確か、彼らは常に"すぱい"という名の"裏切り者"に怯えていた。いつ背を斬られて殺されてもおかしくはない。味方の中にそんな輩が混ざり込んでいるかもしれない―――と。あるものは恐怖に顔を引きつらせ、あるものは正体を暴き出そうと躍起になっていた。24
2019-01-14 00:52:05仲間を常に疑ってかかるなどという考えは、シドーにとっていつまでも受け入れ難いものだった。見えない敵を仲間の誰かだと断定し、疑いと嘘で塗り固めようとするなど、と。そう思っていた。25
2019-01-14 00:52:31数日前、魔物にすり替わっていた兵士を数人暴き、始末したのは覚えている。それでも、魔物との内通者がいるという噂も、疑心暗鬼な空気も無くなることはなかった。26
2019-01-14 00:53:32確かに、ムーンブルク城の中に敵は存在した。だからと言って、未だ親しい者まで疑い続ける理由がいつまでもシドーにはわからなかった。近衛兵までもが、「王すら疑え」と耳打ちをする国など―――馬鹿げている。27
2019-01-14 00:54:01絶対的な信頼を置く相手すらも疑うとするなら、一体何が彼らの正義になり得るのだろう。 自分なら何があってもビルドのことを迷わず信じるのに、と。28
2019-01-14 00:55:13しかし。 雪の降り積もる中、寒さに少し赤くなった顔に不安げな色を浮かべていたビルド。 そう、その時―――彼にラーの鏡を向けられた時も。 訳のわからないまま、彼の作った牢に入れられた時も。29
2019-01-14 00:55:57寂しかった。悲しかった。ただただ、絶望した。 "見放された"?"捨てられた"? そんな負の感情が、シドーの思考回路をぐちゃぐちゃにした。30
2019-01-14 00:56:14そして、今まで貫いていた自分の中の考えが、緩やかに崩れ落ちていく。"相棒"とは、なんなのか。"仲間"とは一体なんだったのか、と。自問しても答えが出るどころか、考えれば考えるほど気が遠くなっていくような感覚に陥った―――。31
2019-01-14 00:56:41―――きっと、あの時はこうするしかなかったんだ。仕方のないことだったんだと、必死に理解しようとした。 だから、本当に"理解しようとした"のなら、「信じていたのに」なんて、本当に場違いな責め言葉だ。そんなことはわかっていた。33
2019-01-14 00:57:26他の奴はどうなのか知ったこっちゃない。だけど、アイツは、アイツだけは。 他人を―――"俺を裏切る"なんてことは、絶対にしない。 …わかっていた。今となっては、"信じたかった"というのが正解なのだろうと。嫌でもそう思い知る事となった。34
2019-01-14 00:58:18破壊者たるシドーと、創造者であるビルド。彼らを強く結び付け引き寄せ合った運命の糸が、決して交わる事なく、相容れないものと仮定されていたんだとしても。心のどこかで、「俺達なら」と。感情論でも理論でもない。そう信じていた。"信じたい"という気持ちを、唯一の希望を捨てたくなかった。35
2019-01-14 00:59:58そう、それが全て独りよがりなものだったとしても。 "裏切られた"なんて、思いたくなかった。 ビルドが"自分を裏切った"だなんて、なおらさ思いたくなんてなかった。36
2019-01-14 01:00:23―――"裏切り"という言葉に定義が存在するのなら、それは"当人がどう思うか"というところが結局のところ全てなのだろう。信頼とは、人間の心にとって何よりもかけがえのない要素であり、同時にたった一言の言葉で、たった一回の行動で、無惨にも壊れてしまう。37
2019-01-14 01:00:45一方の人物にあ"壊した自覚はまったくなかった"として、もう一方に"壊れてしまった、壊されてしまった"との確実な自覚があるのだとしたら。果たして後者にとって、どちらが真実となるのか―――そんなことは火を見るよりも明らかだろう。38
2019-01-14 01:00:56だからこそ、"裏切られた"と思ってしまいそうになる自分に、言葉で言い表せない焦燥感を覚えた。 そして、そう思ってしまった方が楽になれる事も、わかっていた。39
2019-01-14 01:01:35"何があっても、ビルドのことを迷わず信じる"。 その決意すら簡単に抉り取られ、出来てしまった深い傷跡からは希望が次々と落ちては消えていく。 ああ、きっと―――全部捨ててしまえば、誰も信じなければ、何もかも壊してしまえば、俺は楽になれる。こんなに苦しむことも、きっとなくなる―――。40
2019-01-14 01:02:11だけど。 (…やっぱり、そんなのは) 嫌だった。まだ信じていたかった。彼を信じる事を、やめたくなかった。そう慟哭する感情が、シドーの中にはまだ残っていた。その気持ちは心の奥底で、思考回路が"諦め"に切り替わってしまうことを必死に拒絶していた。42
2019-01-14 01:03:11「どうすれば、いいんだ」 シドーの小さな声が、静寂を破った。それが少し震えていたのは、寒さのせいなのか、はたまた感情の揺らぎが原因なのか―――彼すら知り得ないまま、言葉は薄暗い闇へ溶けていく。44
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