ベイン・オブ・カトー #1
「違う。電磁波の偏りだよ」リロイはそんなジェシに顔を近づけ、開いた瞳孔でじっと見ながら、震え声で繰り返すのだ。「電磁レベルの増減に奇妙な周期があるのを読み取ったんだ。おそらくダグはその電磁ゆらぎの谷間に呑み込まれた。いまも、生きてる」語るリロイの表情は殆ど安らかですらある。 20
2018-02-19 23:08:18ニコラスに鉄の棒で殴られてから、リロイの視界はチカチカするようになった。ジェシとダグの二人でニコラスを襲い、相応の復讐はした。だがそれでリロイのチカチカが治るわけではない。以来彼はシンピテキに振る舞いがちになった。それでも、かけがえのない友達だ。しかし……。「希望はあるんだ」 21
2018-02-19 23:12:11リロイはジャンクで作ったヘッドマウントディスプレイのこめかみ部のツマミを動かしながら言うのだった。キュイイイ……キュイイイ……「ウィジャ・ボードでも裏付け計算を試してみたから、間違いない。イクラ・ディストリクトのユーレイ騒ぎの件だよ」「ユーレイ……」ジェシは瞬きした。 22
2018-02-19 23:15:36残念ながら、イクラ・ディストリクトのユーレイ騒ぎは実際に起こった事件なのだ。草木も眠るウシミツ・アワー、本来人が歩いている筈のない袋小路で、もぞもぞと蠢く影がスーッと動いて消えた……。そういう目撃譚が囁かれた時期があった。リロイは何らかのインスピレーションで結び付けてしまった。23
2018-02-19 23:18:57「つまり、その結果がこのオーロラだよ。霊的電磁ゆらぎ、そして電磁ねじれが、あの双月の角度によって特定のスペクトルを返した。そしてオーロラ状のものを空に投影しているんだ。いわばこれはダグのHELPメッセージに他ならない」「なあ、リロイ=サン、違うんだよ、きっと兄貴は街を出たんだ」 24
2018-02-19 23:21:40「何故」「そりゃ……こんな寒いところが嫌になったんだろ」「じゃあ何故俺たちを置いていった」「そりゃ……シトカから他の文明エリアは遠いし……俺達じゃ耐えられないかもしれないと思ったのさ」「フーッ……」リロイは首を振り、悲しそうにジェシを見た。「実の弟なのに信じてやらないのか?」 25
2018-02-19 23:24:10その言葉はジェシの胸に思いがけず刺さった。彼は言葉に詰まった。リロイは手を拡げて空を仰いだ。「こんなオーロラ……おかしいだろ。俺の観測結果の裏付けだよ。今しかないんだ。今行かないと、ダグを電磁ねじれの谷から救い出す事は一生できない……正確には次の電磁周期だから、ええと……」 26
2018-02-19 23:26:40「やめてくれ」ジェシは声を荒げ、遮った。リロイはじっとジェシを見た。「ダグとお前は……俺を助けてくれた。だから、助けたいんだよ」リロイは言い、ツマミを操作した。キュイイイ。キュイイイ。「観測も良好だ」「……わかったよ」ジェシは鼻をすすった。「とにかく、イクラ・ディストリクト」 27
2018-02-19 23:29:06「イクラ」「イクラ・ディストリクト」二人は囁き合った。ジェシはとにかくリロイと一緒にイクラ・ディストリクトに赴く決心をした。そうしなければこの問題はどうにも解決しない。リロイは次に進めない……リロイと、ジェシは。「涙拭けよ。気をしっかり持て」リロイがジェシに言った。 28
2018-02-19 23:31:54ブーッ!強烈なブザー音が鳴り響き、鉄のシャッターが上にスライドした。「アイエエエ!」泣き叫ぶ男を、「ドッソイ!」スモトリがサスマタで前に押し出した。男は土の上によろめき、膝をついた。「ドッソイ」スモトリはしめやかに後退した。無慈悲にシャッターが降りた。 30
2018-02-19 23:34:56壁には大型ミンチョ・フォントで「訓練する穴」とショドーされている。ブーッ。再びブザーが鳴った。「武器を選びなさい。早く」電子マイコ音声が命じると、男は己の為すべきことを思い出し、慌てて壁に吊り下げられた武器に駆け寄った。マグナム銃、カタナ、盾、火炎放射器。「アイエエエ」 31
2018-02-19 23:37:59男は多重債務者であり、カネに替える生体臓器も既に無い。サイバネ臓器は低級の代物であるため、これを担保に過冬からさらに借金するには、このトレーニング・ピットで奉仕活動を行わねばならないのだった。「早く選びなさい」「……!」男は迷ったのち、マグナム銃を取った。 32
2018-02-19 23:40:08「ち……畜生!腹ァ決めたぜ!来い!来やがれ畜生!」男は目の前のノレンに銃口を向けた。ノレンは三種類あり、「男」「女」「熊」とある。「男」のノレンをくぐって現れたのは……ナムサン……「ドーモ。ベアゴージです」ニンジャはアイサツした。「お前のアイサツは不要だ、非ニンジャのクズめ」 33
2018-02-19 23:43:21「アイエッ……アイエ……!お前を撃つのか!う、撃てば借金チャラなのかよ!?」「俺を撃ったらダメだ、ははは」ベアゴージは苦笑した。「それに借金はチャラではない。チャラではないが……臓器を担保に貸し付けが可能になる。いい話だ」「そ……そうだ!それができりゃ俺は成功する!相手誰だ!」34
2018-02-19 23:45:21「チチーナ!来い!」ベアゴージはカモン・サインをした。「熊」のノレンの奥で巨大な影が蠢いた。ベアゴージは説明した。「チチーナのトレーニング相手になってやってほしい。それで望みが叶うぞ!」「GRRRRR……」「熊」のノレンの奥から荒々しい息遣い……「ゴアアアア!」飛び出した!クマが! 35
2018-02-19 23:48:15「ウ、ウオーッ!」BLAM!BLAMBLAM!男は食いしばった歯の隙間から泡を吹きながら必死で引き金を引いた!マグナム銃はクマを実際殺せる!だが!「イヤーッ!」ベアゴージが中腰になり、なんらかのジツをかけると、クマの毛が逆立ち、その爪が黄色く光ったのである!コワイ!「やれ!チチーナ!」 36
2018-02-19 23:50:46恐るべきベア・エンハンスメント・ジツによって瞬時に強化されたチチーナが手を開くと、受け止められた銃弾がパラパラと零れ落ちた。「ア……」男は失禁した。チチーナの目に残忍な光が灯った。「GRRRRR!」「アババババーッ!」ナムアミダブツ!ベアゴージは手を叩いた!「いいぞ!グッドタイム!」37
2018-02-19 23:52:31ナムアミダブツ!ここは過冬の賭博用闘技クマを育てる悪辣なる地下トレーニング・ピットであり、ベアゴージはここの支配人としてシノギを行う邪悪なニンジャなのだった。チチーナは男の残骸で遊び始めた。ベアゴージは手を叩いて笑った。「ハッハッハ!それぐらいにしておけ!」「いや、まだだ」 38
2018-02-19 23:55:24「……?」ベアゴージは眉をしかめた。ブーッ!再びブザーが鳴った。(ドッソイ……アバーッ!)スモトリの悲鳴が聞こえた。闖入者を殺そうとして返り討ちにあった声だと、その一秒後に判明する。KRAAASH!鉄シャッターを引き裂き、赤黒のニンジャが現れたのだ。「トレーニングを続けるぞ」 39
2018-02-19 23:57:00「な……貴様は……?」ベアゴージは狼狽した。想定外の事態である。彼が考えをまとめる時間を待たず、赤黒のニンジャはアイサツを繰り出した。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「ド……ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ベアゴージです。ニンジャ……スレイヤー……何……何だと!?」 40
2018-02-19 23:59:20「サツガイを知っているか」「サツガイ?」突然の問いにベアゴージの当惑は増すばかりだ。彼は唾を呑み、問うた。「し、知らぬ……それより貴様の名は今、過冬の……」「ゴフッ!ゴフッ!」チチーナが涎を吐いて毛を逆立てた。ベアゴージは克己した。「クソッ!こいつを殺せ、チチーナ!」「GRRR!」41
2018-02-20 00:02:13エンハンスされたクマが襲い掛かる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは振り下ろされたクマの両手を受け止めた。「……イヤーッ!」「アバーッ!」ニンジャスレイヤーはクマの両腕の腕力を瞬間的なパンプアップによって凌駕し、へし折ると、腹に強烈な拳を見舞って壁に叩きつけた!「バカな!」 42
2018-02-20 00:04:55「アバッ!アバッ!」クマは戦意喪失し、腹を出して痙攣した。ニンジャスレイヤーはベアゴージに向かってゆく。「クソッ!チチーナ!役立たずめが!」「貴様の相手はおれだ!イヤーッ!」「グワーッ!」右拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」左拳!「マッタ!何故俺が……俺は戦闘要員ではない……」 43
2018-02-20 00:07:01「イヤーッ!」「グワーッ!」チョップがベアゴージの顔面を破砕!「イヤーッ!」「グワーッ!」首を掴む!壁に押し付ける!「もう一つ聞く」「アバーッ!何を……ヤメロ……」「過冬のニンジャの名をひとつ言え。その居場所を」「い、言うものか……アバーッ!?」両目から火が噴き出す! 44
2018-02-20 00:09:40