三重県総合博物館(MieMu)「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」2015.11.13

2015年11月13日に三重県総合博物館(MieMu)の企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」を見に行った記録です。 ※すでに終了しています。
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Ruby & Emmeline @ruby_emy

2015年11月13日、三重県総合博物館(MieMu)の 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 を見に行きました。ちなみに津駅からは歩きました。 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/SakPn86k61

2019-05-19 21:15:06
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リンク Wikipedia 三重県総合博物館 三重県総合博物館(みえけんそうごうはくぶつかん、英語: Mie Prefectural Museum)は、三重県津市の三重県総合文化センター前にある公立の博物館。 「三重県立博物館」として1953年(昭和28年)6月に開館した。博物館の建物が耐震基準を満たさないため、2007年(平成19年)10月10日より展示室を閉鎖することとなり、2011年(平成23年)1月から2014年(平成26年)にかけて三重県総合文化センターの隣接地に新しく博物館が建設され、同年4月19日に現名称で再開館となった。なお、前述の展 4
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2015年11月13日 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ〜ホンダのF1と鈴鹿サーキット〜」 動画撮影 1:50 #三重県 #F1 #鈴鹿サーキット pic.twitter.com/RKAQjmut0d

2019-05-17 00:04:11

ロードレーサー

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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 HONDA RC142(1959) 1959年のロードレース世界選手権第2戦イギリスGP/マン島TTでチーム優勝したときのマシンです。 #三重県 #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/3KrMGqz6Zs

2019-05-19 21:19:32
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リンク Wikipedia ホンダ・ロードレーサー ホンダ・ロードレーサーは、本田技研工業が製造したロードレースに使用する競技用オートバイである。 C70Zは、1957年型250ccワークスマシンのロードレーサーである。第2回全日本オートバイ耐久ロードレースでは、4位 - 7位となる。ホンダはこのレースのためにC70Zを自家用機で空輸した。 C75Zは、1957年型350ccワークスマシンのロードレーサーである。C75Zの350ccエンジンは、250ccマシンC70Zのエンジンのボアアップ版である。第2回全日本オートバイ耐久ロードレースでは、1位 - 5位

F1マシン

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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 HONDA RA272(1965) その1 1965年のF1メキシコGPでリッチー・ギンザーがホンダにF1初勝利をもたらしたマシンです。 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/cbt87FeFp4

2019-05-19 21:24:09
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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 HONDA RA272(1965) その2 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/YB3dlWgJR9

2019-05-19 21:24:10
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リンク Wikipedia ホンダ・RA272 ホンダ・RA272は、ホンダが1965年のF1世界選手権参戦用に開発したフォーミュラカー。ホンダがF1初優勝を記録したマシンである。 1964年に登場したRA271に続く2作目のホンダ製F1マシン。この年限りで1.5リッターエンジン規定が終了するため、完全なニューマシンは製作せず、RA271をベースに開発を行った。チームにはテストドライバーとしても優秀な腕をもつリッチー・ギンサーが加入した。 RA272は48バルブ、1,495.28cc の水冷V型12気筒エンジン (58.1 x 47.0 mm) を横置
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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 メインの展示スペースには、80年代以降の5台のマシンが展示されていました。 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/R4OYnH5N0b

2019-05-19 21:29:23
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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 WILLIAMS HONDA FW10(1985) 1985年のF1GP全16戦のうち4勝を挙げたホンダのV6ターボエンジンを搭載したマシンです。 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/CwceWTbMLr

2019-05-19 21:31:43
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リンク Wikipedia ウィリアムズ・FW10 ウィリアムズ・FW10 (Williams FW10) は、ウィリアムズが1985年のF1世界選手権参戦用に開発したフォーミュラ1カーで、パトリック・ヘッドが設計した。 前作FW09ではアルミニウム製のモノコックを採用していたが、FW10のモノコックはウィリアムズとしては初となるカーボンファイバー製となった。あわせてモノコック全体を覆うエンジンカバーと一体のボディカウルが廃され、成型されたモノコックの表面がそのまま車体の表面を兼ねる構造となった。この年から、Canonのスポンサーシップが開始。以後1993
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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 McLAREN HONDA MP4/5B(1990) その1 アイルトン・セナが2度目のワールドチャンピオンを勝ち取ったマシンです。 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/tchc7WfSV6

2019-05-19 21:35:17
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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 McLAREN HONDA MP4/5B(1990) その2 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/7f8xhhluAB

2019-05-19 21:35:18
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リンク Wikipedia マクラーレン・MP4/5 マクラーレン・MP4/5 (McLaren MP4/5) は、 マクラーレンが1989年のF1世界選手権参戦用に開発したフォーミュラ1カーで、ニール・オートレイが設計した。1990年シーズンには改良モデルのMP4/5Bを投入した。 1989年、1990年に2年連続してドライバーズタイトルとコンストラクターズタイトルを獲得した。2シーズンの通算成績は、16勝、27ポールポジション、獲得ポイントは263であった。 1989年シーズンは、ターボエンジンが前年で終了し、全チームが自然吸気エンジンとなる最初の年であ
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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 TYRRELL HONDA 020(1991) その1 中嶋悟が引退する年に乗っていたマシンです。 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/pj9pnoMJ2d

2019-05-19 21:37:23
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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 TYRRELL HONDA 020(1991) その2 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/FQ2ZFOsMFG

2019-05-19 21:37:24
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リンク Wikipedia ティレル・020 ティレル・020 (Tyrrell 020) は、ティレルがF1世界選手権参戦用に開発したフォーミュラ1カー。020は1991年の開幕戦から最終戦まで、020Bは1992年の開幕戦から最終戦まで、020Cは1993年の開幕戦から第9戦まで実戦投入された。 1990年シーズンに実戦投入した019に引き続いてアンヘドラルウイングを採用。フロントダンパーは018以来継続するモノショック方式。 エンジンはカスタマー仕様のフォードDFR (V8) に代わり、ホンダのワークスV10エンジンを獲得。前年のチャンピオンエ
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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 BAR HONDA 006(2004) その1 佐藤琢磨が乗っていたマシンです。 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/aFVjOqgaeT

2019-05-19 21:39:57
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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 BAR HONDA 006(2004) その2 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/1BXzi2GwH8

2019-05-19 21:39:59
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リンク Wikipedia B・A・R 006 B・A・R006は、B・A・Rが2004年のF1世界選手権参戦用に開発したフォーミュラ1カー。2004年の開幕戦から、最終戦まで実戦投入された。デザイナーは、ジェフ・ウィリス。 シーズンオフのテストでは、2005年の新レギュレーションに対応したB・A・R067(通称カラス)が使用された。 2003年シーズンにおいて005には、エンジン、ハイドロリック系統など様々な所で信頼性に関する問題が発生した。006ではこれらの解消を図りながら、更なる速さを求めてタイヤを参戦以来のブリヂストンからミシュランに変更した。
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2015/11/13 三重県総合博物館(MieMu) 企画展「SUZUKA 夢と挑戦のステージ~ホンダのF1と鈴鹿サーキット~」 HONDA RA107(2007) その1 車体からスポンサー広告を無くして、地球をイメージした「アースカラー」を採用したマシンです。 #三重県 #F1 #F1GP #鈴鹿サーキット #HONDA pic.twitter.com/uox4iDKhSX

2019-05-19 21:43:44
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コメント

文里 @wenly_m 2019年5月19日
見栄でこんな展覧会をやってるのか
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Ruby & Emmeline @ruby_emy 2019年5月20日
wenly_m コメントありがとうございます。この展示は4年前の期間限定の企画展示で、すでに終了しています。
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