- love_suzume
- 5783
- 0
- 0
- 0
1. 「オーダーです!日替わりふたつ、鳥から、サバ味噌、刺身...」 仕事中の渋谷さんは、全然表情を変えない。 今だって...。 「刺身の...」 「味噌汁、豚汁に変更。りょーかい」 無表情でそれだけ言って、でも、手だけは忙しく動いてる。
2016-11-07 21:59:122. お客さんのことなんか全然見てないようで、ほんとは常連さんのオーダーの癖、全部頭の中に入ってるって最近分かった。 「カツ丼、あと5秒」 言われて、慌てて丼にごはんを盛って、手渡した。 一瞬だけ、目が合う。 私だけが...。 ドキドキしてるんだ、きっと。
2016-11-07 21:59:233. あの日から2週間が過ぎて、9月が来た。 前と変わったこと。 バイトが終わると、渋谷さんが毎日自転車で学校まで送ってくれる。 朝、パン屋さんの休憩中に、渋谷さんを電話で起こす。
2016-11-07 21:59:324. 彼氏...なんて、いたことないけど、こーゆーのって恋人同士がすることだって...。 私にだって分かる。
2016-11-07 21:59:415. 「ほい、カツ丼大盛り一丁」 急に目の前に出てきたカツ丼を慌ててお盆に乗せた。 「...ありがとうございます」 渋谷さんはもう、日替わりの生姜焼きをフライパンに並べてて、多分聞こえてないけど...そう言った。
2016-11-07 21:59:526. 「お待たせしましたぁ、カツ丼大盛りです!」 ぼーっとしてる場合じゃない。 仕事はちゃんとしなきゃ。 「あ、柚子胡椒、今お持ちします」 いつもカツ丼の時だけ柚子胡椒つけるんだった、このおじさん。 「あれ、どしたの、彼氏でもできた?」
2016-11-07 22:00:077. おじさんが突然言うから、柚子胡椒の瓶を落としそうになった。 「なーんか急に女っぽくなっちゃって、ねぇ」 おじさんは大声で周りに同意を求めて...。 「......やだなぁ、おだてたって何も出ませんよぅ、はい、柚子胡椒大盛り!お待たせー」
2016-11-07 22:00:198. 胡椒大盛りって! 騒いでるおじさんたちから離れて...。 空いた席のテーブル拭きながら顔上げた瞬間、カウンター越しに目が合って...。 私はまた、勝手にドキドキする。 ...................あ...今...。 ふって、唇を緩めて、下を向いた。
2016-11-07 22:00:289. え、笑った? 今、絶対笑った...よね? うそ、なんかすごい...レア。 あの渋谷さんが、笑うなんて。 それも仕事中に。 お姉さんお勘定ー! 別のお客さんの声が聞こえて。 「はーい、ありがとうございまーす!」 そーだ。 今朝の占い、1位だったんだぁ...。
2016-11-07 22:00:3710. 甘いような香ばしいような。 そんな匂いが流れてくる裏口の近くで、壁にもたれてしゃがんだ。 暮れかけた街並を眺めながら、すっかり秋やなぁなんて、しみじみしてたとき。 ドアノブががちゃって音を立てた。 「...渋谷さん?え...?」 「ん、たまたま通ったから」
2016-11-08 22:12:1211. 朝から晩まで、ほんまによー働く。 忙しい1週間のうち、この日曜日の夕方だけが、彼女の、何もない時間。 何もない言うても、帰って家事せなあかんみたいやけど...。 「ウソ。迎えに来た」 歩き出したら、ぴょこぴょこ着いてきた。
2016-11-08 22:12:2112. 「......たまには、ゆっくり休んだ方がええんちゃうか」 「大丈夫です。私すっごい丈夫なんで」 毎日毎日朝から働いて、夜は学校行って、帰ったら家事して...って、この子いつか倒れるんちゃうか。
2016-11-08 22:12:3313. でも、俺がそう言う度に大丈夫って明るく言うから、それ以上なんも言われへんようになる。 「今日、自転車じゃないんですね」 「あ...疲れてんのにごめんな」 「いえ...そういう意味じゃ...」 慌てて、顔の前でぶんぶん振ってる左手を捕まえて、指を絡めた。
2016-11-08 22:12:5114. とたんに静かになる。 この...。 手ぇつないだだけで真っ赤になってなんも喋らんよーになったりとか。 仕事中、偶然目が合っただけで、慌ててすぐ逸らしたりとか。 そーゆー初々しい反応がもう、いちいちかわいくてしゃーない。 そんなん横目で見て、ニヤニヤしてたら。
2016-11-08 22:13:0015. すれ違い様に声かけられた。 たまに行く古着屋の兄ちゃん。 なんかかんか、たわいない話して。 兄ちゃんは、で?みたいな顔で彼女を見る。 「ああ、これ、彼女」 兄ちゃんはどうもって頭下げて、彼女にちゃっかり店の紹介をして、帰ってった。
2016-11-08 22:13:1016. 「......し、渋谷さん、あの、今...」 「なに?」 「......彼女...って...」 「......え、不満ですか?」 慌ててぶんぶん首を振る。 真っ赤な顔で。 ......かわいーな、ほんま。 いつもはちゃきちゃきしてんのにな。
2016-11-08 22:13:1817. うーん...しかしまあ...。 どーしたもんやろな。 たまには休めってしつこく言ってんのも、もちろん働きすぎが心配ってのもあるんやけど。 それ以上に...。 俺も大人やし男やし。 そらもう、アレコレしたい気持ちもあるわけで...。 でも...なぁ...。
2016-11-08 22:13:2618. 心の中の煩悩の炎に水をかけながら歩いて、アパートの郵便受けの前で、立ち止まった。 「わざわざ、ありがとうございました...」 ぴょこんとおじぎして、顔を上げて...。 その瞬間、一気に“お姉ちゃん”の顔になった。 視線の先、家の窓には明かりが点いてて...。
2016-11-08 22:13:3819. 「......ほら、早よいかな。あいつら腹空かせて待ってるんやろ?」 ...そうは言うてみたものの...。 「......そうなんです、けど...あの...」 つないだ手、離せないのは俺の方で...。 そのまま引き寄せて、ぎゅって抱きしめてしまった。
2016-11-08 22:13:4920. まだ、もうちょい一緒におりたい、なんて。 この子の背負ってるもん考えたら軽々しく言われへん。 彼女はただただ固まってて。 何やろ、もう勢い? 上向かして、キスした...。
2016-11-08 22:14:0021. びくって彼女の身体が反応して、ようやく離れると、あたりをキョロキョロする。 「...あ...ごめんな、こんなとこで」 ほんまはもっと、雰囲気えーとことか...ちょっと考えてたりしたんやけど。 帰り道の別れ際でって、中学生か、俺は...。
2016-11-08 22:14:2222. 「お姉ちゃん、聞いてる?」 慌てて顔上げたら妹と至近距離で目が合った。 「みーず、出しっぱなしですけど」 シンクの中、ヤカンから水が溢れてて...。 慌ててバルブをひねった。 頭の中はもう、沸騰しそう。
2016-11-09 21:59:4323. だって、だってさっき...。 渋谷さん、私に...。 キスした、よね...。 何、夢? じゃないはず...。 だって、ほんの一瞬だったのに、今も唇が熱い...。 「お姉ちゃん」 「え」 「お姉ちゃんって...かわいい」 え。 何それ...。
2016-11-09 21:59:5124. 「いいことあったの、すぐわかるもん」 ......................。 “彼女”だって言われたの。 当たり前みたいに。 あのお盆休みの日から、なんとなくそんな感じで...。 おじちゃんだって、完全に私たちをカップル扱いするし...。
2016-11-09 22:00:0225. でも、はっきり好きだとか付き合ってとか、そういうの...言われたわけじゃなかったから。 私...って...。 渋谷さんの彼女...なんだ...。 嘘、みたい。 どうしよう。 こんなの初めてで、もう、ほんと、どうしよう...。
2016-11-09 22:00:11