『窓の観察』(『建築と日常』別冊)関連ツイート
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中山英之さん、柴崎友香さん、長島明夫さんトークイベント、建築と小説、そして映画の表現を巡る話ですごく刺激的だった。そのあと柴崎さんがおっしゃっていた、誰もが目にしたことがあるけれど一言で言い表せないものを小説に登場させるのに苦労するという話、文章ならではの葛藤だなと感じました。
2018-06-10 21:34:27小説と建築、久々にいいレクチャー聞けた感じ。。『雪国』の英訳を日本語に再翻訳するとまるで視点が変わってしまうのを思い出したり。日本語だからこそ成り立つ構造も考えてみたら面白そうだな〜
2018-06-10 20:29:14飲み会テーブルの同時多発をどう描くか、そもそも同時に起きたことはたいがい後からしか分からない、など。昨夜の中山英之x柴崎友香x長島明夫、面白かったな。反芻。
2018-06-10 13:13:48関係ないこと書いてる、とよく言われますが、関係なくないから書いています。周りの物事はそこで生きてる世界だから関係なくない。(関係というのは因果関係という意味ではないです)。
2018-06-10 11:48:02ちょっと補足で「不自然」かというと、人としゃべってるときに周りの物事についてなにか思うことは現実としてはそんなに不自然なことでもなくて、でもストーリーの流れ的に不自然あるいは関係ないこと書いてると思われてしまいがちということかなと。
2018-06-10 11:45:22昨日のトーク中に参照した柴崎さんの作品『また会う日まで』。小説内での空間の設計の例として出したもの。2人の会話からすると不自然な文が間に挟まれているけれど、それが読書体験において立体的な空間を立ち上げる。「建築家と小説家の再会」(中山英之×柴崎友香×長島明夫)無事終了しました。 pic.twitter.com/ipDzIPmg7B
2018-06-10 11:24:32中山英之さん×柴崎友香さん×長島明夫さんのトーク、前半中山さんがほぼ一人で話されていてふと時間見たら30分過ぎていてびっくりした(一人の話も柴崎さんとのトークもとても面白かった)。トーク後サインをもらってそれがまさかの鉛筆だったので擦れないようにお家でフィキサチーフかけました。 pic.twitter.com/rQJsNM0BVd
2018-06-09 22:40:21中山英之さん × 柴崎友香さん × 長島明夫さんのトーク、小説における空間表現などのお話が聞けてめちゃ面白かったです
2018-06-09 22:31:45@Aoyama_bookトークイベント。小説、映画、建築それぞれが担保している役割を、少しずつ互いに拡張できそう、そんなお話でした。
2018-06-09 21:36:47今日の話でも中山さんの図面や模型には「ひと」が不可欠だと思える。それは抽象的な存在ではない。ちゃんと生きてる、姿形や性格を備えた「誰か」だ。たとえば4歳のA子ちゃんが暮らす場所、大学だか結婚だかで家を出るまで暮らすだろう場所としての「家」を、従来の形からアップデートすること。
2018-06-09 21:13:42そこにはいろんな状況の変化が関与していただろう。むろんそこにはプラスマイナスがある。が、ともあれそれから更に時が流れて、中山英之のような建築家は、むしろ「ひと」から建築を発想する。それはつまり、ひとが生活する空間、生きて死ぬ空間としての住居や、ひとびとが集う場所としての建築だ。
2018-06-09 21:09:28その極限値が「アンビルト」であったことは言うまでもない。ところが90年代以降、建築設計に「ひと」が出現する。乏しい知見でいうと、どちらも90年代半ばに登場したSANAAやみかんぐみは、建築それ自体の自立性よりも、建築が「ひと」と様々な意味で具体的現実的にかかわることを重視するようになる。
2018-06-09 21:06:14建築、映画、小説のそれぞれの構造化のお話しで90分間断片的なトピックが続いてたけど、最後にそれぞれの点と点が繋がる感じが素敵な講演だった。 pic.twitter.com/KXb4LPVYpB
2018-06-09 21:01:14僕は建築には全然詳しくないが、それでもニューアカ期に二十代前半だった世代として或る程度の知識は持っている。すごくざっくり言ってしまうと、80年代までの建築には「ひと」は居なかった。少なくともその表現としての追求の先端は「ひと(人間)」をカッコに括ることで成立していたのではないか。
2018-06-09 20:59:17ABCにて中山英之×柴崎友香×長島明夫トークイベントを聴く。クロスジャンルで、加えて映画の話もあったりして、出来事の複層性や同時多発的な複数の関係性の表現であったり、その造りをどう考えるかというのは建築的な方向性ではなかなか聞けない部分。当たり前を疑う事など凄く面白かった。
2018-06-09 20:52:30中山さんが芸大の講義でいつもしているという濱口監督の『PASSION』についての話も実に興味深かった。複数の登場人物の配置や移動を物語や役割やキャラではなく、行為の次元で考えること。
2018-06-09 20:40:39「これは小説ではない」の担当でもある新潮杉山君もしっかり客席にいた。トーク聞きながら連載で書こうと考えてたことを彼に喋りながら渋谷まで。
2018-06-09 20:35:51柴崎さんが自ら『寝ても覚めても』の冒頭を朗読するのを聞けたのもよかった。中山英之さんにもご挨拶出来た。『例外小説論』で彼の文章を引用したことを知っていてくださり恐縮した。客席に濱口竜介監督がいて、ウン年ぶりに話した。批評再生塾よろしくお願いしますと。
2018-06-09 20:30:25ABCの中山英之、柴崎友香、長島明夫トーク、すごく面白かった。建築と小説、二つの領域の特異点がさまざまに交錯する90分で、自分自身の問題意識とも深くかかわる部分が多々あり、非常に刺激を受けた。行ってよかった。
2018-06-09 20:25:35トークイベント見ました。数年前に自分も写真で参加した「窓の観察」という本の、ちょうど自分以外のメンバー。 pic.twitter.com/pxPTX0k5Oi
2018-06-09 19:51:01ふふん!中山英之さんのトークイベント、来ちゃったもんね!! 北海道組のレクチャー行けなくて悲しかったから、、、 pic.twitter.com/8WTsdzrsas
2018-06-09 17:45:16柴崎さんの作品『寝ても覚めても』(映画化9月公開)と「春の庭」(芥川賞)のどちらも冒頭部分。スケール(視点)の自在な行き来がある(特に「春の庭」のほうは作品世界そのものも相対化する)。こうした複数のシーンの関係づけの有り様が、柴崎さんの作品が時に映画的と言われる所以かもしれない。 pic.twitter.com/DrlGPvccrW
2018-06-09 14:46:00「この魔法の分数を、建築の世界では縮尺と呼びます。スケールと言い換えてもよいでしょう。この分数を唱えることで、私たちはいろいろな大きさの世界を頭のなかで自由に行き来しながら、いっぺんに生きることができます。」(『中山英之|1/1000000000』p.7)
2018-06-09 14:37:52離れた事物の関係を実感させるということは、柴崎さんの作品のエッセンスでもあると思う。数十年前に戦争があったことは誰でも知っている。マンモス団地のそれぞれの扉の向こうに見知らぬ人の固有の人生があることも誰でも知っている。しかしそれを実感させるのが柴崎さんの表現。 pic.twitter.com/kShdELd483
2018-06-09 13:02:21【メモ】中山さんの新刊『1/1000000000』はその名の通り、スケールがキーワードになっている。サイズは絶対的、スケールは相対的。サイズは情報、スケールは感覚。月と地球との距離は調べればすぐに分かるけれど、それを実感するにはなんらかの表現が必要。この本の表紙の仕掛けはその表現。 pic.twitter.com/CECpsCE8kU
2018-06-09 12:59:10