1960年頃のお見合い事情

1961年刊「人魚おんもり物語」の第六話「むさんこ」より、気弱な男性が意にそぐわない縁談に苦悩する場面を引用しました。まとめるにあたり、少し省略しています。
純文学 結婚 邦画 恋愛 お見合い 近藤啓太郎 戦後
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3000 @tome3000
「先生、聞いて下さい。僕はもう我慢出来ないんです。うちの母は人間じゃありません」 久保木は顔を両手で押さえてしゃくり上げながらも、途切れ途切れの言葉を続けた。およそ、次のような話であった。
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久保木は今年三十歳だが、中学生のときに小学校長だった父は死亡し、その後ずっと今五十二歳の母とのふたり暮らしである。 地方では、男も二十五歳を過ぎると、親が熱心に嫁を探すものだが、誠の母は知らん顔だった。と云うよりも、
3000 @tome3000
たまに親類の者が気をもんで縁談を持って来たりすると、却って母は迷惑そうな顔を見せた。何かと難癖をつけては、どれも断ってしまった。 要するに、母は誠をいつまでも独占していたいらしい。が、誠の方ではそうと知ると、急に苛立たしい感情に襲われ出した。一生、独身など、まっぴらごめんである。
3000 @tome3000
誠は童貞だったが、これは何も欲望がないせいではなかった。若い男らしい強烈な欲望は人並みに持っているのだが、誠は大そう気の小さい、臆病な男であった。ときには酒の力をかりて、淫売屋にかけこもうと思ったことも何回かあるが、
3000 @tome3000
その度にそう意識した途端、妙に胸が騒ぎ出し、全身が震え出してしまうのだった。 そんなわけで、誠は己の欲望を満たすためにも、一日も早く結婚したかった。激しい欲情に全身の血管がふくれ上がって、今にも狂い出すのではないかと思われることもあった。
3000 @tome3000
母は独占欲も強いが、その一方でまた、世間体ということを大そう気にする気質だった。それで結局、誠が三十歳にもなった今日この頃になると、さすがに母も嫁を迎えることを決心せざるを得なくなったようであった。十日ほど前の土曜日、誠は母から突然、明日の日曜日に見合いをするのだといわれた。
3000 @tome3000
誠は喜びに、胸の鼓動が止まりそうになった。 が見合いをしてみると、誠はどうにも苦い汁を飲みこんだような気持ちを感じるだけだった。母はそんな誠の気持ちを知ってか知らずか、帰宅すると、改めてこう訊いた。 「誠は、どう思いましたか」「さあ、……」「気に入らないのですか」
3000 @tome3000
「……。お母さんは、どう思うんですか」 「お母さんは、結婚生活には、何よりも健康が第一条件だと思っています。どんな美人でも、少しくらい頭がよくても、からだの弱い者は、一家の主婦としての資格がありません。その点、ハツ子さんは、見た通り、はち切れそうな体型ですし、
3000 @tome3000
事実、いまだかつて病気らしい病気をしたことがないそうです。ハツ子さんのように、丈夫な人というのは、いそうでめったにいないものですよ。あれ以上、健康な人を探すことは、お母さんには出来ませんね」 「しかし、それは……、健康が大切なことはわかるけど、やはり、頭脳や性質や容貌も、
3000 @tome3000
結婚の大切な条件じゃないですか」「容貌などというものは、別に大切な条件ではありませんよ。容貌のことで、気がすすまぬとしたら、それは愚かでもあるし、また、ずいぶん不真面目な気持ちだと思いますね」 誠は強い不満を感じながらも、面と向かって母に反撥することが出来ずに、沈黙してうつ向いた
3000 @tome3000
母は、かまわずつづけた。 「頭脳といっても、ハツ子さんの女学校時代の成績は普通ですし、性質など、今後の教育次第でどうにでもなるではありませんか。その点、体の弱い人は、どうしようもないですよ。それに、もうひとつ、ハツ子さんの家が、裕福な家庭だということも、やはり一つの好条件ですね。
3000 @tome3000
母の云うことはあまりにも一方的で、誠はますます反感を感じたが、そのくせ口に出しては何ひとつ反撥することの出来ない自分が、我ながら情けなかった。そして、いっそうに苛立たしげな不満そうな表情で、うつ向いたまま沈黙をつづけるばっかりだったが、
3000 @tome3000
すると、母はそんな誠の顔を何か確かめるような視線で暫く見守ってから、やがてほくそ笑むような表情を浮かべると同時に、こう云い置いて座を立った。「しかし、誠には誠の考えがあることでしょうから、お母さんは決して無理にはすすめません。
3000 @tome3000
すぐに返事をしなければならないわけではないのですから、慎重に考えた方がよいでしょう」誠は立ち去る母の背後を、憎悪の籠った眼差しで眺めた。見合いの相手のハツ子という娘は、なるほどはち切れそうに太った、丈夫そうな体の持ち主であった。が、顔ときたら、目は糸をひいたように細いし、
3000 @tome3000
鼻はまるくてぺちゃんこ、大きな口には紅をまっ赤に塗りたくり、まさに冬瓜 のおばけという感じである。それに、女学校の成績は普通というが、その女学校たるや、県立や市立を落第した者が止む得ず入学するがっこうであって、そこで普通の成績といえば、いわば劣等生ということにもなった。
3000 @tome3000
それに、服装もけばけばしくて、一見パンパンガール風である。ハツ子のとりえと云えば、躰が丈夫ということと色が白いということのほか、何ひとつない。そんなハツ子を結婚の相手として慎重に考えろも何もあったものではなかった。
3000 @tome3000
母はわざとそんな出来損ないの豚娘を選んだのかもしれなかった。誠がいやいやながら迎える嫁だということで、どうやら独占欲を押さえつけることが出来たのにちがいない。それに母は案外、ハツ子の持参金にも目がくらんでいるのかも知れなかった。と云うのは、物質には異常な執着を示す母だからである。
3000 @tome3000
安藤画伯は男の泣き顔を眺める趣味はないので、目をそらしながら煙草をふかしつづけていたが、そんな母に直接反撥することができず、他人に無益な泣き言を並べ立てる久保木の気が知れないという気持ちだった。 「実際、僕は自分でも情けない人間だと思っているんです。先生、なんとかして下さい」
3000 @tome3000
とすがりつかんばかりの調子で云った。すると、安藤画伯はいっそう久保木に対して冷淡な気持ちになる自分を感じた。 「なんとかしてくれと云ったって、これは他人にはどうすることも出来ない問題だよ。君自身が勇気をもって解決するよりほかに、手がないじゃないか」
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書影上げとこう。(昭和36年11月20日第1刷 講談社刊 装丁、宮田武彦) pic.twitter.com/NF4MgO8G8a
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「人魚おんもり物語」は1962年にコメディ映画にもなってるんですよ。 goo.gl/images/M3QF58
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「思想オンチの思想」より、「おったまげ人魚物語」ロケ見学。 pic.twitter.com/ZmwixzemEX
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「文壇百人」昭和47年10月10日第1刷 巖谷大四 尾崎秀樹 進藤純孝共著 読売新聞文化部編より、近藤啓太郎。 pic.twitter.com/jLe7vRypXY
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3000 @tome3000
近藤啓太郎さんの小説では、惚れた女が女郎に売られたり、惚れた女郎がさらに手の届かない劣悪な環境の遊郭に売り飛ばされたりというのが度々語られていますし、見合い皆婚の時代の恋愛を考える上で絶対外せないと思うんですよ。

中川五郎さんの「主婦のブルース」は、お見合い結婚が主流だった頃の主婦の気持ちを歌ったもので、合わせて聞くとイメージが深まると思います。この歌は1969年に発売のレコード「終わり、はじまる」に収録されています。
次のリンク元の動画は削除されてるので補足http://www.j-lyric.net/artist/a02679b/l02115f.html

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コメント

冶金 @yakeen4510 5月24日
いまや男の5人に一人は結婚できずに人生が終わってしまう時代。こんな時代がくることを教えてやったら、喜んで「はち切れそうな体型(笑)」のハチ子、いやハツ子さんと結婚するだろうに。
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