艦娘はなぜ自殺するのか

同志雪の人＠活動低下 @yuki_8492

彼女の部屋には、三種類の薬瓶と日記があった。 薬は激しい動悸を抑える薬、不安を和らげる薬、悪夢をできるだけ抑える薬。日記には、鎮守府に着任してからのことが書かれている。

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最初のページは、着任当日。 今日はあまりすることがない。着任の挨拶をして、荷物をロッカーにしまった。艤装は組み立て中で、明日には調整、明後日には出撃できるようになるだろう。良い食堂に、良い隊舎。とても過ごしやすい。でもやることがなかった。今日はそんなところだ。

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そして最後のページ。 希望を全てなくした。もうすぐ終わりが来る気がする。もうすぐ、いまにも。もう暗闇しか見えない。 そうやって彼女は、再起不能になった。

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戦争が終わって、彼女を祖国へ連れ帰ったのは、側面に大きな十字が描かれた車両だった。それは死傷者専用の車両だった。 死傷者…それが彼女だった。 負傷者だった。死者だった。終わっていた。 #艦娘はなぜ自殺するのか

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軍艦マーチの音色はいつだって勇ましい。 彼女達は誰もがこの音色に送られて戦争へ行き、この音色に迎えられて戦争から帰ってきた。

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帝国が戦争に送り込んだのは、数えきれない程の、年端もいかない少女達。 彼女達は戦い、勝利し、幾らかは帰らず、そして幾らかは…程度の差こそあれ…どこか壊れて帰ってきた。

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彼女たちの一人は言う。 「悪霊のようなものに、取りつかれずに帰ってきた者は一人も居ないと思う。その悪霊は普段は息をひそめていて、動き出す機会を狙っているの」

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別の一人、寝汗とパニックの発作に苦しんだ彼女はこう言う。 「誰か、誰か助けて。どうしても助けが必要なの」

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また別の一人。 「毎晩のように悪夢を見るし、何もかもが頭にくる。外に出る度に、地面の上にある何もかもが気になってしょうがない。もちろん水の上もだ」

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家で襲撃を受けるというものもいる。 「家でくつろいでいると、窓の外に深海棲艦が現れて、攻撃してくるの。窓を突き破ってね。無ければ扉、襖、障子…なんでもいいわ。そういう夢なの」

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ある夫は言う。 「戦争が終わって何年もたつのに、妻は情緒不安定だ。昨日も殴られたし、顔を噛まれたこともある。こないだの週末はお前は最低の糞野郎だと怒鳴られた。欲しかった皿が買えなかったからさ」

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いたって普通なように見えるものもいる。 「彼氏が言うには、私は寝ているとき悲鳴をあげているらしいの。それ以外は、何の問題もないんだけどね」 そう言った後に、困ったように笑う。

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とある艦娘は言う。 「あの戦争のことを、過ごした日々のことを、死んでいった仲間たちのことを、私たちがやったことを、やらなかったことを、考えない日は一日たりともありません。でも明日は来るし、任務もあります。人生だって、進んでいく」

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深海戦争で数えきれない程の少女が、艦娘として戦場に送り込まれた。 そして戦争が終わり、帰還して、その大半の者は自分を肉体的にも精神的にも健康だと思っている。どちらかに傷を負ったものも、多くは折り合いをつけていく。

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彼女達は前へと進んだ。 彼女たちの深海戦争は遠ざかっていき、ある者はあるべき日常へ、ある者は次の戦争へと向かった。

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しかしその一方で、深海戦争に捕まったままの者もいた。 今では心的ストレス障害と呼ばれるこの傷は、当時あまり重要視されていなかった。

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数えていないから、帰還した艦娘達のうち、どれほどがこの傷を負ったかはわかっていない。 だが彼女達は確かにその傷を受け、苦しんだ。結末はそれぞれで、記録が残っている者も、居ない者もいる。

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どんな戦争にも「戦争の後」があり、深海戦争にもそれはあった。 この国もあれからいくつかの「戦争の後」を経験して、何が重要なのかわかってきた頃合いだ。ならば深海戦争で省みなかった「戦争の後」に、改めて注意を払ってもいい頃合いじゃないだろうか。

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それが全体でどれほどの規模だったのかは、今となっては調べようがない。だが記録に残ったひとりひとりについて、考えていくことはできる。

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まずは一冊の日記を残した、一人の少女から始めよう。 深海戦争から帰還し、元の日常に戻ろうとして、戻れなかった少女の話だ。戦場の傷で壊れてしまった彼女は、もう戻れないとわかっていても、元の形を取り戻そうとして一日を過ごした。

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今日を過ごし、明日を過ごし。 次の日も、また次の日も、同じように。 #艦娘はなぜ自殺するのか

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任務について、彼女は書く。

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0300、ある船を臨検することになった。戦隊の母艦が、救難信号を出しながら漂流しているのを発見したからだ。明らかに何か起こっているけれど、何が起こっているのかわからない。 提督は調査を決意して、私達が行くことになった。海難者は助けなきゃいけないし、状況を得ずと言うのはいかにもまずい。