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西陣 岡本 @okamotoorimono
工場で写真を撮りたいと思ったのは、谷崎潤一郎の陰翳礼讃の影響です。 西陣織 金襴は、ほんまは蛍光灯の明かりではなくて、お堂の暗がりの中にひとさしの光や、ろうそく、ほのかな灯りで観るのがとても美しい布です。 その陰翳の美しさを表したいと思いました。 pic.twitter.com/XAwCXH0yJM
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西陣 岡本 @okamotoorimono
諸君はまたそう云う大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く外の光りが届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い庭の明りの穂先を捉えて、ぽうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。
西陣 岡本 @okamotoorimono
その照り返しは、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい金色の明りを投げているのであるが、私は黄金と云うものがあれほど沈痛な美しさを見せる時はないと思う。
西陣 岡本 @okamotoorimono
そして、その前を通り過ぎながら幾度も振り返って見直すことがあるが、正面から側面の方へ歩を移すに随って、金地の紙の表面がゆっくりと大きく底光りする。 決してちらと忙がしい瞬きをせず、巨人が顔色を変えるように、きらり、と、長い間を置いて光る。
西陣 岡本 @okamotoorimono
時とすると、たった今まで眠ったような鈍い反射をしていた梨地の金が、側面へ廻ると、燃え上るように耀やいているのを発見して、こんなに暗い所でどうしてこれだけの光線を集めることが出来たのかと、不思議に思う。
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それで私には昔の人が黄金を佛の像に塗ったり、貴人の起居する部屋の四壁へ張ったりした意味が、始めて頷けるのである。 現代の人は明るい家に住んでいるので、こう云う黄金の美しさを知らない。
西陣 岡本 @okamotoorimono
が、暗い家に住んでいた昔の人は、その美しい色に魅せられたばかりでなく、かねて実用的価値をも知っていたのであろう。 なぜなら光線の乏しい屋内では、あれがレフレクターの役目をしたに違いないから。
西陣 岡本 @okamotoorimono
つまり彼等はたゞ贅沢に黄金の箔や砂子を使ったのではなく、あれの反射を利用して明りを補ったのであろう。 そうだとすると、銀やその他の金属はじきに光沢が褪あせてしまうのに、長く耀やきを失わないで室内の闇を照らす黄金と云うものが、異様に貴ばれたであろう理由を会得することが出来る。
西陣 岡本 @okamotoorimono
私は前に、蒔絵と云うものは暗い所で見て貰うように作られていることを云ったが、こうしてみると、啻に蒔絵ばかりではない、織物などでも昔のものに金銀の糸がふんだんに使ってあるのは、同じ理由に基づくことが知れる。 僧侶が纏う金襴の袈裟けさなどは、その最もいゝ例ではないか。
西陣 岡本 @okamotoorimono
今日町中まちなかにある多くの寺院は大概本堂を大衆向きに明るくしてあるから、あゝ云う場所では徒らにケバケバしいばかりで、どんな人柄な高僧が着ていても有難味を感じることはめったにないが、由緒あるお寺の古式に則った佛事に列席してみると、
西陣 岡本 @okamotoorimono
皺だらけな老僧の皮膚と、佛前の燈明の明滅と、あの金襴の地質とが、いかによく調和し、いかに荘厳味を増しているかが分るのであって、それと云うのも、蒔絵の場合と同じように、派手な織り模様の大部分を闇が隠してしまい、たゞ金銀の糸がとき″少しずつ光るようになるからである。
西陣 岡本 @okamotoorimono
陰翳礼讃の一部をだだだだ~っと連続で投稿させていただきました。 皺だらけな老僧の皮膚、佛前の燈明、金襴は最高のトリオだそうです。

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