現代人も他人事じゃいられない平安貴族と糖尿病の関係について

某番組で、藤原道長の患っていたとされる糖尿病の解釈について衝撃を受けたので、自分用にまとめました。
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ミケ太郎 @bokumike
藤原道長って、記録上最古の糖尿病患者って言われてて、ずっと贅沢三昧の生活でそうなったのかと思ったら、当時の食事はそこまでカロリー高くなくて(当時の酒は糖質多かった)しかし日記を紐解くと、道長ったら深夜まで会議してたり連日職場に泊まって仕事してたので完全に生活習慣病の末の糖尿病だった
ミケ太郎 @bokumike
さらに、飲んでた薬からストレス性の頭痛や過敏性大腸症候群だった疑いもあったりで、ストレスフルすぎて道長のイメージがガラッと変わった
ミケ太郎 @bokumike
糖尿病どころか、道長は様々な病を抱えたまま過労死した可能性もあるとのことで、まるっきり現代人のそれじゃん…って思いました
ミケ太郎 @bokumike
生活習慣病っていうと、つい自堕落な生活のみが原因って思いがちだけど、最近は極端に長い残業とか勤務時間ばらばらのシフトとかで生活リズムが狂うのも大きな問題になってて、道長も強いストレスの中でハードワーク数十年やった末の糖尿病って思うと何となく他人事じゃない twitter.com/bokumike/statu…
ミケ太郎 @bokumike
平安時代のご馳走は、動物性食品が比較的少ないので中性脂肪とか悪玉コレステロールとかは上がり辛いかもだけど、塩分と炭水化物節酒量が多いのと、平安貴族は家を出る方角も出発時間も占いで決めてたから極端な話、朝の5時出発とかで決まったようなスケジュールで動いてなかったようなのでこれもな…
ミケ太郎 @bokumike
生活習慣病=糖尿病、というわけではないけど、不規則な生活で発症リスクが何倍にも跳ね上がるので、食べ過ぎ云々以前に当時の貴族は生活リズム狂いまくりであんまり健康的な生活送ってなかったのかも…。官僚は10時間以上の会議を開くのもザラだったり、現代人並のハードワークすぎる
ミケ太郎 @bokumike
更に道長はその長時間に及ぶ会議の内容をまとめて、それを天皇に報告して諮問を受けたりっていうことをしていて、実質二人分働いてたようなので、職場に泊まり込むことも多かったそうで、ただぽんぽん順調に出世して摂政になったわけじゃないんだな…
ミケ太郎 @bokumike
ちなみに出家後は寺院をもりもり建てたり、精力的に仏像をたくさん造らせていたそうなので、政治から離れた後もほんとうに寝たきりになるまでずっと仕事してたんじゃないかって気がする。病床の記録がかなり生々しくて現代の症例を見てるよう…
ミケ太郎 @bokumike
ちなみに不規則な生活を送ると体内時計が乱れるので、生活習慣病の発症リスクが高まるのと同時に、自律神経も乱れやすいし、精神性の病を発症しやすくなるし、体の老化も極端に進んでいくので、現代日本人の働き過ぎは絶対よくないってのがはっきり分かってる。働き過ぎを美談にする文化は消滅してくれ
ミケ太郎 @bokumike
藤原実資の日記から、栄華を誇るあの歌を詠んだ翌日に、道長の目がもうほとんど見えない事が分かり(糖尿病性網膜症)それから程なくして道長は出家して終活を始めたそうなので、そういう背景を考えると「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」もかなり解釈が変わってきそうですね
ミケ太郎 @bokumike
一般的に「この世は自分の為にあるようなものだ。望月のように何も足りないものはない」って高飛車な解釈がされているけど、病を抱えたハードワーカー人生の晩年に詠まれたものであるのと、そのすぐ後に死に支度を始めていることを考えると、ニュアンス的に「我が生涯に一片の悔い無し」の方が近そう
ミケ太郎 @bokumike
「この世には満月のように足りないものなんてない。みんな自分が作ったんだから」的な解釈が出来てしまう気がして、仮にこれが完全に自分の権力を誇る歌だったとしても、そこまで上り詰めるまで相応に苦労した人だと分かったので、こちらの姿勢としてもこの人ならそれを言っても納得できるわと思った
ミケ太郎 @bokumike
道長の生活がすごい反響でびくびくしてるんですが、平安貴族についてそこまで詳しくはないけど、たぶん貴族もランクによって午前中に出仕して午後には帰って遊んでたような人達もいれば、国のトップに近ければ近いほど人の何倍も働かなきゃならない人もいて、その一人が道長だった、って話だと思います
ミケ太郎 @bokumike
ただ、都の食事は食品の流通のこと考えると塩辛いものも多かっただろうし、飲まれていただろう当時の酒も糖質を大量に含んだものだったと考えられるので、あまり理想的な食生活が送れていたとは思えない。あと、スケジュールが占いで決められてたので生活習慣は非常に不規則だった可能性は大きく
ミケ太郎 @bokumike
更に夜這い文化もあり、当時の貴族にとっては、どっちかっていうと夜が本番だったかもしれないことを勘定に入れると、貴族は慢性的に睡眠不足になっていたのかもしれないし、その不規則な睡眠習慣が自律神経を乱して健康に支障をきたしていたことも大いに考えられるので、それも短命の一因だったのでは
ミケ太郎 @bokumike
と思ったので、生活習慣病は現代病とも言われてるけど、時代を問わず不規則な生活や度を越した食事や飲酒(+喫煙)をしていれば誰でも病気のリスクは高まるので、自堕落な生活だけじゃなく、働き過ぎにも気を付けましょうね!という事が言いたかった。最後に自分を守れるのは自分だけですからね
ミケ太郎 @bokumike
残業しなくて済むならとっくにしてるわ!ってお怒りの方は僕じゃなくて職場にその怒りを向けて下さいね。皆で力を合わせてブラック企業を叩き潰そうぜ。自分たちの幸せと健康のために…(以上、ブラックで精神と体を壊してしばらく寝たきりだった者からのメッセージです)
ミケ太郎 @bokumike
そういえば、平安貴族の糖尿病はおそらく肥満を起因とする2型糖尿病だと思います。インスリン治療の一切出来ない時代だと、1型糖尿病は発症後すぐに亡くなっている可能性が高い
ミケ太郎 @bokumike
藤原道長の人物像とか当時の貴族はみんな糖尿病だったとか、結構色んな方の意見が寄せられてますが、僕が一番心配してて警鐘鳴らしたいのは現代人の不規則な生活習慣とその認識に対する甘さなので、皆さんにはそっちを重点的に意識して頂きたいんだけど、なかなか通じないね
ミケ太郎 @bokumike
道長はそりゃご馳走もたくさん食べてたんだろうけど、今回はその前提を踏まえた上で、不規則な生活習慣と強いストレスで健康体とはほど遠い体になり、生きてるだけできつい人生を送ったこと(例えそれが自らの野望のためだったとしても)が見受けられるので、それは彼に限った話じゃないぞって
ミケ太郎 @bokumike
仕事柄、生活習慣病の人(あるいはその一歩手前の人)とよく会うんだけど、このまま放置しちゃうとやばいですよって伝えても、本格的に合併症で体を壊すまで医者に行かない人も多いし、余裕こいてたら心不全で緊急搬送されたとか、そういう人も見てきた
ミケ太郎 @bokumike
ぶっちゃけた話、現代医療はなかなか病人を死なせてくれないから、一旦本格的に体を壊すと、待ってるのは長い闘病生活だよ。簡単に楽にはなれない。そこからどこまで回復できるかは本人の病態と努力と経済力と周囲の支援(etc…)によるところが大きいし、あなたもそうなってもいいの?っていつも思う
ミケ太郎 @bokumike
ちなみに、道長が糖尿病を抱えながら62歳まで生きることができたのは、国のトップとして色んなケアが行き届いていたからだと思います。(加持祈祷も精神を救うという意味でかなりメンタルに利いていた説がある)あと平安貴族の出家は、自らの成仏を願う行動としておそらく一般的な行動だったと思う
ミケ太郎 @bokumike
ダイエットも食事療法も、「なんでもバランスよく食べる事」以外の最適解が無いんだけど、なかなか分かって貰えないことが多い。みんな極端なことをすればどうにかなると思ってる。過ぎたるは及ばざるがごとしだぜ。なんでもやりすぎれば効果無いどころか体に毒だわ。
ミケ太郎 @bokumike
(↑特殊な食事療法が必要な場合は別として、単純に減量目的の食事療法でこれさえ食べなければ大丈夫とか、これだけ食べてればOKみたいな話は大抵長期的にみてデメリットの方が大きいです) あと海外ではこんなダイエット法が流行ってる!って話があったとしても、人種によって効果が違うものも多いです
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コメント

アマノイワト @amanoiwato 2018年2月8日
「源氏物語」とか当時の和歌とか見て平安貴族の生活が優雅だったんだと思い込むのは現代から千年後の日本人がバブル期のトレンディドラマとかJポップとか観たり聴いたりして「当時の日本人は皆金持ちで恋愛に夢中で遊んでばかりいた」と想像するようなものだな。
アマノイワト @amanoiwato 2018年2月8日
平安時代とか食材の保存手段はもちろん調味料もまだまだ未発達だったから、都の貴族が主に食べられるのは酒のアテみたいな塩辛い乾物ばかりだったようで、生活不規則な上に栄養も偏ってるとなれば確かに早死にするよなあ。
さどはらめぐる @M__Sadohara 2018年2月8日
道長が糖尿病の家系であることは「大鏡」や「栄花物語」を読めばわかる。この時代、たいていの人は糖尿病やがんなどの生活習慣病にかかる年齢より早く、疫病や食中毒などで亡くなる人のほうがずっと多かったから、道長が「さいわひ人」であったことには変わりないよ
柘榴 @GarnetJan_ 2018年2月9日
見えない目で「望月の欠けたることもなしと思へば」と詠んだのかと思うと何か切ないな
さどはらめぐる @M__Sadohara 2018年2月9日
望月の歌を詠んだ翌日に書かれた「御堂関白記」には「対面の相手の顔すらよくみえない、せいぜい自分の手の平ぐらいだ。庭なんか言うまでもない」という内容の記述があるから、月の満ち欠けなんか全く見えてないだろうねえ GarnetJan_
さどはらめぐる @M__Sadohara 2018年2月9日
糖尿病性白内障は30代でも失明するリスクがあるし、道長の記述通りならば道長の視力は0.01未満の指数弁のレベルだから、かなり重症だと思われる。透析もインスリン注射もない時代だから、糖尿病による体調不良を長年抱えていると心臓をはじめ内蔵への負担だけでなく、心理的にも堪えるだろう
アマノイワト @amanoiwato 2018年2月9日
実際、道長は疫病やお産などで子供たちに次々に先立たれてるしな。もっとも生き残った子供たちは長生きした人が多いので、母方が長命な血筋だったのか、父親が晩年苦しんでたのを見て節制していたのか。
ばにやまだ @baniyamada 2018年2月9日
働くのが卑賤とされた時代に道長が(一人で)こんなに働いてるとは思えないんだけどちょっと今風の見方しすぎじゃない?
伍長 @gotyou_H 2018年2月9日
「自分のやってることが世の中のためになると信じて頑張りすぎた結果、欠けている月も満月に見えるような目になってしまった(今出ている月は欠けてないと「思う」的な)」という解釈も可能かな?
さどはらめぐる @M__Sadohara 2018年2月9日
道長が、というか道長のご先祖である藤原四兄弟も天然痘真っ盛りにもかかわらず出仕して仕事に明け暮れた結果天然痘に倒れて全員亡くなってるし、日本人は働き者だと思うよ。西洋のペスト年代記を読み漁っていると、ペストが街に入り込んでくると医者や神父といった知識階層が真っ先に逃げ出すから、流行拡大期の死者などの統計がひどくデタラメだったりする。
さどはらめぐる @M__Sadohara 2018年2月9日
貴族階級が疫病の流行期にもかかわらずまじめに出仕した結果大半が亡くなって唐様の伝統行事を継承できなくなったことが国風文化を生む礎になったといわれるぐらいだからねえ。現代に生きる私たちもインフルエンザやノロウイルスにひるむことなく出社して社内で多数の死人が出れば、ブラック企業も撲滅されるのかもしれない。
着る毛布を着込むみどり @verdi_horimoto 2018年2月9日
今の日本の総理大臣だって難病患って一度辞めたのに薬で治してまた政治やってるんだから、そこらへんの気質は1000年前から変わらないもんなんだな。政治家も公務員も市井の皆さんも本当ご自愛ください。
着る毛布を着込むみどり @verdi_horimoto 2018年2月9日
「この世をば我が世」の意味が「私が身を粉にして作り上げた、可愛い美しいこの時代」という意味に思えてきてつらい。
eightofclock @eightofclock01 2018年2月9日
働くのが卑賎だったからこそ他の人に回るべき負担が全部道長にきたのかもしれんなあ。思った以上に真面目な人だったのかもしれん。
ワス @wsplus 2018年2月9日
平清盛も糖尿病だったんかな。死因熱病だけど。
つなつな @tunatuna2099 2018年2月9日
織田信長と豊臣秀吉が日本全国に広めた米文化が未だに根強く残ったせいで糖尿病患者を増やしてるからね。それに現代ですら脚気根絶には至ってないし。
ものけし @zathutaniharuto 2018年2月9日
堀田善衛「定家明月記私抄」とかを読むと分かるけど、貴族というのは「営業努力」で成り立ってるんだよなあ。公家が武家政権樹立から戦国時代の困窮を経て現代まで生き残れたのはこの「営業スキル」のおかげじゃないかと思うほど。一般にイメージされる一日中蹴鞠をしてるような貴族はごく一部だったんじゃないかな。
けもラヴィらんまるラララディ @cocotapiran 2018年2月9日
もうまともに見えない目で月の満ち欠けの和歌を詠んだ、というのが切ない。 たしかに学校では高飛車な和歌、という感じで先生が言ってたなぁ……。
たくさん @RascalTaku 2018年2月9日
せっけんでの手洗い、うがいをすると感染を防げるという知識も浸透してない頃なんだから、感染症が広まったら誰だってあっという間に死ねるんだな……。働き者かどうかは関係ない気がする。医療の歴史(47) 天然痘で倒れた藤原四兄弟 http://www.suehiro-iin.com/arekore/history/47.html
ものけし @zathutaniharuto 2018年2月9日
平安時代の貴族の日記というもの、ただでさえ長大な上に難解な漢文で書かれてるから今までは断片的な引用しか知られていなかった。それが2010年代ごろから道長「御堂関白記」、実資「小右記」、行成「権記」あたりの現代語訳が出始めたので、今まで優雅なイメージばかりが先行していた貴族観もそろそろ覆される時が来たかもしれない。
第9次極東十字軍 @order_francisco 2018年2月9日
摂関とかイヤすぎる仕事だ…
第9次極東十字軍 @order_francisco 2018年2月9日
宗教で決められた生活とか退屈だと思ってたが、健康上重要なことだったのだなぁ。
好古真之 @yoshiful_saney 2018年2月9日
#偉人たちの健康診断「平安貴族VS.糖尿病 藤原道長の憂うつ」 - NHK 平安貴族・藤原道長が苦しんだ糖尿病。その原因を現代医学の目で探ると日常生活に潜む意外なリスクの存在が…。さらに有名な「この世をば…」の歌に込めた意外な思いとは? http://www4.nhk.or.jp/ijin-kenko/x/2018-02-07/10/20847/1800012/
永遠の初見=サン @Eternal_NewMan 2018年2月9日
キバヤシ「つまり、清なんとかさんや紫のなにがしさんは、現代のOL腐女子同人作家だったんだよ!」
りにゃん(おまぬけ/ねこにん/しゅきかん) @marinyan 2018年2月9日
紫なんとかさんが現代のOL腐女子同人作家なのはその通りですが、清なんとかさんはむしろblogとかを本にした系。時代は下るけど兼なんとかさんと同じタイプ。
たくさん @RascalTaku 2018年2月9日
だいぶ昔ですが御堂関白記と小右記の現代語訳に関わってた先生に教わってたせいで、2年くらい現代語訳やってました。小右記は道長の振る舞いが非常識だって話ばっかりでしたね…。
mikunitmr @mikunitmr 2018年2月9日
毎日ろくに歩きもせず座って和歌詠んで甘ったるい酒飲んでばかりだからだと信じてた
妙琴@7th大阪両日 @kapibarap 2018年2月9日
marinyan 紀なんとかさんはネカマの元祖(違
Eけべ @i_kebe 2018年2月9日
月齢カレンダーで調べてみると、望月の歌を詠んだ日は全く望月じゃないんだよな…。 そしてコレを「名歌」と称して公卿一同に何度も詠ませた藤原実資、なかなか性悪である。
一丁目 @enokido8go 2018年2月9日
ただ単に1型糖尿病だったりして。
この同人ゴロめ二度とコミケから出て行け @Akaneko801609 2018年2月9日
藤原道長は生キャラメルみたいな感じの食べ物が好物の上に完全にアルコール化されてない酒を毎日のように飲んでたらしいから妥当
かにかま @kanikama_surimi 2018年2月9日
あくせく働くことはいやしい説→でもだれかやんないと世がまわらん→生真面目(?)・お人よしな人が損をする→しかし生真面目ゆえに投げ出せない→死亡  ってことにすると、うん、まんま現代に通じるでござる。
KAIJIN28GOO @babel3sei 2018年2月9日
当時の政治は夜間に行われていた。だから、現代人の感覚で昼夜逆転の生活をしていたと考えると認識を誤る・ただ、現代でも2交代制のシフトとか、平日が休日というケースもある。また、藤原道長がモー烈仕事人だたのはまちがいない。兄道隆の息子を謀略で失脚させたのは事実だが、すぐに元の官位に戻している。だから、道長への悪評というのは今後検証されるべき。
KAIJIN28GOO @babel3sei 2018年2月9日
平安貴族が概して糖尿病など生活習慣病にかかっていたのは、米飯中心の食生活だったためという。奈良時代の貴族は、狩猟をして身体を動かしていたのに対して、平安時代の公家は殺生を禁じられて宮中の儀式をもっぱら執り行っていたため、結局病気がちになってしまったという訳。
眠る羊 @sleep_sheep2010 2018年2月9日
兄の道隆も糖尿病説ありましたね。
眠る羊 @sleep_sheep2010 2018年2月9日
「朝廷」という文字通り早朝から仕事して、夜遅くまで行事や交際などで埋まっていた日々を過ごしていたので、やっぱり過労気味で常に寝不足だったんだと思います。→朝政https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E6%94%BF 「奈良時代・平安時代にあっても、早朝の聴政は続いており…午前6時半には朝堂の門を開くものとされている…「延喜式」によれば、諸司の五位以上の官人は、大雨の日や11月から2月の極寒期をのぞき、基本的には毎朝、朝堂院で政務を執ることとなっていた」
明日斗ロン @asm99rx78 2018年2月9日
本当の生活習慣病。やっぱ、1960年代の生活が良いのかも?
横えび @yokoebi 2018年2月9日
絵に描いたようなワーカホリックだったのか藤原道長って、蒼天航路の曹操孟徳みたいで怖いぞ
上野 良樹@C98 5/4月曜日南地区 "ハ "40b @letssaga3 2018年2月9日
キャリア官僚のトップですからねえ、摂関家というのは。もちろん、世襲制と試験制という違いはありますが。
ろんどん @lawtomol 2018年2月9日
仕事熱心というと雍正帝・フェリペ2世・ピョートル1世・諸葛亮…あと誰がいたっけ?
重-オモ- @__oMo__ 2018年2月10日
平安時代の貴族の遊びについては知る機会がたくさんあるけれど、どんなふうに仕事をしていて、どんな政治を行っていたか、あまり知る機会がない。だから遊んでばかりの印象だったな。
アマノイワト @amanoiwato 2018年2月10日
「規則正しい生活」「バランスの取れた食事」というのは、頂点を極めた王侯貴族や英雄権力者にすら達成困難な偉業なのだなあ。ルイ14世の「規則正しい生活」ぶりは有名だけど食事の方がダメダメだったみたい。
Dally @Dally_Shiga 2018年2月10日
水飲病(糖尿病)も貴族の宿疴だった半面、生活水準や栄養状態は庶民に比べれば遥かによかったわけで、奥さんの倫子、娘の彰子のほか倫子の女房の赤染衛門、清少納言の父親清原元輔など80歳過ぎまで生きた人も当時の貴族に少なからずいるのが面白いところです。
山崎余市 @YoichiYamazaki 2018年2月10日
歴史漫画の影響で、権力欲満載のチョビヒゲ貴族のイメージだった道長さんがちょっぴり身近に感じる
マルンボーリ @tandaji 2019年8月3日
他人の評価を気にしない・無頓着過ぎて権力欲の権化みたいに周囲から思われてるが本人は仕事の鬼、って感じだしな大鏡とかの記述見てても・・・。
ぢべた @jibetaP 2019年12月27日
甥の藤原隆家も眼病を患ってますから、同じ症例かも。大鏡の「弓のもとすえも知らず」と花山院を射かけたことの整合性が気になってたが、相当視力が落ちた中で太宰権帥として刀伊の入寇に対処してたのだろうなぁ。
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