0.報復

13年春のこの日、帝国は深海棲艦に反撃を開始した。
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同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

戦隊事務室の電話が鳴るや否や、受話器を取って通話のスイッチを押した。

2019-12-28 08:59:48
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

艦娘対応改修で艦娘運用能力を獲得した防御型駆逐艦サジフツの艦橋下、旧司令部庶務室を改装した事務室の艦内電話だ。単に食事の用意が出来たと言う知らせかもしれない。だが私は、この電話こそ何週間も待ちわびていた知らせだと直感していた。私達は、とある作戦の発動を心待ちにしていた。

2019-12-28 09:00:20
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「はい、戦隊事務室。重巡洋艦娘〈衣笠〉」 電話の向こうは、戦隊専任の連絡士官だった。この艦隊の指揮を執る"提督"の連絡士官で、旗艦と連絡を取り合って、戦隊の任務を調整している。一方私の任務は深海棲艦の電波情報を収集する為に、サジフツに搭載された戦隊を指揮することだ。

2019-12-28 09:00:54
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「出撃をお願いします」 「何隻でですか?」 「5隻すべて」

2019-12-28 09:01:21
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

私と護衛の4隻の駆逐艦艦娘の艤装は、既に装備を搭載して格納庫で待機している。私達が装着すれば、すぐに出撃できる状態だ。 詳細はブリーフィングで伝えられるから任務目的まではわからない。だが、受話器を置いて切断のスイッチを押しながら、これだけは確信した。 ついに、報いの日が来たのだ。

2019-12-28 09:01:57
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

13年春、私は情報群の艦娘として駆逐艦サジフツに搭載されていた。未だ電子情報が重要視されなかった時期、私は情報群で唯一の艦娘で、サジフツの搭載も遠征に着いていくための間借りだった。 情報群はかなりの無理をして、自分達の任務をねじ込んでいた。

2019-12-28 09:03:15
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「殴り込み」と呼ばれるこの作戦の目的は、帝国初の(もしかしたら人類初の)深海棲艦泊地への強襲だった。 その為の作戦部隊が編成されると、情報群は即座に強力な工作を開始した。ここで得られる情報が、戦争の趨勢を左右すると考えていたからだ。

2019-12-28 09:05:48
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

私の上司はそう信じて疑わなかったが、艦隊の上層の理解を得られてはいなかった。だが引くわけにも行かない。 なにしろ敵の泊地だ。奴らの指揮中枢に近付き、その情報を集めるまたとない機会だった。これは末端部からしか集められなかったいままでと比べて、大きな進歩になるはずだった。

2019-12-28 09:06:14
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

結果として私はサジフツに搭載され、護衛に駆逐艦娘を4隻もらった。あわせて5隻。私が戦えないことを考えると、これは艦娘部隊の規模としては小さい方だった。

2019-12-28 09:09:43
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

その上、彼女達は現場でこそ私の指揮下にあったが基本的には借り物で、出し惜しみされていた。それを全て出せと言うのだから、相応の理由があるはずだった。

2019-12-28 09:09:50
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

私は再び電話をとり、出撃準備を令した。 増設された格納庫では整備員達が艤装の試運転を開始し、その駆動音を艦内に響かせ始める。その間に私と護衛の駆逐艦娘は作戦室に集まり、ブリーフィングを受ける。

2019-12-28 09:10:40
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

移動するとき通路のあまりの暑さにうんざりし、空調の効いた作戦室について一息ついた。機関かなにかに暖められて、冬でもなければ暑すぎる艦内は、特定の区画でなければ生き物にとって過酷な世界だった。

2019-12-28 09:11:31
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

私が作戦室に入ると駆逐艦娘は既に揃っていて、しばらくして連絡士官も到着した。ブリーフィングの内容は予想した通りだった。 遂に作戦が決行される。

2019-12-28 09:11:56
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

作戦は四段階に分けられた。それは前哨戦、警戒線突破、湾内突入、泊地強襲と呼称され、前哨戦担当の部隊は既に出撃しているとのことだった。 私達の戦隊は、後段の二つに員数外で参加する。

2019-12-28 09:12:31
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

ブリーフィングの間、作戦室は気温によるものではない、艦娘達の殺意による独特の熱気が充満していた。 ここにいる誰もが、仲間を無惨に殺されたと言う点において、深海棲艦に対する同じ感情を共有していた。私も妹分を殺された。祖国をめちゃくちゃにされた恨みもある。

2019-12-28 09:13:54
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

この作戦はその深海棲艦に痛打を与える、反撃の第一歩だった。 「君たちには」 連絡士官は資料を配りながら話し始めた。 「本隊の後方に展開してもらう」

2019-12-28 09:14:25
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

示されたのは主戦場と十分に離隔され、それでいて電波を拾うには十分に近い場所だ。これは電子情報収集の為に改装した、情報群の〈衣笠〉としては、理想的な配置だった。

2019-12-28 09:18:32
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

しかし任務を遂行するなら絶妙だが、他の艦娘としては微妙な地点だった。本隊を支援するにはいささか遠い。後退支援なら出来るかもしれないが、それは作戦が失敗したときだ。

2019-12-28 09:18:48
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

どちらにせよ、待ち望んだ反攻作戦に参加すると言うのに、その趨勢には一切貢献できない配置だった。護衛の駆逐艦娘達は、明らかな失望と不満を持っていたが、ブリーフィングの場で露骨に示すこともなかった。

2019-12-28 09:19:56
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

〈衣笠〉なら情報収集を通じて深海棲艦が血祭りにあげられるところを観測できるし、その収集した情報の価値も理解できている。だが彼女達にはそれすらないのだ。

2019-12-28 09:20:23
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

ブリーフィングが終わり、連絡士官が退席すると、護衛の駆逐艦娘から一人近付いてきた。たしか、彼女は嚮導駆逐艦だったはずだ。 「この局面でもカラスの御守りとは、光栄なのです」 彼女は獰猛な笑みを浮かべて続けた。 「死体漁りも、手伝った方が良いですか?」

2019-12-28 09:21:36
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

意図ははっきりしていたが、私は事務的に答えた。何より私も、攻撃に参加したかったのだ。 「いえ。それは終わってから、考えることになると思います」

2019-12-28 09:21:46