続・渋谷さんの黒い自転車

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hikari∞短めのお話 @love_suzume

1. 「それ、あまり?」 しおれかかったキュウリを冷蔵庫に入れようとした時。 「あぁ...明日、まかないで使おうかと...」 「とっといて。あの子にあげよう」 おっちゃんはそう言って、鼻歌混じりで厨房を出てった。

2015-09-14 22:06:43
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2. またや。 昨日も見た。 古くなった野菜とか、店で出されへんような肉の切れっぱしとか。 おっちゃんが店の裏口の前であげてんの。 まだ若いのに、ほんまにくるくるよー働く、女の子。

2015-09-14 22:06:55
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3. いっつも古いデニムにTシャツっていう年ごろの女の子らしくないかっこで、長い髪をひとつに結んでて。 先週から店で働いてる。 昼前から夕方までくるくる働いて、夜に学校行ってる。 って、直接聞いたわけちゃうんやけど、なんとなく雰囲気で、そーなんかなって。

2015-09-14 22:07:13
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4. 「渋やん、ちょっと、一杯だけ」 酒好きのおっちゃんは店を閉めるとグラスに一杯だけビールを飲む。 で、俺は付き合うハメになる。 早く帰って寝たいのに。 「...俺はさぁ...ほんと見てるだけで涙でてくるんだよ」 おっちゃんは聞きもしないのにポツポツ話し始めた。

2015-09-14 22:07:23
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5. 「まだ18だぜぇ?なのにちっちゃい妹と弟抱えてさぁ...。あいつあんなとこでアホみたいな死に方しやがって、俺は死んでも許せねぇ...」 「.........」 おっちゃんの、親友の、娘らしい。 元々おかんはおらんかった、らしい。

2015-09-14 22:07:34
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6. 飲んだ帰りにフラフラ歩いてたら、車に轢かれて、お陀仏。 それが、2年前。 「俺がもっと助けてやれたらいいんだけどなぁ、うちもカツカツだから...。雇ってやるくらいしかできねーんだよぉ...」

2015-09-14 22:07:44
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7. 気持ちの優しい人なんや、と思う。 俺みたいな...ならず者すら拾ってくれて、何の技術も経験もないのに、一から料理仕込んでくれて。 「うち息子ばっかだからさ、娘いたらこんな感じかなーって」 おっちゃんは涙目で言う。

2015-09-14 22:07:55
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8. ヒゲ面のクマみたいなおっさんと、むきたてのゆでたまごみたいな彼女は、まったくもって似ても似つかないけど。 「うちのヤツらどれでもいーから結婚して嫁に来てくんねーかなぁ...」 おっちゃんはそんな勝手なこと言って、目頭をぬぐった。

2015-09-14 22:08:04
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9. それから...。 くるくる働く彼女が自然と視界に入ってくるようになった。 それはきっと...。 今どきキャバクラ嬢でもせんような昭和な身の上話に興味がわいたから。 多分、それだけ。

2015-09-14 22:08:17
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10. この辺一帯は工場地帯で、昼どきになると作業着のおっさんが一斉に昼メシ食いに来る。 彼女はすぐに常連の“いつもの”を覚えて、すっかり看板娘になった。

2015-09-15 22:24:37
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11. なんとゆーか...客あしらいがうまいねんなぁ。 「お嬢ちゃん、ここんちの子?」 「え、やだ、似てます?」 彼女は厨房のおっちゃんを振り返る。 「おやっさんに似てないべっぴんだなと思って」 「わぉ、嬉しい、オマケしちゃう!」

2015-09-15 22:24:48
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12. 特盛りだよーって麦茶満タンにして、おっさんらがなんだよ麦茶かーって笑って。 なんかほのぼのすんねんなぁ...。 客もみんな自分の娘みたいに思ってる感じであったかい。

2015-09-15 22:24:58
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13. いるだけで、空気がほっこりするような...。 とても、おっちゃんが言うてたような...いろんなもん背負ってるように見えへんというか...。 見せない、のかもな。

2015-09-15 22:25:06
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14. 一段落して、まかないの時間。 「昨日、ありがとうございました」 生姜焼き皿に盛ってたら、米よそいにきた彼女が小さい声で言う。 昨日、おっちゃんに残業に頼まれた彼女は、くるくる動きながらずっと時計気にしてた。 やから、休憩ついでにチャリンコで送ったってん。

2015-09-15 22:25:25
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15. 「...栄養士なんの?」 着いた専門学校がそっち系やったから。 彼女はぱっと俺の顔見て、少し赤い顔で頷いた。 「...前から思っててんけど...お前、よー食うな」 ほんま、この細っこい体のどこに入んねんってくらい、いっつもめっちゃ大盛りやねん。

2015-09-15 22:25:36
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16. 彼女は慌てて、丼に山盛りのごはんを半分くらいジャーに戻した。 「や、ええねんで、別に」 丼ぶんどって、また大盛りにする。 キレイになんでもバクバク食べんのは見てて気分ええし。 「...渋谷さんのまかない、いっつもすっごいおいしいから...」

2015-09-15 22:25:48
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17. 「.........そ...っすか...」 「...これ、いただきます!」 生姜焼きと丼持って、出てった。 ............。 初めて、やってん。 面と向かって、誰かに、おいしいって言われたの。

2015-09-15 22:25:57
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18. それから...。 まかないつくんのちょっと楽しくなった。 店終わってから冷蔵庫のあまりもんチェックして、明日のメニュー考えたりして。 カレーでも回鍋肉でも親子丼でも、なんでも大盛りで食べてくれる彼女を見るのが、いつの間にか楽しみになってた。

2015-09-16 22:17:21
hikari∞短めのお話 @love_suzume

19. 店は日曜が定休で、とはいえこれといってすることもないわけで。 昼からパチンコ行って、夕方そこそこで切り上げて、チャリンコで商店街を抜ける途中。 「いーから持ってきなさい!」 豆腐屋のおばちゃんと彼女が押し問答してるとこに出くわした。

2015-09-16 22:17:35
hikari∞短めのお話 @love_suzume

20. 「ほら、これとこれ...」 おばちゃんは彼女の持ってたエコバッグになんかいろんなもん詰め込んで、「娘みたいなもんなんだから」って笑った。 彼女は少し困った顔で、お礼を言って...。 顔あげた瞬間、俺に気づいて、困った顔のまま会釈した。

2015-09-16 22:17:49
hikari∞短めのお話 @love_suzume

21. 「おじちゃんから...何か聞いてます...よね?」 通り道やし、重くなったバッグをチャリンコのカゴに入れてやって、家まで送ることにした。 「...まぁ...なんとなく、やけどな」

2015-09-16 22:18:02
hikari∞短めのお話 @love_suzume

22. 「商店街のみんなが...おじちゃんも、すごく良くしてくれて...。恥ずかしいんですけど、こういうのないとほんと食べるものなくって...」 確かに、あの店のバイトだけで家賃と光熱費と三人分の食費と...学費か。 無理やろな...。

2015-09-16 22:18:17
hikari∞短めのお話 @love_suzume

23. フツーの18歳は友達と旅行行ったり彼氏とデートしたり、いっちゃんええときやのになぁ...。 いたたまれない気持ちになって、そのまま黙ってもーて...。 彼女も、いっつも客と喋ってるような明るさはなくて...。 そのまま、古いアパートの前で立ち止まる。

2015-09-16 22:18:28
hikari∞短めのお話 @love_suzume

24. 「すいません、なんか」 「なんで?」 「......いえ...ありがとうございました」 バッグ渡して、じゃあって言おうとしたら。 盛大に腹が鳴った。 そーいや昼メシ食べそびれたんやった...。

2015-09-16 22:18:37
hikari∞短めのお話 @love_suzume

25. くすっと笑った感じがして。 「あの...よかったら、夕飯、一緒にいかがですか?」 「え...」 「あ、お時間あったら...ですけど」 食材、たっくさんあるんで! 彼女はバッグを掲げて、笑った。

2015-09-16 22:18:48
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