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ペットの納骨?往生?ともに暮らしたペットはどこへ?

7月8日(月)に放送されたNHKの「おはよう日本」で放送された浄土宗におけるペットの往生の考え方に対するツイートをまとめてみました。 番組で伝えられた内容は、あくまで一研究者・一僧侶による研究成果の発表・見解です。 番組の説明・まとめにも不足・誤解がありましたので、ご理解には十分なご注意を。
ペット 仏教 畜生 極楽浄土 おはよう日本 念仏 浄土宗 宗教 六道輪廻 NHK
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## まずは放送に対するご本人の補足です。

石田一裕 @lokottara
【ご報告】 本日、NHKおはよう日本にて、研究を取り上げていただきました。 私が研究で行ったことは、私自身がペット(仏教でいうと畜生という境涯に属しています)も極楽浄土に往生するという解釈を打ち出したわけではなく、伝統的にそのような解釈をしてきたということを再発見したものです。
石田一裕 @lokottara
阿弥陀仏という仏は、生きとし生けるものを救済するというのは、その仏を信じる人々にとって当然の理解であると思っています。 このような理解、つまり人も畜生も同じところに行けるという理解、に基づくと、葬送も同じように行っても良いと言うこともできるかと思います。
石田一裕 @lokottara
ただし(ここから重要です)、往生できるということと、どのように葬るのかということは、本質的には別の問題でもあります。 噛み砕いて言えば、ペットとあなたが同じお墓には入れなかったとしても、極楽で会うことができるということです。
石田一裕 @lokottara
私は北海道の漁村で育ち、漁に出たまま帰ってこなかったお葬式というものがあることを知っています。また行方不明になり、遺体がないお葬式というものもあります。 たとえ遺体がなかったとしても、お亡くなりになった方と極楽浄土で出会うことは可能です。
石田一裕 @lokottara
また同じお墓に入らなくても極楽浄土で再会することはできます(全く同じ理由で、同じお墓には入らないであろうお友達とも、あの世で再会することができます)。
石田一裕 @lokottara
墓地には、その土地土地の慣習があり、また色々な方々が使うという公共性があります。宗教性というものは、慣習と深く結びついていることがありますので、ペットの埋葬にはその点を鑑みることも必要かと思います。
石田一裕 @lokottara
その反面、畜生も人間も仏教では「衆生」という言葉のうちに納められます。この世で縁を結んだ衆生が同じお墓に入っているということは、おかしなことではありません。またそのような気持ちは、大切なものであるとも思います。
石田一裕 @lokottara
ここまで書いた上で、私見を申し上げると、人とペットが同じお墓に入るという選択もできるようになる方が良いと考えています。 慣習によりそれが難しい場合、宗教者はペットを失い悲しむ方の苦しみとしっかりと向き合い、いつか再会できるということをお伝えしなくてはなりません。
石田一裕 @lokottara
私自身は仏教教理の研究者であり、埋葬の方法や様々な慣習については明るくありませんし、教理があるからといって、慣習をないがしろにしてはいけないと思います。(そういう慣習を、教えで破壊するのが仏教の魅力でもあるのですが…)
石田一裕 @lokottara
いずれにしましても、一つ一つの供養に、一つ一つ向き合ってくのが仏道だと思っています。 最後に法然上人のお言葉の一つをご紹介しておきます。 仏教には忌ということ無し 南無阿弥陀仏
石田一裕 @lokottara
いくつかコメントもいただいておりまして、また反響もあり、ありがたいと思っています。 ただただ自分自身が、誰かの悲しい気持ち、苦しい思いを、くみ取れるお坊さんになれるよう精進します。 twitter.com/lokottara/stat…

## 続いて当アカウントによる追加補足です。

じょーべや(大正大学浄土学研究室) @jobeya
さて、本日の #おはよう日本 でペットの往生・納骨の問題が取り上げられていましたが、ざっとツイートを見たところ、若干受け取りに誤解が見受けられましたので、述べておきますが、 『「浄土宗」がペットの往生・納骨を認めた』わけではなく、
じょーべや(大正大学浄土学研究室) @jobeya
『浄土宗のいち僧侶・研究員』が研究の結果、『ペットも往生可能なのではないか』という研究のいち結果を提示したので、浄土宗の公式見解ではありません。
じょーべや(大正大学浄土学研究室) @jobeya
また、ペットの納骨可のお寺もたまたま浄土宗であったので、すべての浄土宗のお寺が同じお墓に埋葬を許可しているわけではありませんので、誤解のないようにご注意ください。
じょーべや(大正大学浄土学研究室) @jobeya
とりあえず反響は大きかったので、関連ツイートをまとめてみました(^^;) 今後も追加していく予定です。
じょーべや(大正大学浄土学研究室) @jobeya
あと番組内で「浄土宗学術大会」とありますが、正式には大正大学の一研究室が主催している「浄土学学術大会」です(-_-;)。 さらに「往生」と「埋葬」の問題を同じものとして報じていますが、まったく別の議論ですので、同列には扱わないようにご注意を。

# 以下、番組をご覧になったかたや、関連するツイートです。

次元 @jigendayon
@mikkabozu7676 @hensan_jozan 新しい世界(時代)の考えになってきてますもんね! 色んな宗派、定義、個人の考えから新たな概念が産まれてもいいと私は思います。 今では定着している浄土宗、真宗なんかも昔は新しい概念だったでしょうし( * ॑˘ ॑* ) ⁾⁾
松本正弘 @mikkabozu7676
@hensan_jozan @jigendayon う〜〜ん、九品という概念もありますから、下品下生の下を想定しなくてはならなくなる? これ、真剣に論義する必要がでてきますね〜
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
@jigendayon @mikkabozu7676 仏教的にはやっぱり序列があって、畜生は人間の下という事になりますねぇ。これは悟りに近いか近くないか、という基準でしかありませんが。しかし「餓鬼畜生にも劣る人間」がいるのも確かで、善を積んで天上へ行ける動物もいれば、地獄へ落ちる人間もいます。
次元 @jigendayon
@hensan_jozan @mikkabozu7676 運転しててなんとなーく思ったのですが、 『畜生』と言ってちょっと見下す(適切な言葉が思い浮かびませんで)人も居るかもしれませんが、実は、あの世では人間よりも高い位置にいるものだったりするのかな……と。 だって、動植物って人間よりもっと『純粋に生きて』ませんか?? まあ、妄想なのですが
次元 @jigendayon
@AKBgongen まぁ、作りませんけどね!(笑) 私が、その方なら、の例えなので。 ただ、今は、昔みたいに遺体を埋められないのが……( ^_^ ;) 法律に触れるので悩みどころです。 そこら辺の事も今後のペットの死後の課題になるのかな~?と思います。 先代の子までは裏山に埋めてたけど、さすがに今の子は…
日誌編纂室@京極一条 @hensan_jozan
@jigendayon @mikkabozu7676 畜生だから適当でいいよね~は確かに違いますよね。彼らも彼らの「苦」を背負っている。何となくごまかしちゃってますが、我々は因果によってこの生を受けていて、彼らにも彼らの善悪の業があって今存在しています。それを見ずに人間と同じことをさせても、効かない足りないという事が起きるような。
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コメント

jk @jk_1976 9日前
釈尊オリジナルの教えがどれだけ残ってるかわからんのだから、時代や地域に合わせて教義が変わるのは当然というか生き残るために当たり前のことだからいいとして 虹の橋の話なんかが代表だけど、死後も飼い主のために生きることを期待されるのは可哀想だなあ その思想の延長が先日のニュースの、飼い主の遺言で元気な犬が安楽死ってやつかと思うのだけど うちは焼いて庭に埋めるかなあ
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