コールド・ワールド #4
0100101……マスラダはVHSテープの停止ボタンを押している己を認識した。ブラウン管TVには砂嵐が流れていた。そこで見ていたのか。振り返ると、いくつかのテーブル席にカウンター。見慣れた店内だ。「……」マスラダは眉をしかめた。窓ガラスの向こうに街はない。そして床に人間が一人。のびている。24
2017-12-12 23:39:41本来、そこに居るはずの無い男だった。「……」大の字に倒れていたシルバーキーは、やがて目を開け、頭を振って、起き上がった。そして言った。「なるほど。これがお前のローカルコトダマ・イメージか」「……」「ピザ屋か?」「……」マスラダは椅子に腰を下ろした。「どういう事だ。これは」 25
2017-12-12 23:44:08「ローカル……ええと、お前の頭ン中だよ」シルバーキーは己のこめかみを指差した。彼は窓の外をしきりに気にした。水に赤黒の染料を落としたような色彩の渦が、絶えず動き続けていた。「お前の記憶はブロックされている。強力にな。それはそれで仕方ない。取り急ぎの処置はできた」「処置?」 26
2017-12-12 23:47:25「お前は記憶を受け入れられない。だが、何かあって扉が開いちまってた。ナラクは……」その名を発してから、シルバーキーはまた外を気にした。意志をもった邪悪な渦を。「……無理やりそこを呪いで堰き止めて、お前を酷使する事で、遠ざけておこうとした。目的はともかく、手段が無理だ」 27
2017-12-12 23:52:27「今は?」マスラダは問うた。ナスカ以来、久しく味わわなかった自己コントロールの感覚を自覚していた。シルバーキーはカウンターの椅子に座った。「お前自身が扉を閉じた。”手綱”だな」彼は肩をすくめた。「少なくともこれでお前は一息つけるさ……」 28
2017-12-12 23:56:11「礼を言う」マスラダは呟いた。シルバーキーは微笑した。「礼を言えるのか。いい事だ。……さあ。用は済んだ。現世に帰るとしようじゃないか」シルバーキーは膝を叩いて立ち上がった。扉から去ろうとして、振り返った。そして言った。「いいか。”手綱”だ。くれぐれも。奴に任せ過ぎるな」 29
2017-12-13 00:01:07「……」「奴はお前を燃料にして力を引き出す。際限無くだ。どうなるか、薄々わかるだろ。続かんぞ」「……ああ」シルバーキーは髭を触った。しばしの黙考ののち、言った。「……マスラダ・カイを大切にしろ」そしてマスラダの額に触れた。 30
2017-12-13 00:04:58010010001ニンジャスレイヤーはフートンを跳ね除け、身を起こした。肉体の重みを奇妙に感じた。「施術は終わりだ」シルバーキーはかたわらのザブトンでアグラしていた。「あのあと数日経過しているが、許せよ」「数日?」「ああ」シルバーキーは立ち上がり、フスマを開けた。 31
2017-12-13 00:08:29「お前の場合、身体がボロボロだったからな。だが……わかっちゃいたが、たいした回復力だよ、ニンジャスレイヤー=サン」「……」ニンジャスレイヤーはシルバーキーの首筋に紫色のむごたらしい締め痕が残っているのを見た。それから己の手を見た。32
2017-12-13 00:11:17「アンタは……」「俺か?俺はな……」シルバーキーはニンジャスレイヤーを促し、エンガワから庭に降りた。「俺は十年以上前、”先代のニンジャスレイヤー”に助けられた。そッから色々あってな。磁気嵐が無くなって、奴も旅に出た。俺は俺で、そのあと肉体を失ったり、まあ色々と経験してきた」 33
2017-12-13 00:15:50「肉体?」「ああ」そういう事もあるのだろう。ニンジャスレイヤーは差し当たりそう理解した。「最終的に俺はこの地に……このシュラインに領域を定め、肉体を繋ぎ止めた。俺はこの地でゾーイを保護している。育ててるなんて言ったらおこがましいが」「おこがましいよ」ゾーイの声。 34
2017-12-13 00:18:23カキの木の陰から、例の少女が現れた。「あ、起きた。まあよかったね」「こいつ反抗期なんだ」シルバーキーが繰り返した。「ねえ。アンタ、このオッサンどう思う。ヒゲなんか生やして」「神秘的アトモスフィアで市井の人々を遠ざける為だ。面倒を避けられる」「似合わない」「こいつ反抗期なんだ」 35
2017-12-13 00:26:40「最初に会った時、缶を取り出した。どうやった?」ニンジャスレイヤーはゾーイに話を振った。「なにかのジツか」「それはな……」シルバーキーに向かってゾーイは指を立て、黙らせた。「アタシに質問したんだからアタシが答えるんだよ」「ああ、偉い娘だ」 36
2017-12-13 00:31:45シルバーキーがしかめ面でそう言った時、もうゾーイの手の中には生きたリスがあった。「リスの情報を引っ張り出した。コトダマ空間から」ゾーイはリスを地面に降ろした。リスはキョロキョロと見回し、やがて走り去った。「取り出すだけ。簡単よ」ゾーイはオリガミを見せた。 37
2017-12-13 00:36:42「……これは……」「簡単」ゾーイは呟き、ニンジャスレイヤーに手渡した。「見ての通り、世に知られたらヤバイ力だ」シルバーキーは言った。「そして悪いことに、彼女の存在を知っているのは俺たちだけではないッて事で、さらに悪いことに、知っているのが最悪のニンジャだッて事だ」 38
2017-12-13 00:44:33