映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』内包された緻密なストーリーを分析&解説(ネタバレ有り)
- kyobyobyo2
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『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、緻密に計算されたストーリー構造をその内部にもっている 監督ジョージ・ミラーには、このシリーズ作品を「文明崩壊後の神話」として描く明白な意図があり、制作上の緻密さは表層の寓話性により巧みに隠蔽されている 内包された物語構造を解き明かしてみたい
2020-03-01 04:06:50まずはストーリーの流れを三幕構成で確認しよう 第一幕(0分~30分):開幕 ~ 砂嵐の中でマックスが車ごと落下するシーンまで 第二幕(30分~85分):砂中で目覚めるマックス ~ フュリオサに「希望は間違いだ」と告げるシーンまで 第三幕(85分~113分):マックスの合流 ~ ラストシーンまで
2020-03-01 04:13:06神話構造を意識していることからか、綺麗な1:2:1の時間配分となっている 揶揄の対象になりがちな「行って戻る」という単純な展開も、神話における定番だ ミッドポイントは59分、スプレンディドがマックスの運転するウォー・リグから落下するシーンだ 詳しくは後述する
2020-03-01 04:19:09主人公はもちろんマックスと言いたいところだが、実際には「マックスを視点人物としたフュリオサの英雄譚」という色合いが強い 「バディもの」として分類することも十分に可能だろう 一行がシタデル(砦)から脱出し、逆に奪取に至る物語が主旋律 そして主役ふたりの内面と絆の物語が、第一の副旋律だ
2020-03-01 04:28:39副旋律は複数にわたって詰め込まれている これを観客にほとんど意識させずに呑み込ませていることが、ジョージ・ミラー率いる制作陣の卓越した技術力だ 細かな物語を一つ一つ挙げていくのは煩雑だし、興を削ぐ行為だろう ここでは「イモータン・ジョーの呪い」という物語に集約して解説を進める
2020-03-01 04:35:04「イモータン・ジョーの呪い」とは何か? それは「暴力によりモノ化される人々」という呪いだ 作品全体を貫く、強烈なテーマでもある 主旋律も、主役ふたりの副旋律も、この呪いにまつわる物語という側面を持っており、多くの登場人物たちの強い動機づけになっている
2020-03-01 04:45:48ジョーの砦内部にいる人々を眺めれば「人間のモノ化」という視点は明白だが、マックスを含むフュリオサ一行の顔ぶれが実に単純化された構図を作り出している 「繁殖家畜」としての妻たち、「戦闘の餌」としてのフュリオサとニュークス、そしてマックスは「輸血袋」として砦に囚われていた
2020-03-01 04:55:00彼らは基本的には暴力によって、そしてときに「飴」を与えられながらジョーに支配されていた 妻たちには金庫内でそれなりに贅沢な生活が提供されており、ニュークスたちウォーボーイズを縛るのはジョーとV8エンジンを軸とした狂信的な宗教だ そしてなにより、ジョーは「水」を支配している
2020-03-01 05:01:35第一幕で主に描かれるのは、砦におけるこうした支配と呪いの有り様だ この呪いを解く旅を先導するのはもちろん、外部からの来訪者であるマックスと、緑の地から「盗まれてきた」フュリオサとなる ふたりが強く結びつく背景が、まずここにある
2020-03-01 05:06:18マックスにはもう一つの呪いがある 序盤からフラッシュバックや幻聴として挿入される、「死んだ少女」の呪いだ マックスと彼女の物語は前日譚としてコミック化されているが、映画単体でもさして理解は難しくない シリーズのファンには周知の事実だが、マックスは第一作で妻子を暴走族に殺されている
2020-03-01 05:10:28少女を助けられなかったこと、約束を守れなかったことがマックスの内面に狂気として宿っている これは、過去の妻子や親しい者たちの死をトラウマとして抱えているがゆえの罪悪感に根ざしている ゆえにマックスは見知らぬ人間と親しく交わることを拒む 彼は意識的に人を「モノ」として見ようとしている
2020-03-01 05:14:02第二幕開始早々、マックスは拘束を断ち切るため躊躇なくニュークスの手首をショットガンで吹き飛ばそうとする また、フュリオサとの闘争ののち行動を共にすることになっても、妻たちへの性欲を窺わせる仕草や表情を見せることはない マックスは英雄だから、という単純な理由からだけの行動ではないのだ
2020-03-01 05:25:41「輸血袋」として車に括り付けられたマックスを一瞥したときのフュリオサの表情は、非常に内面性を窺わせるものだ 彼女は「モノ化」された人々の救済者だ 第二幕の邂逅時には殺し合いに発展してしまうが、事態が落ち着いてからはあっさりと協力関係を構築しようとする
2020-03-01 05:33:31警戒心の露骨なマックスに対し、フュリオサはシフトノブに隠したナイフを行使しようとはしない マックスの戦闘力を評価しているという見方もできるが、フュリオサには自衛以外の理由でマックスを殺す意図はなかったと考えるべきだろう これは、侵入してきたニュークスに対しても同様の描写が見られる
2020-03-01 05:40:52「こいつは私を殺そうとした!」とニュークスへナイフを突きつけるフュリオサを、不必要な殺人だと言ってスプレンディドが制止する 「彼は短い人生を生きる子供なだけよ」とまで述べる ウォーボーイズに対して、同じ呪いを抱えている同情心を妻たちがもっていることを窺わせる
2020-03-01 05:46:05身重のスプレンディドは妻たちのリーダーであり、精神的な支柱だ この脱出を最初に思いつきフュリオサを計画に引き込んだのも、金庫内に残された「私たちはモノじゃない」という言葉を発していたのも、おそらくスプレンディドだ ミッドポイント直後での妻たちの会話が、その傍証となっている
2020-03-01 05:50:36スプレンディドは銃器の扱いこそ不得手だが、行動力にも溢れている ジョーの銃撃を体を張って止め、ハンドルとドアの間に手を挟まれたマックスの窮地にも、ボルトカッターを自ら振るって救っている そしてこの献身的な行為がマックスの頑なな心をわずかに溶かし、そして直後に自らの死を招いた
2020-03-01 05:54:40スプレンディドの落下は、マックスのトラウマを再燃させる 落下の原因はマックスを助けたことであり、またマックスによる銃撃で足を負傷していたことも遠因となっていた 彼女への感謝として控えめに親指を立てていたマックスにとっては、痛恨の出来事だ 彼は頑として、スプレンディドの救助を拒む
2020-03-01 05:58:36マックスの内心はこうだろう 「心を許さなければ、傷つくことはなかった」 マックスは、落下後もしばらく息のあったスプレンディドを見捨てる 引き返すことが論外だったにしろ、その裏切りはマックスの内心で頑然とした事実であったに違いない 少女の幻影がマックスを責める
2020-03-01 06:04:19転向したニュークスの協力で、一行は沼地を抜ける ここでマックスは単身引き返し、武器将軍たちを皆殺しにして戻ってくる なぜ一人で行くのか、と尋ねるトーストに対しフュリオサは「報復だ」と答える 何に対する報復か? もちろん、スプレンディドを見捨てた自分自身の裏切りに対する報復だ
2020-03-01 06:10:42マックスの内面をフュリオサはほぼ正確に見抜いている 彼女自身が、こうした裏切りを重ねてきた過去を抱えているがゆえだろう 「鉄馬の女たち」に出会う直前、フュリオサは「贖い(redemption)」という言葉を口にする 自分と同じ境遇の者を救済することで、自分の罪と生を購おうとしているのだ
2020-03-01 06:17:47「緑の地」がすでに汚染によって失われていたことを知り、フュリオサは絶望し慟哭する 自分の「贖い」がすべて無駄、あるいは単に罪を重ねただけだったことを思い知らされたためだ 一度は一行と違う道を行こうとしたマックスは、思い直して合流し、別のかたちでの「贖い」を提案する 砦の奪取だ
2020-03-01 06:25:43第三幕開始のこのシーンでのマックスは作中でほぼ初めて、人間味のある表情を見せる おどける老女には笑顔すら浮かべるまでに至る フュリオサ一行によって、マックスが間違いなく救済されていたことが示される、非常に美しいシーンだ
2020-03-01 06:30:24クライマックスの追撃戦を一行は制し、呪いの元凶であるイモータン・ジョーを殺すことにまで成功する 失血によって死に瀕したフュリオサへ自らの意志で血を分け与えたマックスは、初めて自らの名を告げる 人間性の救済者であるふたりが、肉体と精神の両面において深く繋がっていることが示される
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