重要なお知らせ

現在、TogetterのTwitterログインがTwitterにより凍結されており、ログアウトするとログインができない状態です。作成済みのまとめには影響ありませんので、復旧をお待ち下さい。Twitterに解除を申請中です。

佐々木敦×渡部直己「『移人称』と『新しい私』。未来の小説への道はどこにあるのかーー『新しい小説のために』刊行記念対談」 #ゲンロン171205

「移人称」と「新しい私」。未来の小説への道はどこにあるのか – ゲンロンカフェ http://genron-cafe.jp/event/20171205/ 10月25日、佐々木敦氏による528ページの文芸批評書『新しい小説のために』(http://amzn.to/2hpmwFv)が発売されました! 本書は、「私小説論」史を軽快かつ巧妙にドライブしながら、 ジャンルを貫通する多角的な視点で小説が論じされた「新しい小説論」であり、 作家、または読者をもを含む、「新しい私論」でもあります。 この度ゲ続きを読む「移人称」と「新しい私」。未来の小説への道はどこにあるのか – ゲンロンカフェ http://genron-cafe.jp/event/20171205/ 10月25日、佐々木敦氏による528ページの文芸批評書『新しい小説のために』(http://amzn.to/2hpmwFv)が発売されました! 本書は、「私小説論」史を軽快かつ巧妙にドライブしながら、 ジャンルを貫通する多角的な視点で小説が論じされた「新しい小説論」であり、 作家、または読者をもを含む、「新しい私論」でもあります。 この度ゲンロンカフェではこの大著の刊行記念として、 ゲストに批評家の渡部直己氏をお招きして、ふたりの批評家による対談を開催いたします! 著者自らが、渡部直己「移人称小説論ーー今日の「純粋小説」について」(『小説技術論』(http://amzn.to/2hp5uY0)所収)への返信でもあると語る本論。 「移人称」と「新しい私」について、そして「未来の小説への道」について、ゲンロンカフェであらためてたっぷりと議論していただきます! 批評再生塾講義でも例年神回と名高い、渡部氏と佐々木氏のトーク!! どうぞお見逃しなく、お楽しみに。 ■ 発端は二〇一四年。文芸批評に「パラフィクション」と「移人称」というふたつのタームが誕生した。どちらも「私」による叙述の変容を指摘しながら、それぞれの提唱者は読解の重心もアプローチも作品への評価も、すべてが異なるふたりだった。本対談の登壇者、佐々木敦と渡部直己の両名である。当時の対談が「脱構築VS複雑系」と題されるほど、両者の批評は異なっている。 そして今年秋、佐々木は渡部への応答となる大著を出版した。『新しい小説のために』。そこで描き出される「新しい私」は、「移人称」と隣り合い、そして異なる。本対談は、渡部から佐々木への再応答という形をとるだろう。この三年で、ふたりの「VS」は埋まったのか、それとも……? 今「私」の問題が熱い。アニメ批評では「私から私たちへ」というテーゼが出され、哲学では「中動態」が注目される。たしかに「新しい私」は生まれつつある。だからこの対談は潜在的にテン年代文化の総括であり、「未来の小説への道」とは次の時代の文化への道でもあるだろう。その先導役として、これほど相応しいゲストはいない。すべてが異なるふたりの共通点は、教師的な批評家であることだからだ。新しい文化批評は、ここから始まる! (横山宏介)
佐々木敦 ゲンロン ゲンロンカフェ 渡部直己
genroncafe 726view 1コメント
このまとめをお気に入りにして応援しよう!
0
ログインして広告を非表示にする

コメント

カテゴリーからまとめを探す

「小説」に関連するカテゴリー

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする