【第七回】一チョロうどん【4*3一本】
物欲しそうな目をしてる。なんていわれて、ぶちぎれた。殴りに殴って家を飛び出してきたが、本当は図星だったから殴った、今からしようなんていえなくて、僕はこの炎天下の中もどかしさに加え夏の熱気を味わうことになった。 素直になるには、まだ僕たち知り合ったばかりですから。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:11:35ここ数日、兄が物欲しそうな目でおれを見ている。例えば銭湯の脱衣場とか、例えば今みたいに、「ねぇ一松、おまえちょっと太ったんじゃない?」 汗を拭おうとつまみ上げたシャツの、裾からするりと滑り込んだ兄の手が、おれの腹をぐわしと掴んだ。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:36:27「ちょっとまって!」 大声とともに無遠慮につかまれた腹の肉にぐえと潰れた蛙のような声が出た。 神妙な顔で揉みしだいたあと、そっと抱きしめられる。 「脂肪が冷たいってほんとうだったんだね」 夏の暑さでいかれた兄、でもこうして触れてくれるなら、夏も脂肪も悪くない。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:42:05「おまえちょっと太ったんじゃない?」なんて言ってみたら、すごい顔をされた。なんだ、自覚はあったのか。だけどもちもちしてて、普段大人しいからか汗も無くて、すべすべで。意外といいな、なんて思ってたら。「……アンタと一緒に運動するから、いいんだよ」と悔しそうに呟かれた。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:44:41ちょっと太ったんじゃない? と聞いたら、思い切りケツを蹴られた。 「上に乗った時に骨が痛いってお前が言ったんだろ!」 怒鳴って、肩をいからせて兄は子供部屋から出て行った。 ヤバイ。嬉しい。 慌てて、大きな足音を追いかけた。 #一チョロうどん
2018-07-21 23:00:38#一チョロうどん 兄は細すぎると思う。着替えの時や銭湯で見る身体は、貧相ではないのだが、ちょっと心配になる細さだ。少しでも力を入れたら折れてしまいそうな。「もうちょっと肉付けなよ。壊れそうで心配」「……太ったらお前、壊してくれんの?」「……ん?」
2018-07-21 22:50:31肉を頬張る姿に可愛いと思うものの、既に1人前を平らげている目の前の兄に引け目も感じていた。細いのに6人で1番良く食べる。確か食べてもお腹が減ると言っていた。 それに関しては同感だ。俺も食べても食べても食べたりない。だから早く食べ終わって欲しい。次は俺の番だ #一チョロうどん
2018-07-21 22:58:01「アイスクリームってさ、案外簡単に作れるんだよ。牛乳、砂糖、卵黄に生クリームとバニラエッセンスを混ぜて冷やせばいいだけ。簡単だろ?家にある物で出来ちゃうしさ」 嘘ばっかり。この暑い中わざわざ材料買ってきたの。ゆるくてお世辞にも美味いと言えないそれは俺には甘すぎた #一チョロうどん
2018-07-21 22:45:28暑さで茹だったチョロ松に、食べていたアイスを物欲しそうに見られて、それで。 「……食べる?」 気まずさからそんなことを言ってしまって、しまったと思っても、もう遅い。 意外にも、チョロ松は素直に口にした。一松の手から、そのまま。 「……甘い」 そう言って、淡く笑んだ。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:15:49お前も食べる?差し出されたカップのアイスをそのままスルーして、やつの二の腕を掴む。「おれはこっちの方が好物」そう告げて暑さにくつろげられた首筋に舌を這わせる。少ししょっぱい夏の味。でも禁断の甘い味だよね。「バカ言ってんじゃねえ」蹴り上げられた鳩尾を押さえる。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:28:51ぱく、といつもの三角形が小さく開き、ちろりとした赤が仲から覗く。 「食べさせてよ」 「は?」 「だってそれめちゃくちゃ高いやつじゃん。僕が取ったら絶対多く取ったとか文句言うだろ」 高いけどさ。そんな事言うのはクソ長男くらい…ああでもそういうことにしておいて。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:12:09何それ、見たことない味。真上から声が落ちてきて、ぼくは身構える。次に続く言葉もどうせわかっている。そのために普段はとても手が出せないようなお高いアイスをわざわざ買ったのだ。「ねえ、一口ちょうだい」 巻いた餌は、思った通りに獲物を釣り上げた #一チョロうどん
2018-07-21 22:07:03「ねえ、一口ちょうだい」暑さに耐えかね買ってきた氷菓を午後の縁側で味わっていると背後から声がした。わざわざ暑い場所で食う冷たいものは極上の味だ。「そうだなあ、なにか対価を支払えよ」じとりとこちらを見返す熱のこもる瞳。「…なんなりと」どちらに転んでも僕には得だ。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:19:00暑すぎるもうだめしぬ、と縁側に転がる弟を裸足で押し退け目の前で氷菓子をチラつかせる。途端に勢いよく飛び起きたお前の口から飛び出したのは「一口ください」。ばぁか、一口どころか全部其のつもりだよ。僕は笑って氷をがりりと噛んで、隙だらけの唇に押し込んでやったのであった。#一チョロうどん
2018-07-21 22:49:32この人の「一口ちょうだい」に騙されてはいけない。一口だけ、そういいながらすべてをくらい尽くすのだ。 ちょっとだけ、ちょっとキスするだけ、ちょっと手を繋ぐだけ、ちょっと抱きつくだけ。 「ねえ、お前を一口ちょうだい」 そういってどこまでされたかはご想像にお任せする。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:22:46その大きめのカップアイスは幼い頃一人では食べきれず、一つを二人で分け合って食べるのが当たり前だった。「一口ちょうだい」今は一人でも完食できるそれを一口含んで、兄に向き合う。なんて贅沢な食べ方。食べきる前に溶けるだろうそれを見て幼い頃の自分は怒るのだろうか。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:18:42いつも一松はどんくさくて、食べきる前にアイスが溶けてしまう。それを見て幼い自分は怒ったものだ。「勿体ないだろ!」ってさ。大人になった僕の指は溶けたアイスで汚れているのに、僕の口は塞がれていて文句の一つも出せずくぐもった音ばかり。だって、大人になってしまったからね。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:27:08鏡越しに見えた兄さんは泣いていて、おろおろと慌てるおれも鏡に映っていた。「なんで泣いてるの、兄さん」そんな顔見たくない、兄さんの目を後ろから覆った。「おまえのせいだよ」兄さんの震える声。手の隙間からぬるついた涙が流れる。「なんで、僕に優しくするんだよ」#一チョロうどん
2018-07-21 23:02:22あぁ...なんて滑稽なのだろう。アイツよりも俺の方がずっと好きだったんだ。なのになんでアイツの隣にいるのは俺じゃないんだ。手を伸ばせば届いていた背中が今はこんなにも遠い。遠い。前を歩く背中が霞んで見える。そうか泣いてるのか。なんでこんなにも涙が止まんないんだよ... #一チョロうどん
2018-07-21 22:14:52涙を舐めるのが好きな奴だとは思っていた。だがこの季節になって、こいつは液体というものなら何でもいいのだなと頬たずにはいられなかった。 「ほんっと気持ち悪いしあついからやめろ」 暑さで苛々も増すというのに、こいつは何度注意しようと汗を舐めるのをやめなかった。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:07:49匂いと味覚の趣味が合う人間とは、相性がいいらしい。うん、確かに、なんて神妙に頷いていたら思いっきり脳天から殴られた。「あついからやめろ」刺々しさを増す声。垂れる汗。ああ、勿体無いなとまた舌を伸ばした。「いい加減にしろ!」悲鳴は当分、続くことになるのをまだ知らない。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:18:32暑さに弱くても夏が好きなのは、汗で張り付いたTシャツの濃いシミが堪らないから。そこに指を差し込んだら、温い滴に触れるかな?それとも冷えた肌を心地よく思うかな。「試してみれば」気怠そうに返す弟は全くこの季節が似合わない。小さく笑って、それより僕に触ってと素足を向けた。#一チョロうどん
2018-07-21 22:23:55炎天下の向日葵畑。これほどお前に似合わないものってないよね、って兄さんは笑う。だけど兄さんにも似合わないよ。「いちまつー!」一面の黄色。背の高い向日葵に溶けていく兄さん。もう二度と戻って来ないように見えて。「いかないで、兄さん」似合ってる、なんて言ってしまったら。#一チョロうどん
2018-07-21 22:19:42#一チョロうどん 世の中で食う気がしないものって色々あるよね。たとえば溶けてドロドロになったアイスとかさ。そう呟く一つ下の弟の横顔をちらりと見ながら、僕はぶら下げたコンビニ袋の中身を思う。まぁ、お前とならこのクソみたいな猛暑の中で、不味いアイス食ってもそう悪くはないかなって思うよ。
2018-07-21 22:08:35毎日暑くていけない。「あっ」どろりと溶けたアイスが、胸元に落ちる。「お前、食べるの下手くそだなぁ」シャツの前をはだけた兄が、滴ったアイスを指で掬って、俺の口に押し込んだ。そんなことをしたら、あんたを食べちゃうよ。押し込まれた指を口先で吸って、上目遣いで兄を見た。 #一チョロうどん
2018-07-21 22:08:48