言葉の意味よりも誰が発言したかで判断される、その無意識の偏見について。

言葉の内容を汲み取ろうとする時、人は恐らく誰が発言したのかという発信者の人間性で、その言葉自体の意味までを無意識裏に湾曲してしまってるのかもしれない。そんなことをふと感じて、呟いてみた。
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@ishida1029
伝わらないってのは、自分の表現力欠如と相手の読解力欠如がうむ両者の能力の不釣り合いだ。あと、言葉の前にあるその人が発言している、という偏り。発言者の人間性によって言葉が湾曲されている。「無意識に」。言葉それ自体を見極める能力も必要。
@ishida1029
だから、有名作家の新作は内容の本質より以前に、その作者が書いたというバイアスがかかる。見極められていない。人気映画監督の新作も、監督バリューが効きすぎて作品に曇りがかかる。
@ishida1029
もし、誰かがおかしなことを言ってるなと感じたら、その発言者を、自分の尊敬する人や好きな人に置き換えてみよう。いかに言葉以前の偏見がかかってるかが身に染みる。そしてそれは怖い事だと思う。言葉に騙されるのではなく、自分の先入観に騙されてるのだ。
@ishida1029
特にTwitterなどの発言者の所在が確認できるツールは、その曇りがかかりやすい。孫正義の発言と、知らない人間の発言には、大きな差が生まれる。2chなどの無記名ツールでは、発言自体が100の意味を持つ。そういう観点で言えば、どちらが優秀なツールかどうかは判断し難い。
@ishida1029
誰が発言してるか、という差別化は、 情報の信憑性を判断するのに有効的。しかしその有効性が一人歩きして、「この人の言うことは信じられる、間違いない」という偏り過ぎた考え方になる。既にそれは宗教に近い。
@ishida1029
ムーミンのキャラクター、スナフキンの名言「あんまり誰かを崇拝するということは、自分の自由を失うことなんだ」 これは今までのtweetを言いえている。 誰の言葉か、ということでなく、どんな言葉か、を見極める力が求められる。ネットが流通する今、その能力はとても重要。
@ishida1029
それから、ネットの流通は個人の発言力を強くした。Twitterで誰でも情報発信、ブログを書くなど。そしてログとして世の中に蓄積される。したがって過去の発言も検索すれば出てくる。その人の発言にブレはないか、一目瞭然だ。だから自分の言葉に責任を持たなければならない。肝に銘じている。

コメント

柴田秋 @aki7ito 2011年4月30日
そういえば、実名を推す人たちは名前という文脈に依存して力を発揮できる人たちが多い気がしますねぇ…それが良いか悪いかはとりあえず棚上げしておきますけれど。
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