突発現パロSS、第十四話

鹿島さん頑張って
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鉢植えホットケーキ @in_KabeWall

香取が帰宅したあと、鹿島はぼんやりとベッドにもたれかかっていた。 半日二人で和やかに過ごしていただけに、一人になると孤独感が強かった。 「香取姉、そろそろ着いたかな?」 スマホを取り出して、香取に家に着いたか確認のメールを送る。 「連絡先が分かるって嬉しいな......」

2018-06-11 20:14:48
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なんとなく受信したメールを遡り、数秒で手が止まる。二週間くらい前のものだ。大井が鹿島の連絡先を登録した事を伝えるだけの淡白な内容。 それでも文面を見るだけで鹿島は温かい気持ちになる。 「私、やっぱり大井先輩のこと好きなのかな」

2018-06-11 20:25:15
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「でも、なんで......?いつから?」 コンビニで働いていた時、大井は自分の事を覚えていないと悟って、半ば諦観を持って接していた。 それから勧誘されて入社して、何日か目......定時連絡を受けていた時だ。大井が初めて見せた穏やかな笑い方にどきりとした......確か。 それだ、と腑に落ちる。

2018-06-11 20:39:09
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その顔を思い出した途端に気持ちが昂ぶる。 「でも、好きだからってどうすればいいの......香取姉が言ってくれた通り、好きですって言っちゃえばいいのかな」 鹿島は半ば恋を楽しむような、半ば苦痛から逃れるような気分だった。 膝を抱えていると、メールを受信する。香取は無事帰宅したようだった。

2018-06-11 20:47:10
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休みが終わり、新しい週が始まった。 今日から鹿島の艦娘の訓練は香取が担当する。引き継ぎのために大井もまだ参加すると聞いているが、きっとそんな風に、これから会社で鹿島が大井にくっついて過ごす時間は減っていくのだろう。

2018-06-11 22:25:59
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鹿島が海に到着すると、既に香取がいた。 「おはよう」 「香取姉おはよう、早いね」 「鹿島の訓練が楽しみで、つい早くきちゃった」 「そ、その発言なんか怖い......」 二人が会話していると、建物から夕張が顔をのぞかせた。 「艤装は手前まで運んであります、調整が必要だったら呼んでください」

2018-06-11 22:30:47
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そして夕張はボタンが一つだけ配置された非常にわかりやすい箱を置いて、奥へ戻っていった。 「おはよう二人とも、やる気充分ね」 呼び出し用の箱を観察していると、大井もやって来て箱を一瞥した。 鹿島は努めて冷静さを保っていた。 「香取、とりあえず午前は鹿島の練度をざっくり見せるから」

2018-06-11 22:38:19
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鹿島は大井に促されて艤装をつける。慣れのおかげで装着に手間取る事はない。 海上では歩いたり走ったり滑ったりと、陸より器用に立ち回る。 大井に指示されるがまま動いていると、いつの間にか昼になっていた。 「鹿島、お疲れさま。午後からは香取に引き継ぐんだけど、彼女も指導は初めてだから」

2018-06-11 22:43:51
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今日いっぱい、様子次第では明日以降も大井はここに来るという。 つまり明日は来ないかもしれないと鹿島は解釈した。 「大井さん、あの......伝えたいことがあるんです」 「この前言ってた、勇気が出るまで待ってって話?」 「はい」 「香取を待たせてるから、先に戻りましょう」 「......はい」

2018-06-11 22:48:17
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「大井さん、鹿島、お疲れさまです」 「午後からは香取の出番よ」 「緊張しますね」 通り様に鹿島は香取姉、と気弱そうに呼ぶ。 「今伝えるの?」 「うん」 「頑張って」 「うん!」 結果がどうであれ、伝えるのは大事だ。そう純粋な気持ちで応援しながらも、後に響くだろうなぁと香取は思った。

2018-06-11 22:57:52
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先輩、と呼びながら鹿島がやって来る。香取は建物に入ったのか、姿が消えていた。 「大井先輩......いや、大井さん。私、大井さんのことが、好きです」 鹿島はまっすぐ大井を見つめている。 「......そっか。好意を持って貰えるのは、素直に嬉しい」 それからしばらくの沈黙があった。

2018-06-11 23:01:52
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大井は続かないのかと首を傾げた。 鹿島はもう一言何かを言うべきだと分かっているのに、何も言葉が出てこなかった。 「......お昼、行きましょうか」 鹿島に背を向け、行き先など考えず歩こうとする。 「ただ、知ってほしかっただけです」 大井は息を呑んで、同情するような目で鹿島を見た。

2018-06-11 23:06:05
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照りつける太陽の下、沖で鹿島は全力で香取と並走する。目印の岩まで到達すると折り返してスタート地点へ戻る。午後に入ってからもう何回繰り返しだろうか、鹿島の体力は限界を迎えていた。 監督しながら同じ動きをして、鹿島以上に消耗するはずの香取に疲れは見えない。 「鹿島、休憩しましょうか」

2018-06-12 20:05:29
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「......まだ大丈夫」 「信じません。あなた昼食だってほとんど摂ってないんだし、とにかく戻りましょう」 大井に想いを伝えてから、鹿島は逃げるように海に出た。少し経ってから始まった香取の訓練は予想以上にスパルタで、おかげで鹿島は自分の心と向き合わずにいられた。

2018-06-12 20:12:02
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香取に連れられ、鹿島は陸に戻る。 「二人とも、お疲れさま」 当然だが、そこには大井がいた。彼女は昼の出来事など覚えていないかのように鹿島に話しかける。 「鹿島、香取の訓練はどうだった?」 「......厳しかったです」 「航行に問題も無いし、それならまずは体力からと思いまして」

2018-06-12 20:26:13
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陸にいる時と艤装をつけて過ごす時の体力は別物だ。艤装装着時の大きな特徴として、能力の保存がある。上限はあるが、訓練で伸ばした体力や技術は衰えることが無い。故に最優先課題は体力、持久力だと香取は考えた。 「香取の方針は良いと思う、このまま続けたら鹿島は明日起きられなさそうだけど」

2018-06-12 20:35:20
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「すみません、ペース配分には気が回りませんでした......少しやり方を考えたいので、鹿島のケアをお願いして宜しいですか?」 「ええ、じっくり考えて」 鹿島の身体が固まる。こんな状態で大井と二人になっては、気まずくて仕方がない。 「鹿島、中に入りましょう」 そう思ったが、鹿島は従った。

2018-06-12 20:43:12
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建物の中はひんやりとしていた。 二人は入口のそばの小さなテーブルとイスにつく。 「何か飲む?」 「お、お構いなく」 席を立って彼女は冷蔵庫へ行った。 大井の一挙手一投足に全神経が集中している。昼の告白に他にも反応が欲しい、できれば好意的な。だが一方で、何も言わないで欲しいとも思う。

2018-06-12 20:48:25
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でも、それより先に謝らなければ。 大井が戻ってきたタイミングで鹿島は口を開いた。 「先輩、お昼は失礼な態度をとってすみませんでした」 「失礼って何が?」 鹿島が謝ったのは、言い逃げした事に対してだった。それを大井は気にていないのか、それとも告白そのものが失礼だと暗に伝えているのか。

2018-06-12 20:53:17
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鹿島はまた言葉に詰まる。 そんな彼女を見て、大井は再び同情するような目をするのだった。 「鹿島、私もあなたの事は気に入ってるわ」 大井の言葉を聞きながら、鹿島は顔をあげた。 「鹿島は私に好きだと伝えて、私はそれを知った。それで終わりじゃ、満足いかない?」

2018-06-12 20:58:55
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大井の言葉には、どこか自嘲的な響きがあった。鹿島は言葉の意味にも、彼女の声色にも、形容しがたい衝撃を受けた。 「満足したい、ですよ......でも」 「うん」 「私、大井さんが私をどう思ってるかも、知りたいです」 「さっき言ったわ、気に入ってるって」 それは鹿島が求める言葉とは少し違う。

2018-06-12 21:14:26
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本当なら、ここで諦めるのが良い判断なのだろう。大井が鹿島をなるべく傷つけないようにしつつも、好意に応える気が無いのは明白だ。 問題はこの態度の大井に、どうしようもなく魅力を感じている事だった。 「恋人になってくださいって言ったら、良いお返事は頂けますか?」 「......申し訳無いけど」

2018-06-12 21:24:18
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やっぱり。聞いてはみたが、返答は予想通りだった。 一瞬泣きたくて苦しくなる。ちらと窺うと、憐憫めいた表情を浮かべる大井がいた。それにどきりとして、諦めたくない気持ちが湧き上がってくる。 「大井、先輩。それでも、鹿島はあなたが好きです」 鹿島は笑顔を浮かべた。

2018-06-12 21:40:37
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「鹿島がこれだけ頑張ってくれたなら、私も誠実に答えないとね。私は今好きなヒトがいる、だからそのヒト以外と恋愛っていうのは考えられないの」 それが大井の発言の背後にある事情かと鹿島は納得した。 「その方とはお付き合いしてるんですか?」 「いえ、片想いよ。だいぶ長いことね」

2018-06-12 21:49:42
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「では片想いに疲れた時は鹿島の元へいらしてください」 「......鹿島、あなたそういう事言うヒトだったの」 「一度振られてしまえばもう何も怖くないですね」 「強いわね、あなたは......」 今さっき失恋したばかりの筈なのに、むしろ爽快な気分なのが、鹿島にも不思議だった。

2018-06-12 21:53:20