オリンピックが始まる。

ホドラー/架旗透 @Hodler_SciFi

打ち水を浴びすぎて皮膚がぶよぶよになる。激しい気化熱が体温を奪う。 低体温症。 唐突な眠気に僕は路上に倒れる。 「お前それでも恒温動物か！！」 部長の声が遠くから聞こえた。 オリンピックが始まる。

ホドラー/架旗透 @Hodler_SciFi

「恒温動物なのに外気温が気になっちゃうんだ？」 笑いながら彼女は歩道を軽やかに駆ける。 次の瞬間、放水車の打ち水が彼女の背骨を粉砕した。水たまりに投げ出された両脚がばちゃばちゃ跳ねる。 オリンピックが始まる。 彼女は入院した。

ホドラー/架旗透 @Hodler_SciFi

「お願いします！！！」 朝会で先輩が絶叫する。 課長が満面の笑みで打ち水を先輩の口に注ぐ。 「涼しいか？」 「はい！！涼しいです！！！」 先輩の身体がぱんぱんに膨らんでいく……。 昼休み、体内が沸騰して先輩は死んだ。 オリンピックが始まる。

ホドラー/架旗透 @Hodler_SciFi

今朝は早めに家を出たが、それでも強化スーツが焦げる熱さだ。 あまりの熱さに前を歩く小学生が破裂した。返り血を浴びた老人が叫ぶ。 「校則を守れ！クソガキ！！」 放水車が歩道にこびりついた小学生を側溝に流し込む。 オリンピックが始まる。

ホドラー/架旗透 @Hodler_SciFi

次は昨日放水ドローンによる打ち水を頭部に受けて死亡した男性(63歳・無職)についてです…… 僕は寝床にうずくまりながらタブレットでニュースを眺める。 ときおり、放水ドローンから放たれる打ち水の轟音が響く。 眠れない夜が増えた。 オリンピックが始まる。

ホドラー/架旗透 @Hodler_SciFi

愛国精神を持て余した"打ち水ジジイ"達が歩道のいたるところで水を撒いている。 清々しくきらめくアスファルトとは対照的に彼らはかさかさに干からびている。 打ち水のために節水しているのだ。 やがて乾いた音とともに老人が弾ける。粉体化した血液がもうもうと舞う。 オリンピックが始まる。

ホドラー/架旗透 @Hodler_SciFi

誰よりも熱心に打ち水していた後輩が死んでいた。濡れタオルがぎちぎちに首を締めている。 同期の田中さんが泣きながらその娘の背中に温度計を突き立てる。 「なんだ…ちゃんと5度下がってるじゃん」 泣き笑いの彼女の顔に僕はそっと打ち水をかける。 「君もね」 オリンピックが始まる。

高丘哲次(の妻) @TetsujiTakaoka

マラソンのゴール地点、東京駅は濃い霧につつまれていた。 灼熱のアスファルトを冷やすため撒かれた打ち水は、地に落ちるたび瞬時に水蒸気となり、あたりに立ち篭めた。大歓声のなか、白煙を切り裂くように駅前広場に走り込んできたのは――自動小銃を抱えた男たちだった。 オリンピックが始まる。

東京ニトロ 🍉𝙏𝙤𝙠𝙮𝙤𝙉𝙞𝙩𝙧𝙤 @tokyonitro

「ＳＵＴＡＪＩＡＭＵ？」羽田で乗り込んだタクシーの運転手は俺にそう尋ねる、いやオリンピック会場じゃない、俺がそう言うと運転手は怒鳴る、「ＫＡＩＫＡＩＳＩＫＩ」「ＡＳＵＲＩＩＴＯ」運転手が笑う、ラジオから"感動"が流れる、俺は絶叫する、誰もが五輪に向かっている、オリンピックがはじまる

てんてん @tokoroten888

節水で干からびた人間達を詰込んだバイオ総武線の汽笛が東京都にこだまする。血液と体液の混じった打ち水の濃霧は、最早線路を脱して自走するバイオ総武線の黄色い車両を柔らかに包み込み、幾重の車両が餌に群がる蜈蚣のようにマラソン競技参加者が集う会場へと猛進している。 オリンピックが始まる。

ホドラー/架旗透 @Hodler_SciFi

靴が溶け、先輩が倒れこむ。アスファルトが顔面を焼く。 「チャンスチャンス！」 口々に叫びながら僕らは先輩に打ち水した。何度も。 煮崩れた野菜みたいになっていく先輩。 部長が手を振る。 「もういい！こいつは証明できなかったんだ！」 僕らは再び歩き始める。 オリンピックが始まる。

てんてん @tokoroten888

会議室の机の上でぶるりとスマホが震えていた。虚無アプリの更新通知にちらと目をやると、怒鳴り上司の詰めがなんだか一層激化した。そんなことよりも今日決まった”五輪出張”の方が憂鬱だ。ところが暗澹たる気持ちに打ち水ドローンが”水を差す”。圧縮された水圧が窓を震わせ、破壊し、がなりたてる上司

てんてん @tokoroten888

の頭部と右肩を吹き飛ばした。呆気ない”会議”の終わりに乾いた笑いが口から泡のように溶け出す。虚無アプリの更新が終わっている。解放された窓の向こうにたくさんのドローンが浮かぶ。ああ、出張はここから行こう。壊れた窓枠に向かって駆け出し、打ち水ドローンを手に掴む。 オリンピックが始まる。

ENTP @klucksan

平成最後の夏。そう騒いでいた八月。あのとき、平成最後の冬は実はもう終わっていて、十月になっても気温はさがらず、十二月になっても連日夏日を記録し、結局翌年の二月になって二日間だけ10度台を記録するとは誰も思っていなかった。あれから二年。常夏の極東の島で、オリンピックが始まる。

東京ニトロ 🍉𝙏𝙤𝙠𝙮𝙤𝙉𝙞𝙩𝙧𝙤 @tokyonitro

やっぱりオリンピックのボランティアが集まらないのは"感謝"が国民に足りないからじゃないの？まず全国民に光通信の営業経験を義務付け。ノルマ未達で帰宅禁止。受話器と手を癒着させる手術の義務化。プログラマーは死刑。これを立法化して竹中平蔵を"感謝改革省"の大臣にする。オリンピックが始まる。

ホドラー/架旗透 @Hodler_SciFi

打ち水に参加することで"いま一番高い下駄"がはけるらしい。 未来を約束された大学生が通りで僕らに水をかける。 「いやなら引っ込んでクールシェアでもしてろよ！」 手をかざして拒否すると、侮蔑と嘲笑に満ちた捨て台詞を吐かれる。 街は彼らの虚ろな笑い声で満ちている。 オリンピックが始まる。

東京ニトロ 🍉𝙏𝙤𝙠𝙮𝙤𝙉𝙞𝙩𝙧𝙤 @tokyonitro

マラソンを見に行こうと彼女が誘うので(彼女の誘いはいつもオーウェル的な響きを持っている)ぼくたちはスター・バックスのアイスソイ・ラテを持って銀座四丁目に向かった。沿道には白い帽子を被った高齢者がびっしりと列を作っていて、「カモメみたいね」と彼女は笑った。オリンピックがはじまる。

東京ニトロ 🍉𝙏𝙤𝙠𝙮𝙤𝙉𝙞𝙩𝙧𝙤 @tokyonitro

クール・シェアで解放されている三越のロビーで、僕たちはヴォルビックを飲んだ。応援していた老人たちが搬送されていく。「彼ら、ひとりぼっちじゃないといいわね」と彼女がつぶやく。大丈夫だと僕は言った。「夏の東京にひとりでいるやつなんかいないよ、ありえない」 オリンピックがはじまる

かとー機関 @katokikan

紙吹雪が舞っていた。 給与も年金もボランティア特別手当も。 焼けたアスファルトに円が降り積もる。 「和紙には断熱効果があります！」 先導車から都知事が叫ぶ。 聖火ランナーだ。 "Yukichi"が跳ぶ、世界へ雄飛する。 人々は無心に投げつける。 「工夫こそ日本の知恵！」 オリンピックが始まる。

東京ニトロ 🍉𝙏𝙤𝙠𝙮𝙤𝙉𝙞𝙩𝙧𝙤 @tokyonitro

そのとき沿道で爆発が起きる、爆風が三越のウィンドウを粉砕してカップルに突き刺さる、老人たちの白い帽子が舞う、救急車が熱中症の患者ごと横転して炎上する、フルオートの銃撃の音、弾より早く走れと誰かが笑う、ランナーの脚が落ちている、和光が時計塔ごと崩れていく、オリンピックかはじまる

かとー機関 @katokikan

猛暑こそチャンスという。 "Uchiwa! Uchiwa!" ボランティアたちが「うちわ」を配って回る。 スタンド席の観客全員に。 眼下には一心不乱に扇ぎ、叫ぶ5万人のスタッフ達。 生ぬるい上昇気流は、しかし少しだけ気持ちいい。 「プリーズ！クールジャパン！プリーッ！」 オリンピックが始まる。

東京ニトロ 🍉𝙏𝙤𝙠𝙮𝙤𝙉𝙞𝙩𝙧𝙤 @tokyonitro

クールシェアだと？😧ふ、ふざけるな😡😡😡できる社会人なら"""給与シェア""""🤓☝️給与を会社とシェアすることで""会社が""成長する💪💪💪どんどんサビ残して会社を成長させよう😋😋😋 オリンピックがはじまる

ホドラー/架旗透 @Hodler_SciFi

あまりの暑さにクールシェア店舗で休んでいたら先輩に見つかった。 顔面を殴られる。 「お前がシェアしなきゃいけないものはなんだ！！！」 僕は叫ぶ。 「"ありがとうございます"！！！」 そのまま首をつかまれ、灼熱の歩道に引きずり出される。 オリンピックが始まる。

東京ニトロ 🍉𝙏𝙤𝙠𝙮𝙤𝙉𝙞𝙩𝙧𝙤 @tokyonitro

まず最初に公式スポンサーの飲料が底をつき、次にあらゆるメーカーの飲料が店舗から消えた。物流の麻痺と生産体制の限界を前に、もちろんアスリートたちの水分補給が優先され、実行委員会が病院に生理食塩水の供出を求め始めたとき、ぼくたちはほんとうの祭典を目にするのだ。 オリンピックがはじまる

ENTP @klucksan

国立競技場は急ピッチで完成した。直後、反対派によって火が放たれる。東京消防庁の尽力と建築基準に基づいた競技場にダメージはない。防火規定がない木製ひさしは全て焼け落ちた。燻った木の匂いの中、直射日光が座席を突き刺す。真っ青な空がどこからでも見える。オリンピックが始まる。