時計屋シリーズ2~腹黒百貨店の話~
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「でも、事故だと思われるのはしゃくだな」 「悪事だって誰にも分からないんだもんな。もっと手がかりを残してこれなかったの、配達係」 「外注した爆弾がうまくできすぎたせいだよ。仕入係」
2018-09-05 21:54:47実はテレビや新聞で、繰り返し正義の演説や主張を見聞きしたタロとジロがまたも卑劣なたくらみを働かせたのだ。 曇りなき善を語っていたのは、背の高い押し出しのいい立派な外国人。神州を焼き尽し、占領した鬼畜、と当初は思っていたが、実は自由と民主主義、平和の化身だった国の代表だ。
2018-09-05 21:56:22とある南の国を、北の恐ろしい国が襲って滅ぼそうとしている。そこが落ちれば、次々とほかの国に侵略は広がり、恐ろしい破滅が訪れる。 どんなに苦しい戦いでも、勝たなければ、絶望と悲嘆が世に満ちる。 「すごい正義だ」 「これまでにない輝かしい正義だ」 「本気だよこの人は」 「うん」
2018-09-05 21:58:14北の侵略を止める切り札の一つが、ある薬だった。それは北の尖兵が潜み近づいて来る暗く禍々しい森を枯らし、闇を払って白日のもとにさらし、自由の戦士達が喰いとめられるようにする、すばらしい力があった。 その薬の材料、中間製品を、実は神州のM化学の工場が盛んに作っていたのだ。
2018-09-05 22:00:20腹黒百貨店が工場を吹き飛ばしたのは、あくまでも悪事を働くためだったが、Y市の時と違って人的被害を出さなかったのが、逆に注目を浴び、新聞記者が嗅ぎ回った結果、思わぬ方向に飛び火した。
2018-09-05 22:02:30北の侵略を正義とみなす人々もおり、侵略を防ぐために木を枯らす薬の材料、中間製品を作るのは問題である訴え出したのだ。 とうとう国会でまで議題に上がり、M化学は大弱りになった。
2018-09-05 22:04:33「正義ってたいへんだね仕入係」 「まったくだよ配達係」 「自由の国と社会の国の正義の味方まで飛び回ってたぜ」 「お互いが犯人だと思ってるみたいだな」 「あいつらは鼻がいいからうかつに近づくなって師匠は言ってたっけ」 「くわばらくわばらだね」
2018-09-05 22:05:53しかし腹黒百貨店が尻尾を掴まれることはなかった。勉強熱心で狡猾で卑劣で邪悪だったから、どんな正義の味方も二人の影さえとらえられないのだ。
2018-09-05 22:06:42そんなタロとジロにも、唯一勝てない相手がいた。 敵、というか、味方、というか、取引先というか。 正体不明の人物、“時計屋”だ。
2018-09-05 22:07:39時計屋というあだ名は、腹黒百貨店がつけた。 はじめて時計屋を見かけたのは、とある過激派がばらまいた爆弾の時限装置についての地下出版物について、その欠点を手厳しく指摘する匿名の投書が、別のアングラ技術雑誌に載ったことによる。
2018-09-05 22:08:58「こいつ…悪玉だよ」 「どれどれ」 「こいつの言う通りに時限装置を直しても、うまく動かないんだ」 「分かっててやってるね」 「僕等と同じ匂いがする」 「悪玉だ」
2018-09-05 22:09:51返事があった。投書のかたちで。やりとりは個人的に行おうという提案だった。最初はつなぎをとるのに苦労した。 どちらも正体を絶対に明かさなかったからだ。
2018-09-05 22:11:49タロとジロはでたらめな住所を書いて罠を張って見たが、手紙は来ず、警察も調べには来ない。 でも二人がたまたま聞いていたラジオに「時計の忘れ物をした」というお便りの読み上げがあって、別の場所を指定してきた。
2018-09-05 22:15:00「どうして僕等が大阪にいるって分かったんだ」 「あてずっぽうだ」 「そんなことありえない」 「じゃあ時計屋、同じ方法をすべての主要都市で試す気だったんだ」 「聞いているかどうかわからないのに」 「…ひょっとすると…どうでもいいのかも」 「何が?」 「僕等のことがさ。ただの遊びなんだ」
2018-09-05 22:16:18真実は分からないが、指定した場所には置手紙と、正確な時限装置の設計図や説明書があった。手紙はタイプライターで打ってあって、字もインクも紙もありきたりすぎて探りようがなかった。
2018-09-05 22:17:30時計屋から連絡を受けるのは難しく、返事をするのはもっと難しかった。 例えばある西日本の大きな神社の境内に、手紙を、おみくじのフリをして結んで来いと、用紙つきで指示がある。わざわざ出かけていってそうする。 当然タロとジロはじっと誰かが手紙を取りに来るのを待ったが来ない。
2018-09-05 22:19:17とうとう台風が来る段になって、男がおみくじを外しに現れた。すわ時計屋かと思ってずっと監視していたが、どうやら社務所の人間らしい。 日が暮れ、夜が明けて、どうやらいっぱい食ったとタロとジロが顔を見合わせ、さりげなく聞いてみる。 「あのおみくじどうしたんですか」
2018-09-05 22:21:38「なんですか?」 「僕等が結んだやつ…なくなっちゃって」 社務所の人はばつが悪そうに答えた。 「以前は焚き上げてたんだけどね。消防署がうるさくて、今はちり紙として出してるんですよ」 「えー…」 「東京の方の業者さんだったかな」
2018-09-05 22:23:27古紙の集積所まで追いかけていったが、行方は分からなかった。 「こんなことあり得る?」 「あの古紙の山から僕等の手紙だけとれるはずないよ」 「でも紙にしかけがあったら?」 「時計屋は僕等をからかってるんだ」
2018-09-05 22:25:03密偵も警察もだしぬく、腹黒百貨店が唯一勝てない、謎の時計屋はしかし取引先としては申し分なかった。秘密を絶対に守り、尻尾は決して出さず、求めていた時限装置や発煙装置、何でも作ってくれる。対価は情報。
2018-09-05 22:26:32時計屋が支払いに求めたのは、さまざまな情報だった。 最初に欲したのは、正義と正義のぶつかりあい。学生運動といって、血に飢えた学生同士が、暴力団も青ざめるほど恐ろしい抗争をしていた。 二つのセクトがぶつかり、片方がもう片方の女学生を捕まえてアジトに引きずり込み、リンチにかけて殺せば
2018-09-05 22:28:47多くの逮捕者が出た抗争、ゲバルトとも言うそれについて、時計屋は詳しいことを知りたがった。表で踊る人形ではなく、人形使いについて。
2018-09-05 22:30:30