- sweetblue818
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・・愛読書・・ 【1】 (陽射し強くなってきたな) 空を見上げてその眩しさに目を細める。 (気をつけなきゃ…) 日傘で光を遮ろうとしたときだった。 「気持ちええーっ」 立ち止まった男の人が空を見上げて背伸びした。
2017-09-17 14:32:40【2】 澄み渡った空の下、キラキラ輝く笑顔に時が止まった気がした。 pic.twitter.com/JWIakt4QVe
2017-09-17 14:33:08【3】 *** 「ハル、体育は?」 「んー、パス」 「単位大丈夫なの?」 「特別待遇」 Vサインで答える。 「いいなぁ。うらやましい」 「シッ!ハルは」 「あ、ごめん…」 申し訳なさそうな友だちに笑って返す。
2017-09-17 14:34:36【4】 子どものころから体が弱くて、学校も休みがちだった。 本当は真っ黒に日焼けして走りまわる友だちがうらやましかった。 でもいつしか、 その気持ちは憧れのままであることに慣れてしまっていた。
2017-09-17 14:35:01【5】 *** (あった、) 学校帰り、息を切らして飛び込んだ本屋。田舎の小さな書店だから取り扱ってる雑誌も部数も少ない。 「良かった…」 “monthly diving” わたしの愛読書。 海なんて子どもの頃以来行ってないし、 ダイビングなんてやったこともない。
2017-09-17 14:37:15【7】 *** 「また行ったんかい!」 本屋でレジを打っていた店員さんの声に振り向いた。 「沖縄、めっちゃええって!俺海住みたい!ホンマに、本気でエラ呼吸できるようになりたい!」 「始まった…」 (あ…) あの日笑顔で空を見上げていたあの人だった。
2017-09-17 14:39:35【8】 お店からお客さんがいなくなったあと他の本に挟めて、その人が手にしていたダイビング雑誌をレジに持って行った。 わたしもそのキラキラに触れてみたいって、そう思った。
2017-09-17 14:40:12【9】 *** 「ダイビングすんの?」 「…え?」 レジ打ちをしていた店員さんが口を開いた。 「毎月買うとるやろ」 「あ…、そういうわけじゃ」 恥ずかしくなって下を向く。 「あ、そうなん。いやごめん。友だちが好きなもんやからさぁ」 雑誌を入れた袋を差し出す。
2017-09-17 14:40:40【10】 「はい。どーぞ」 頭を下げて受け取る。 「楽しいらしいで?夏になったらぜひ」 何で俺が誘うとるんやろ、店員さんは豪快に笑った。 pic.twitter.com/BCu876AB2I
2017-09-17 14:41:16【11】 *** 公園のベンチで読みふける。 (このウェットスーツだったらこっちのマスク、) レギュレーターは…雑誌を読むようになってから無駄に知識だけが増えていった。 (減圧症…) 今度は眉をひそめた。 (やっぱり怖い、) うんうんと、頷きながらページをめくる。
2017-09-17 14:42:38【12】 “落ちないメーク術” (ウォータープルーフは絶対、と) 夕方の心地いい風が吹いて顔を上げた。ふと我に返って苦笑する。 (何やってんだか) 少しだけ弱くなった陽射しに、わたしも空を見上げてみた。
2017-09-17 14:43:03【13】 *** プッププ♪ クラクションの音。 「ハル―」 「隆ちゃん!」 「帰り?」 「うん」 「乗る?」 「うん!」 「どうぞ、お嬢さん」 隆ちゃんは子どものころから見守ってくれた優しいお兄ちゃんで、私が唯一安心して話せる男の人。
2017-09-17 14:44:27【14】 わたしの一人暮らしに大反対していた両親を最終的に説得できたのは、隆ちゃんが近くに住んでいたからだった。 「どう?大学」 隆ちゃんがこう聞いてくれるときは、生活のことを言ってるんじゃない。 「大丈夫。元気」 「ホンマか?」 「うん!リュウちゃんは?仕事どう?」
2017-09-17 14:45:18【15】 「俺は元気じゃない。毎日こき使われてクタクタ…」 大げさにため息をはく隆ちゃんはきっと充実してる。 ** 「はい、着きました」 「ありがとう」 「ちゃんと戸締りしてな?」 「うん」 「ご飯も食べて」 「わかってる」 「夜更かししたら、」 「隆ちゃん!」
2017-09-17 14:46:01【16】 「ん?」 「子どもじゃない」 「そうでした(笑)」 それでもやっぱり子どもの頃みたいに頭をクシャっと撫でて隆ちゃんは帰っていった。 pic.twitter.com/TQhihA00Ge
2017-09-17 14:46:38【17】 *** 混雑した電車の中はまだ冷房も入ってなくてムッとした熱気であふれてた。 (大丈夫かな、) 疲れてたのもあって早く帰りたかった。 …… …… 予感は的中した。乗って数駅で嫌な汗が背中を伝う。 (どうしよう…) 降りたくても人ごみをかき分ける力がない。
2017-09-17 22:11:58【18】 (誰か、) 気が遠くなりかけたとき、強く肩を掴まれた。 「気分悪い?」 “あの人”だった。 「…」 「降りよ?つかまって」 口を開く余裕はなかった。
2017-09-17 22:13:05【19】 *** わたしを駅のベンチに座らせると、その人はすぐに冷たい水を買ってきてくれた。 「飲み?」 キャップを外して差し出す。 「喋らんでええから。病院行く?」 低く落ち着いた声にちょっと安心する。首を横に振った。 「大丈夫なんな?」 今度は縦に振った。
2017-09-17 22:14:07【20】 「わかった。しばらく休も」 それ以上何も聞かないで黙って傍にいてくれた。 ** しばらくすると気分も落ち着いてきた。 「…ありがとうございました。もう大丈夫です」 「良かった。家、この辺?」 「いえ、」 まだ数駅ある。
2017-09-17 22:16:23【21】 「じゃ、もう少し座っとき。今乗ったらまた気分悪くなるかもやで」 「はい…」 緊張はしたけど穏やかな話し方のせいか不思議と居心地の悪さは感じなかった。 ** 「なぁ、ダイビングするん?」 鞄から覗いた雑誌を指さす。 「あ…」
2017-09-17 22:17:13【22】 「ごめん。見えてもうて。俺もやるからつい」 「そうなんですか」 思わず知らないふりをした。 「わたしは…雑誌読むだけで」 声が小さくなる。 「そぉかぁ。ええよぉ、海。見える世界も違うしいろんなこと感じられる」
2017-09-17 22:17:51【23】 体調が回復するのを待ってくれてるみたいに、ゆっくりたくさん海のことを話してくれた。 「ふはっ、ごめんな。語りすぎてうっとおしいって言われる」 そう言ってふんわり笑うと私の顔を覗き込んだ。 「顔色良くなった」 ** 「俺、安川章」 「私…砂村ハルです」
2017-09-17 22:20:14【25】 *** 日曜日、給料出たでうまいもん食べ行こ、って隆ちゃんに呼び出されたレストラン。 「ダイビング?」 「うん、やったことある?」 「いや、俺はないなぁ。何で?」 「…テレビで見ていいなぁって」 「そっかぁ、知ってるやつおるかも。聞いてみようか」
2017-09-18 10:22:30