突発現パロSS、第十六話

木曾と大井
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鉢植えホットケーキ @in_KabeWall

大井は雑務を片付けて帰宅の準備をしていた。鹿島の訓練を香取に引き継いでからこちら、仕事はあるのになんとなく暇な日が続いていた。 「大井さん上がりですか?お疲れ様です」 「あの、鹿島が来るまで、私ここで何してたんでしたっけ」 通りすがり様にあいさつをする大淀に、ふと聞いてみた。

2018-06-14 20:03:23
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言いづらそうに大淀は口を開く。 「えぇと、経理の方にまわったり書類の不備をチェックしたり......ですね、社内にいらっしゃる時は」 「あぁそうでした」 そんな作業で定時までここに居たのかと不思議な気分になった。 「大井さん、お疲れならゆっくり寝てくださいね」 礼を言い、大井は会社を出た。

2018-06-14 20:08:01
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どこか釈然としない気分で歩いていると、近くで姉さんと呼ぶ声が聞こえた。それより、一度球磨の様子でも見ていこうか。最近会っていない。 「なぁ、無視しないでくれ」 いつの間にか妹が隣を歩いていた。 「あぁごめん、無視してたつもりはないの」 「考え事か?」 「球磨姉さんどうしてるかなって」

2018-06-14 20:16:24
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「ここのところ明石さんのとこにずっといるよ。そのうち戻ってこれるだろ」 「そっか」 二人は無言で進む。 「......木曾はどこか遊びに行くの?」 「姉さんに会いに来たんだよ、携帯見てないのか?」 スマホを確認すると、木曾から留守番電話が入っていた。 「次からはメールかチャットで知らせて」

2018-06-14 20:20:29
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「留守電なら気になるかなと思ったんだが」 「内容の確認がめんどくさいから放置するわね」 「俺の扱いばっかり雑なんだよなぁ」 「で、何か用件があったの?」 「姉が恋しいだけだな」 「実家に三人いるでしょう......」 「熊と猫と仕事中毒に甘えるのは末っ子として気がひける」 「消去法なのね」

2018-06-14 20:26:36
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「で、うちまで来るの?」 「そのつもりだ」 大井は小さくため息をつく。 「コンビニ寄るけど、ごはん食べてくつもりなら木曾も何か選んで」 「......姉さん、あんなに料理してたのに」 「一人でやってても虚しくなったのよ」 俺がいるんだから作ってくれよと言う木曾を置いて、大井は店内へ入った。

2018-06-14 20:36:41
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鍵を取り出した木曾は買い物袋を提げて大井の部屋へ入る。勝手知ったる様子で買ったものを冷蔵庫へ入れて、適当な場所に腰を下ろした。 「スケジュール見たけど、来週からタンカー船の護衛だって?」 「ああ、途中でドイツ空母の女に交代して、そこから帰るやつだ」 「礼を欠くようなマネしないでよ」

2018-06-14 20:45:40
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「大丈夫だって、それより仕事の話は会社でしようぜ」 「他に話題あるの?」 大井が洗面所で手を洗っていると、木曾も同じように手を洗いに来た。 「そうだな。例えば、北上の事とか」 「木曾とは、あんまり話したくないわね」 北上という一言で急に雰囲気が変わる。 「なあ、まだ北上の事好きなのか」

2018-06-14 20:50:31
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「当たり前じゃない。木曾、何が言いたいの」 「俺は姉さんに北上を諦めて欲しい」 「無理ね」 「今北上には会えてないけど、姉さんはやっていけてるだろ。だから北上を好きでいる必要なんて、もう無いんだ」 「いい、木曾。あなたに何を言われても、私が北上さんを愛してるのは変わらない」

2018-06-14 20:57:46
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「姉さんは北上を愛してるんじゃなくて、ただ置いていかれたくなかっただけだろ!」 木曾の脳裏に、北上の前では態度が豹変する大井が浮かぶ。何度思い出しても、目の前にいる彼女と同一人物とは思えない。 「最初はそうだったかもね、小さな頃に北上さんとはぐれて迷子になってからだもの、こんなの」

2018-06-14 21:03:54
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「木曾はどうして私に北上さんを諦めさせたいの」 感情を窺わせない声色で大井は問う。嘘はつかせない。 「それは......俺の気持ちが、姉さんに気づいてもらえないからだ。いや、気づいても無視されるから」 大井はわがまま、とだけ言い返して冷蔵庫を開けた。

2018-06-14 21:08:26
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「でも、木曾も考えてるのね。誰かと感情的に言い合うなんて久々で、少しすっきりしたかも。お礼に、冷凍食品を温めるくらいの労力は割いてあげるわ」 「......報酬がしょっぱいぞ姉さん」 話はもう終わりだというように、大井は台所を歩く。電子レンジから温まった炒飯を取り出してテーブルに置いた。

2018-06-14 21:23:09
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夕食を終え、くつろいだ空気になる。 「今日は泊まってくの?」 「姉さんって危機感とか無いのか?」 「木曾、私の事好きなんでしょ?なら二人きりでも私に酷い事するはずないわよね」 「図太いよなぁ球磨型姉妹は......落ち着いたら帰るよ俺は」 カーテンの隙間から陽の落ちきっていない空が見えた。

2018-06-14 21:32:36
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ぼんやりと数分を過ごし、木曾は立ち上がった。 「疲れたし、今は姉さんが北上を諦めるのを諦める。また仕事明けに泊まりに来るかもな」 「連絡入れてからにしてよ」 木曾は生返事をして玄関に向かう。 「でもな、姉さん。これだけは許してくれ」 木曾は見送りに来た大井を振り返って、抱きしめた。

2018-06-14 21:39:32
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数秒で二人は離れる。 「......ありがとう、じゃあ」 「待ちなさい」 怯えた顔で木曾が振り返ると、冷蔵庫から買い物袋を取り出した大井がいた。 「さっき買ったごはんだけど、持って帰って」 「あ、ああ......夜食にでもするよ」 「うん、気をつけて。家に着いたら一応報告しなさいよ」

2018-06-14 21:43:20
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木曾を見送って、大井は玄関のドアに鍵とチェーンを掛けた。 壁にもたれかかり、ずるずると座り込む。木曾に北上の話をされた事で、想像以上に心を乱されていた。 大井が北上が好きだ。それで過剰な愛情表現を行うようになった大井を、球磨がここに転居させた。そして大井は慣れてしまった。

2018-06-14 21:48:50
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転居させられる程だから、外から見れば余程だったのだろうなと大井は自嘲する。 仕事でも極力遠ざけるように配置され、元々遠征好きの北上はしょっちゅう長期の仕事に向かう。 大井は北上が居ない事に慣れなければやっていけなかった。だが、北上はどうなのだろうか。

2018-06-14 21:54:07
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「拒否されなければ、私は良いの」 自分に言い聞かせるように大井は呟く。 「北上さんは、私が北上さんを好きな事を知ってくれてるんだから」 久し振りに暗く憂鬱な気分になる。 彼女達が来る以前は、ずっとこれと戦っていた。香取が来た時、鹿島に世話を焼いている間、大井は彼女達に救われていた。

2018-06-14 22:01:29