Noism1×SPAC 劇的舞踊vol.4『ROMEO&JULIETS』埼玉公演を巡るツイートまとめ

Noism1×SPAC 劇的舞踊vol.4『ROMEO&JULIETS』埼玉公演 http://noism.jp/npe/n1_spac_romeo_juliets_saitama/ ■Noism http://noism.jp/ ■100年先の文化へと向かう『劇場』へ 続きを読む
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しもしんmobile @jlgodard04b

ラスト、単眼鏡でガン見したのだが、ロミオの亡骸と共に奈落へ落ちるときに至っても、ロザラインの両目は、「心」を持ってしまったアンドロイドのそれではなく、冒頭から終始変わらぬ無表情さを宿すのみであった。とすると、あの行為すらディストピアからのある種の離脱を表象するものとは考えにくい。

2018-09-18 05:37:26
しもしんmobile @jlgodard04b

この舞台でディストピアが提示されていたと見るなら、それはどこか?病棟ではない。監視下にあっても、愛する自由も、憎む自由も、なんなら絶望する自由もあり得たのだから。本当のディストピアが暗示されたのはラストだ。死ぬことすら、なぞられた身振りに過ぎないとしたら一切の自由は存しないから。

2018-09-18 05:46:19
しもしんmobile @jlgodard04b

そう考える根拠。舞台進行の流れとはいえ、もう3度目になる落下は見詰める目に対して既に衝撃を与えることはない。そうなる運命なのだ。他の人物が呆然とするのは、呆然とする自由の行使ではないのか。生きる上で、一切の高揚から程遠い「生」を生きざるを得ない存在がディストピアを暗示するだろう。

2018-09-18 05:56:15
しもしんmobile @jlgodard04b

twitterの字数制限から「運命」としてしまったが、アンドロイドであるロザラインに対してその語は似つかわしくはない。ならば、プログラムでどうか。もともとそこに搭載されていない「高揚」機能への憧憬が、バルコニーからジュリエッツを眺めてしまって以降の彼女を駆り立てていた動因ではないか。

2018-09-18 06:17:12
しもしんmobile @jlgodard04b

更に根本的な問題。「ロザラインは無事死ねるのか問題」或いは「奈落問題」。マキューシオ、ティボルト、ロミオは何れも死後、奈落に堕ちている。まだ作動中のロザラインをどう見ればよいのか?そもそも、病棟で患者たちが演じた設定なら、先の3人の死すら、我々が知る「生物の死」と同定し得るのか?

2018-09-18 06:41:24
しもしんmobile @jlgodard04b

それはまた、一度たりとも「奈落」を覗き込んでいない唯一の存在がロザラインであることから、「果たしてロザラインには奈落は存在するのか問題」としてもよいのかもしれない。

2018-09-18 06:47:24
しもしんmobile @jlgodard04b

まあ、マキューシオとティボルトは「死に体」で事切れるときに堕ちるので、「奈落に堕ちること」=「死」と見ることは可能だが、ロミオは異なる。人間存在の根本を揺るがす恐怖の対象としての「奈落」。

2018-09-18 06:59:34
Jo Kanamori / 金森穣 @jokanamori

高度情報社会で人は選択に多大なエネルギーを注ぐ。無意識に。それは過剰に能動的であることによって、受動する為のエネルギー(感度)を減退させる。すると人は、疑問を持つことを止め、ただ不満を募らせ、選んでいるつもりで選ばされているという人形状態に陥る。人形使いに想いを馳せることもなく。

2018-09-18 10:44:08
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