『シェイプ・オブ・ウォーター』感想
さて、お次はシェイプ・オブ・ウォーターの感想だ。非常に身も蓋もない話もするので「感動しました!涙が止まりません!」みたいな人は今すぐミュートだ。
2018-04-11 21:21:33何というかデルトロ監督が『月光条例』チックに『半魚人の逆襲』をリメイクしたような映画であった。「あの作品の結末が気にいらねえ! 俺がハッピーエンドになる話を作ったろやないかーいッ!」という映画。
2018-04-11 21:23:56だから作品としてダメとかそういう意味ではないよ。他者の作品の納得がいかない点に対して、アンサーソングとして新たな作品をつくるというのは受け手側の特権なのだ。
2018-04-11 21:24:20『大アマゾンの半魚人』ではなく『半魚人の逆襲』を挙げたのは、電撃棒の存在や、それによる虐待への同情、女性を連れて海へと逃げる要素が『半魚人の逆襲』からの引用みたくなっているから。
2018-04-11 21:26:52自分もインスマス面女子と人間男子による恋愛話のクトゥルフシナリオを書いたことがあるので、「同じような題材をデルトロ監督はこうやって料理すんのね」みたいな感慨もあった。
2018-04-11 21:28:52思っていた以上にキリスト教的なメタファーが多かったのは結構意外。そこまでデルトロ監督の映画を見ていたわけではないんだけど、そういうのも撮る監督だったんだとちょっと驚いた。
2018-04-11 21:31:54特に印象的なのは、劇中でも語られるサムソンとデリラの逸話。サムソンは髪の毛とともに力を失うが、神によって力を取り戻しペリシテ人たちを道連れに自害するんだけど、この映画では髪の毛を取り戻したジャイルズがストリックランドをぶちのめす。
2018-04-11 21:33:05ここで面白いのが、ペリシテ人は半人半魚の神であるダゴンを崇拝していたということなんよね。つまり、この映画はサムソンとデリラが協力してダゴンを助ける話ともいえる。
2018-04-11 21:34:08あと穿った見方をするのであれば「声とともに記憶も失った人魚姫が地上にて王子様と出会い、また海へと帰っていく物語」みたいにも受け取れた。自分は気がつかなかったけれど、最後に傷口が鰓になる描写があったらしいので、それが事実ならまさに人魚姫が海に帰る物語。
2018-04-11 21:35:15まぁ、すさまじく身も蓋もない見方をするならば、欲求不満の中年女性が動物相手に勝手に入れこんで獣姦したあげく大暴走した末に自滅する物語ともなるわけなんですが。#俺自身がそう見ているというわけではなく意地悪く見ればそういう見方もできるという話
2018-04-11 21:37:50本当はただの動物な彼に一方的に思い入れをして自滅する物語、滅茶苦茶あさりよしとおの絵で思い描ける…… #8ページぐらいのパロディ漫画で書いてそう #最後のコマで何も考えてなさそうな顔でネコをかじっている
2018-04-11 21:38:32「彼は本当の私を見てくれる」みたいな台詞があったけれど、ああいう考え方自体がすごく危うくね?と思ったのですよ。言うならばパイ屋の主人にひょっとして私に気があるのではと反応してしまったジャイルズみたいなもんで。
2018-04-11 21:39:02「本当の私を見てくれる」という見方は、果たして本当なのか? 彼に対し勝手に自分の願望を仮託してるだけなんじゃねーの? みたいな気分もちょっとあるのだ。
2018-04-11 21:39:37彼のことを神のように崇める原住民も、彼を美しい生物ととらえる科学者も、下等生物として貶めようとするストリックランドも、彼に理想の男性を見出す主人公も、皆もの言わぬ彼に勝手に自分の願望を投影し、それに振りまわされているだけなんじゃないかみたいなの。
2018-04-11 21:40:39まぁ物言わぬどころか普通にしゃべれる人間同士でも、人は勝手に自分の願望を投影して振りまわされるので、これ自体が人類全体の宿痾ともいえるんですが。
2018-04-11 21:41:11ストリックランドが彼のことを徹底して下等生物扱いするのは、原住民が神として崇めていたことに対する偶像崇拝への嫌悪感というのもありそう。
2018-04-11 21:41:53ストリックランドのいう“正しいアメリカ人”は、当時の価値観的に確実に“善きキリスト信徒”だろう。サムソンとデリラの逸話がすぐに出てくるぐらいには聖書への知識もあるわけで。
2018-04-11 21:43:24そんなストリックランドにとって、ダゴンのごとき半人半魚にして神として崇められる存在というのは、何が何でもその神性を否定し下等生物として貶めなければならない存在なのである。これは価値観の共通するホイト元帥にも同じことが言えそう。
2018-04-11 21:44:15そういえばストリックランドも自分のことをサムソンになぞらえていたな。そして聖書のサムソンが最後の力を振り絞って破壊するのは、ペリシテ人たちのダゴン神殿だ。でもストリックランドは聖書のサムスンとはなれなかった。
2018-04-11 21:46:55もうひとつサムソンに焦点を当てて考えるのなら、銃撃により一度は倒れた彼が再び力を取り戻して抑圧者を倒すというのもサムソンっぽくあるな。そうなるとサムソンとダゴンが同一の存在となるのか。
2018-04-11 21:47:55サムソンがサムソンを退治しようとしてサムソンに退治されるとか、なんか『塗り仏の宴』のショウケラ回みたいになってきた。 #自分で自分を退治するという屈折っぷり
2018-04-11 21:49:04聖書におけるサムソンとデリラの一方通行な愛情と裏切りの関係性は、ストリックランドとイライザの関係がそうなのだな。ストリックランドはイライザに(自分勝手な)好意を抱いて追及も甘くなるけど、イライザはストリックランドを嫌い、その好意を裏切るわけだ。
2018-04-11 21:49:59宗教的メタファーを軸に考えると「イスラエル製の爆弾」や、それを使用するのは「無神論者な共産主義者の科学者」なのも面白いポイントとなりそう。爆弾を使った共産主義者の科学者は彼に対し「神性」ではなく「美」を見いだしているのも。
2018-04-11 21:51:38彼については「本能だからしょうがない」発言にも現わされているように、根っこはやっぱり動物よりな気がするんですよね。とはいえ、ここであんまり彼のことを動物動物いうのも、それはそれで「それってあなたの願望ですよね?」みたいな話ではある。
2018-04-11 21:54:27最初と最後のモノローグは、彼の“奇跡”を受けた影響で不老となったジャイルズが、50年後の現代で当時と変わらぬ姿のまま語っているのではないかと見ながら思っていました。 #八百比丘尼みたいなイメージね #明示されてない以上そこは受け取り手の自由なのだ
2018-04-11 21:55:23