私は疲れて、再び隣接区画まで行ったところで甲板に倒れた。そうしたら火勢が急に強くなって、居住区はあっという間に炎に包まれた。 私はとりあえず、脱出が間に合ったと思ってほっとした。
2019-12-23 19:50:11息をついたとき、区画の中から助けを呼ぶ声が聞こえた。自分の名前を呼んでいた。それで私は、被弾の直前まで一緒にカードをしていた親友がいないことに気が付いた。
2019-12-23 19:51:13……… …… … メモにはこう書かれている。 「見渡すと、私に見えたのは一面の炎と、あの子が座っていた椅子の近くにある、人の輪郭だった」
2019-12-23 19:52:48彼女は何度もそのことを書いた。メモだけでなく、報告書にも書いた。調査委員会の聴取のときは語って聞かせもした。 ただ、あることについては一度も書かなかった。一言もしゃべらなかった。それ以来ずっと見ている夢のことだ。
2019-12-23 19:54:07炎に包まれた親友が言う。 「どうして助けてくれなかったの?」 この夢を数日に一度は見る。助けた他の戦友の夢は一度も見ない。親友の夢だけを、炎に包まれて炭になり、ぼろぼろに崩れていく夢だけを見る。見ない日が続いても、突然その夢が始まる。
2019-12-23 19:56:18見も知らない人たちが言う。 「あなたの勇気に感動した」 「あなたは英雄だ」 「あなたは正しいことを成し遂げたのだ」 高らかに響く軍艦マーチ、ファンファーレ、彼女をたたえる声があがり、胸に勲章が光る。
2019-12-23 20:00:06戦争がまとわりついてくる
少女たちは大切な人からもらった御守りを懐にしまって、最後の言葉にまつわる冗談を言い合った。そそくさと煙缶のまわりに集まって、最後になるかもしれない煙草を吸った。
2019-11-14 18:12:38艤装の結合部を繊細に繋ぎ、推進装置を履き、固定具をきつく締め、妖精たちの具合を確かめた。「出撃」という言葉と共に、艦娘母艦の艦尾から滑り降りていった。蒼く染まった海で何が待ち受けて居るのか、よくわかっていた。
2019-11-14 18:12:55少女たちは、僚艦が魚雷を受けて宙に高く吹き上がり、ばらばらと降ってくるのを見た。また別の僚艦が焼夷弾の直撃を受けて炎に包まれ、自分の魚雷を爆発させるのを見た。友人だったものが海流にのって流れてきて、カモメに啄まれて形を失っていくのを見た。
2019-11-14 18:13:47自分たちの守りをすり抜けて、輸送船が吹き飛ぶのを見た。海面が燃え上がるのを見た。その中で呻き声をあげながら燃えていく人々を、自分と同じくらいの年嵩の子供が海の底へ沈んでいくのを、首尾よく浮き輪を捕まえたのに漂流して腐っていった人を見た。
2019-11-14 18:17:07整備員が僚艦を失った艦娘の艤装に引っ掛かっていたなにかを拾い上げて、悲しみに満ちた声で「手の指だ」と言うのを。ある日の夜異臭のする便所の中に、動かなくなった親友がいるのを。
2019-11-14 18:19:32沈んだ艦娘母艦の周囲で秘書艦が「司令はどうした?」と尋ねてくるのを。休暇があけたら部隊がなくなっていて、残った僚艦が「貴女がいたら、こんな酷いことにはならなかったのに」と言うのを見た。
2019-11-14 18:19:32さらには何度も爆発の音を聴き、数えきれないほどの水柱が立ち上がるのを、何十隻もの艦娘と輸送船が燃え上がって残骸となり、海底に降り積もっていくのを見た。しまいには殆どの艦娘が、その残骸に取り込まれてしまう。
2019-11-14 18:20:14あるのは恐怖と罪悪感。自分が死ぬのか、自分が殺すのか、それとも自分のせいで死ぬのか。やがて耳鳴りがし、心臓が激しく鼓動し、精神が暗闇に落ち、目にときおり涙が溢れてくる。
2019-11-14 18:20:36少女たちはわかっていた。わかっていたのだ。それでも連日出撃して、戦争がどんなものかあらためて理解する。ここには華やかな勝利も、勇壮な戦いもない。ひたすら港にたどり着くまで頑張り、復路でまた港に着くまで頑張る。頑張って、頑張りぬいて、いつか家に帰るその日まで頑張った。
2019-11-14 18:22:09そして少女たちは現在、戦争中にした頑張りから回復する為に頑張っている。それである者は手首を噛むようになったのかもしれない。ある者は薬を過剰に飲むようになったのかもしれない。ある者は僚艦の声を永遠に聴くようになったのかもしれない。
2019-11-14 18:22:39戦争が終わってたくさんの月日が過ぎたけれど、少女たちはまだ戦場にいて、戦争をしている。 どれほど頑張ったところで、戦争はいつまでもまとわりついてくる。いつまでも、いつまでも…… #艦娘はなぜ自殺するのか
2019-11-14 18:23:48