突発現パロSS、第十二話

夕張大丈夫???
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鉢植えホットケーキ @in_KabeWall

海の上に立ったまま、鹿島はぼんやりと水平線を見つめていた。足の艤装だけを装着してそうする事早二十分。 傍では夕張がうろうろと何かの数値を計器で測っている。 「体調の方、変化はありませんか?」 「はい、何も」 陸では大井と球磨が、他の部分の艤装を準備しながら二人を見守っている。

2018-06-10 08:44:33
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「少し移動してみましょう。スケートの経験は有りますか?」 「スキーならありますが......」 「じゃあ私が引っ張ります。手を出して」 鹿島が夕張の手をしっかり握った事を確認すると、彼女はにやっと笑った。 「大井じゃなくてごめんね?」 「えっ、どうして」 突然の発言に鹿島は平静さを失う。

2018-06-10 08:49:57
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「さっき体調を測った機械、これなんだけど......優秀すぎてプライバシーの概念が無いのよね。知ったのを黙っとくのも悪いかなと思って」 鹿島は彼女の手を離しかけたが、夕張の力は強かった。 「大丈夫、大井には言わないし、他の誰にも言わない......でもその態度だとすぐ周りに悟られちゃうわね」

2018-06-10 08:55:03
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「しかしよりによって大井かー......いやぁ難儀難儀」 「あ、あんまりからかわないでください!」 「ごめんなさい」 「い、今は艦娘としての訓練中で......私の事は」 「そうでしたね。これだけ動揺しても転ばないなんて、鹿島さんは有望です」 夕張に手を引かれて、鹿島はいつの間にか沖へ出ていた。

2018-06-10 09:01:35
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「体調にお変わりは?復路は手を繋がずいってみましょうか」 「体調は......問題無いです」 海と空の境、海に浮かぶ街と緑。眼下の海面は陽光を反射してきらきらと揺らいでいる。 鹿島の視界に広がる光景は写真等で見慣れているものだ。それでも自分の足で立って見ると、全てが新鮮に映った。

2018-06-10 09:10:53
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ぎこちないながらも鹿島は陸へ辿り着いた。遅れて夕張がすいすいと戻ってくる。 「おかえりクマー、けっこう早かったクマね」 「うん、鹿島さん慣れるのも早かったしいい感じよ。では一旦艤装を外しましょうか」 夕張は鹿島から外した艤装を中に持っていく。鹿島は外に出されたイスに腰掛けた。

2018-06-10 09:26:07
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座っていると、次第に疲労感が鹿島を襲う。ぐったりと背もたれに寄りかかる鹿島の横に大井が立った。 「どう、初めて海に立った感想は」 「......きれいでした」 「今日はよく晴れてるものね」 大井は黙って鹿島に水を渡す。消沈した鹿島を見て、皆最初はこうなるのよねと懐かしい気持ちになっていた。

2018-06-10 09:38:47
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鹿島は無意識に水を飲む。 「暁さん達と夕張さんが、私が......」 「ん?」 そこで鹿島は急に正気づいた。今、何を口走ろうとした? 「なっ何でもありません」 「そう、訓練は続けられそう?」 「はい。少し疲れはありますが、気分は悪くありません」 「分かった」 大井は頷き、艤装の説明を始める。

2018-06-10 09:50:23
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「二人が海に出てる間に用意したのが煙突と機銃と探照灯、それに電探の一式よ。業務内容によるけど基本はこれね」 鹿島は機銃、と呟いて物々しい銃身を見る。 「大丈夫、撃つ事はほとんど無いから。保険みたいなもの」 私たちは軍艦に成り切るけど大砲や魚雷は持たないわよ、と大井は付け加えた。

2018-06-10 09:55:46
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これらの艤装を装着すると、海の上にいる間は体力の消耗が著しく減る上に食事や睡眠もほとんど必要無くなる。会社は少なくとも二人以上で業務にあたることを義務付けているが、数カ月に及ぶ仕事でも一人でこなす事は可能だという。 ただし、艤装を外したあと24時間以内に疲労が来るのは免れない。

2018-06-10 10:11:21
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「なんだかすごいものなんですねぇ」 「ね、一体誰がつくったんだか」 「ほんとね、誰だろうねー」 鹿島の艤装を抱えた夕張が戻ってきた。 「鹿島さん、最初は外していた推進補助装置を付け直しました。体力が戻ったら試してみてください」 お邪魔しましたと言って夕張はそそくさと中へ入っていった。

2018-06-10 10:17:14
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「そういえば夕張とは仲良くなれた?」 「......微妙です」 「そう......あれ、不器用すぎて昔から話題選びのセンスが最悪なの。アホな事言ってきたら叩いて良いからね」 「昔から、ですか」 大井の言う昔とは、いつの事だろうか。 「夕張さんとはご友人なんですか?」

2018-06-10 17:41:24
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「中学の時の後輩よ、大学の頃には先輩になってたけど」 大井が留年したのでは無く、夕張が海外かどこかで飛び級したのだろう。 「すごく頭が良い方って事ですか」 「うん。天は二物を与えずっていうけど......与えてやれよって感じね、敬語使わないと中々他人と仲良くなれないの」 大井の目は優しい。

2018-06-10 17:49:23
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「ま、敬語って盾を使えるようになっただけマシかしら」 「そう、ですね」 鹿島は夕張がずっと彼女に見守られている事を羨ましく思った。 小さな頃の約束を支えにして今日まで歩んできた鹿島の事を、大井は認めてくれるだろうか?昔出会った事を忘れているらしい彼女にそれは......期待、できない。

2018-06-10 18:02:11
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鹿島が大事に抱えている出来事は、大井にとっては既に振り返る価値も無い出来事なのかもしれない。鹿島はやるせない気持ちで、手に持った水のペットボトルを握りしめた。 直後、バタバタと足音を立てて夕張が走って来る。海上での優雅さとは大違いだ。 「これカニロボット。あげるわ」 「ど、どうも」

2018-06-10 18:08:42
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「じゃ、元気出してくださいね」 そして夕張は戻る。鹿島の腕の中で、カニを模した機械が泡を吹いた。 「えーと、これは......」 「あんなんだけど、ヒトの感情の機微には聡いの。機械に頼り出してからは余計にね」 カニは大井の服をつついて遊ぶ。 「あのね鹿島、私に何か話したい事とか、無い?」

2018-06-10 18:15:04
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正直、こんな気持ちで話したくは無い。だが記憶を胸の内に秘め続ける事は、鹿島にはもうできなかった。 「あの、ですね......先輩はもう、覚えていないかもしれませんけど」 小さな頃に公園で迷子の大井に会って、香取も一緒に三人で遊んだ事。最後に、絶対にまた遊ぼうねと約束した事。

2018-06-10 18:51:40
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それからすぐに香取とは親の都合で離されて、公園で大井と香取に会う事も二度と無かった。 「その公園は、今ではコンビニになってて......私はそこで、この前まで働いてました」 気づけば涙が流れていた。話してしまうと、どうして自分はそんな約束を信じて二十年も縋り続けたのだろうと思った。

2018-06-10 18:57:24
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「でも、でもですね......もう会えたんだから、そんな事はもういいんです」 鹿島は袖で涙を拭う。 「あなたに本当に話したい事は、今は他の事なんです。でも、まだ整理できてなくて。だから、鹿島の勇気が出るまで、待っていて貰えませんか?」 「......うん、分かった」

2018-06-10 19:06:07
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「すっきりした顔になったわね」 大井は鹿島の肩を叩く。 「訓練の続き、始めましょうか。ここからは私が担当するから」 「あっ、この流れでですか......はい、よろしくお願いします!」 大井は察しの悪いタイプでは無い。 後々勇気の出た鹿島に何を言われるか、おおよその想像がついてしまった。

2018-06-10 19:16:03
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まだ何度か目元を拭う鹿島に、艤装を付けるよう指示する。 「来週には訓練を香取に引き継ぐから。それまでに、移動に難が無いようにしていきましょう」 そっか、と鹿島は二日後に香取が戻る事を思い出した。 「そうだ、香取が戻る日とその後二日くらい、あなたも休みをとったらどう?」

2018-06-10 19:22:31
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「いろいろゆっくり話したいでしょうし」 「よ、よろしいんですか!?」 「そのくらい良いでしょ」 鹿島はやったぁと無邪気に喜ぶ。 大井はそこに北上と会って喜ぶ自分を重ねて、自然と口もとがほころんだ。

2018-06-10 19:30:22