でした。珍しくすこし緊張してたけど楽しかったです。とにかく率直に話せました。
2017-12-06 01:25:55渡部さんの数々の指摘によって、あの本で自分が何をしたのか、何をし損ねたのか、そしてこれから何をするべきかがクリアになったと思います。精進したいと思います。ご来場の皆様、ありがとうございました。
2017-12-06 01:29:16トーク中にも打ち上げでもさんざんネタにした新潮の渡部書評ですが、今日のお話を凝縮した内容でした。あんなに読み込んでいただいて有難いです。あの本の第2部が渡部さんへの返信としての側面を持つことは書かれている通りですが、あれで説得は出来まいということは書いてる時からわかっていました。
2017-12-06 01:35:28その意味では、渡部直己はやはり渡部直己だった、佐々木敦は佐々木敦だった、ということになるのかもしれません。論じるに足る作品のみを特権的に論じるのではなく、僕には「小説」の総体的な質的変容を描き出したいという欲望があります。純文学とラノベやSFやミステリを同一平面上で考えること。
2017-12-06 01:44:44また、僕はやっぱり、たとえば「私」の問題を「小説」だけでなく「演劇」や「映画」や「美術」や「写真」や何やらとの関係性の中で探り当てたいと考えているのだと思います。それは今日渡部さんと話してはっきりと自覚しました。自分はやはり文芸批評家ではないのだと思いました。
2017-12-06 01:50:21