龍カフェは龍がめっちゃいるカフェ。 とぐろを巻く東洋の龍のそばで烏龍茶を飲んだり、黄金の上に眠る西洋の龍の翼の下で紅茶を飲んだり。
2019-01-27 20:44:29どうするシャッター通りと化した昔の商店街のあいだにぽつんと 「龍カフェやってます」 「在籍八頭」 「人なつっこい子ばかりです」 みたいな黒板アートあったら。 まあ見なかったふりして通り過ぎるわな。
2019-01-27 20:46:38マナミもそうしようとしたんだな。 病院からの帰りだし、だいたい一人でお店に入る習慣とかない。コンビニかファストフードでもないとちょっとみたいな。 ただね。家はほら、隣で環状なんとか線の工事をやっててくっそうるさい。宿題も家事もとてもやれる感じじゃない。
2019-01-27 20:48:27しんどいのは、里親のヒノリさんがごめんねって謝るんだな。 ヒノリさんはマナミを引き取るために、わざわざ看護師の寮を出てアパートを借りた訳だけれども、安いには安いなりの理由があって、真横にでかい道路が通る計画があって、住み始めてすぐそのクソうるさい作業をしだした
2019-01-27 20:50:51まあ立ち退きさせられた人達に比べればいいかもしれんけど、完成した暁にはビュンビュン車が通る訳でやってられないよね。マナミには分からん話ではあるが、容積率も変わるので、安アパートなんか取り壊して建て替えになる可能性もかなりある。
2019-01-27 20:51:59だからこう、家に戻ってもなあという感じでな。 「センターいくね」 とまだ仕事中のヒノリさんには連絡したのだが、あとで確かめたところいつも行ってる市民センターは休館日だった。
2019-01-27 20:58:14市民センターは図書館を建て替えた複合施設で児童館とか体育館とか市役所の出張所とかも併設になってて、Wi-Fiもあり、食堂や自販機で飲み食いしなければお金もかからない。 ただそういう便利な場所だけにほかの子供が集まり、マナミをからかってくるのでそこはうっとうしい。
2019-01-27 20:59:57マナミはアレルギー皮膚炎がひどくて、それで里親のヒノリさんが勤めている大学病院で診てもらっているのだが、ステロイドも効かないので気休めの漢方みたいのを処方してもらってる。 ひどいと言っても痛いとか苦しいとかじゃなくて、ちょっとかゆいぐらいなんだけど、見た目はきもちわるい。
2019-01-27 21:01:54肌の一部が白っぽく固くなって魚の鱗みたいになるやつで、今は左腕の肘と、脇腹と背中、両膝とあと耳のうしろにちょっと出ている。耳の後ろのやつは髪で隠せているからいいけど、このまま顔にまで出たら嫌だなという不安がある。
2019-01-27 21:04:52あと時々、においがするのか、犬やら猫やら、動物にすごい嫌がられる、というか怖がられる。おかでげマナミはこの年までペットを抱っこした経験がない。里親のヒノリさんは動物好きなのでそれを考えると申し訳ない気持ちになる。 まあ、そういう毛色の違いに子供は敏感なもの。
2019-01-27 21:07:23体育の時間に着替え中、マナミの皮膚炎をほかのクラスメートが目にしたり、クラスメートの親が連れて散歩している犬が、マナミに悲鳴を上げたり、あれこれすれば、だんだんと奇異の目が向く。
2019-01-27 21:09:58ヒノリさんはきちっと診断書を出して、うつったりする病気ではないと説明してるし学校側も承知しているのだが、やはりプールを一緒にさせるのはやめてくれみたいな苦情が入って来る。マナミは空気を読んで見学する。先生はほっとした感じになる。
2019-01-27 21:10:52という訳でマナミはあまりほかの子供と折り合いがよくない。ぶっちゃけると軽いいじめと無視の中間あたり。 なので、いつも行く市民センターでも、図書館のなるたけ奥まったところで宿題をし、終わったら本を読んでいる。Wi-Fiでゲームもしたいけど、図書館でやると司書の人が良い顔しないので我慢。
2019-01-27 21:13:02里親のヒノリさんは詳しい事情を知ったらきっと学校と話し合いをしたり、ほかの保護者と談判しようとするだろうが、ただでさえ看護師の仕事で同僚のシフトを代わったりして手が回らないところへそんなことをさせるのは気の毒だ。
2019-01-27 21:14:16まあマナミはそこまで大人みたいに事細かに考えている訳ではないけど、なんとなく大事にしたくないので、あまり誰かに助けを求めたりはせずにやり過ごしてきた。
2019-01-27 21:14:56話がだいぶそれた。 龍カフェのことだ。 大学病院にほど近い商店街のシャッター通りに、あった。 アーケードの入り口そばにある調剤薬局を出て、市民センターではなく家の方へゆくコミュニティバスの停留所をめざして、いつもは通らないさびれた道を歩いていき、見つけたのだ。
2019-01-27 21:18:08龍カフェ。 マナミは首をかしげ、黒板アートのつもりらしい、へたくそな字をながめ、眼鏡を直し、ついでに耳のうしろの皮膚炎をちょっと掻いた。よくない癖だがついやってしまう。 「Wi-Fiあります」 の表記が気になる。
2019-01-27 21:20:30「コーヒー800円」 高い。マナミはお小遣いをちゃんともらっているし、ヒノリさんのシフトによっては一人で夕ご飯を食べたりもしている。でも無駄遣いはしたくない。
2019-01-27 21:22:11男はとても丈が高く、明らかに外国人だった。肌は真黒で、髪は渦巻く房がいくつも伸びているのを後ろで縛っている。額は秀で、唇は厚い。でもとても整った顔立ちだった。 一方でマナミは同年代としても背が低く、丸まっこくて、眼鏡ごしの目つきはよくない。なんとなくぱっとしない。
2019-01-27 21:25:16「ケーキもありますよ」 店員の言葉は流暢だった。 マナミはぺこりと頭を下げて先を急ごうとした。 「朝から、お客さんが一人も入ってないんです」 背後から悲しげな声が追いすがってくる。青銅の鐘が鳴るような厳かで美しい響きだが、内容は情けない。
2019-01-27 21:27:26「このままだと、せっかく作ったケーキを捨てないといけないんです…」 マナミは立ち止まった。 「ケーキも150円でおつけします」 しめたと店員はたたみかける。 「それにうちのドラちゃん達はみんなすごくかわいいんですよ」
2019-01-27 21:28:56