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前回の話
◆◆◆◆ 蒸気二輪が汽笛を響かせ、どんな駿駒にも追いつけない速さで疾駆する。 乗り手は暗い膚に犬歯を持つ若者。 筋骨隆々の体躯に猫科の野獣を思わす敏捷さを兼ね備え、片手に突撃槍の如く機銃を掲げたまま、いかなる奔馬より厄介な機械を巧みに御す。
2020-03-26 21:18:23名はガウドビギダブグ。縮めてガウド。現代に蘇った蛮人。 絶滅請負人ガウド。人類にとって脅威となる超常存在「遺物」を確保、収容、防護する組織「財団」の最高戦力。機動部隊「終端の騎士団」の第一番。 「はっ…馬の足で蒸気機関から逃げ切れるはずねえだろ!」 単なる力任せの猪武者ではない。
2020-03-26 21:20:34科学文明の所産を手足のように使いこなす、知恵ある狩人だ。 しかも、 「…そろそろか…こういう地形だよなあ!」 狭く垂直に近い崖が続く切通(きりとおし)にさしかかると、若者は吠える。呼応したように岸壁が崩れ、雨の如く落石が降りかかる。 「古くっせえ!!」
2020-03-26 21:23:37絶滅請負人は騎機の速度を上げ、じぐざぐに走らせながら死の罠を擦り抜ける。 「っとお」 銃を降ろさず、把手から指をはがすと、鞍壺に据え付けた合切袋を探って、それぞれ火と水の意匠を描いた筒を一本ずつ取り出す。
2020-03-26 21:28:59「っと…合成炭に…化変水っと…うっし」 何かに衝突すれば人機ともばらばらに弾け飛ぶような勢いで馳せながら、のんきとも言える態度で蒸気二輪に筒をそれぞれ叩き込むと、すでに入っていた筒が後方から同じ数だけ弾け出る。 「おっしゃ!!」
2020-03-26 21:31:36馬一頭分の寸法に縮めた機関車は、燃料と用水の補給によってさらに力を増したのか、盛大に蒸気と煤煙を両脇に噴き出し、後方を焔の帯で薙ぎ払う。 「はっはあ!!悪くねえなこいつ」 ガウドは笑ってから、目を細めると、いきなり道を逸れて、山羊でも登攀できそうもない急な斜面を一気に上がる。
2020-03-26 21:34:20「老いぼれ“遺物”が…てめえの罠の張り方は千年古ぃんだよ…どこに隠れてんのかも!!ばればれだっつーの!!」 道を見下ろせる高所の木立に紛れた影の真後ろに跳び出す。 この世のものならざる金属できた弓に矢を番え、枝々と葉群のわずかな隙間を通し標的を射抜こうと構える甲冑の騎士の背を取る。
2020-03-26 21:38:47「らあああ!!!!」 回転式多銃身機関銃から、ちまたの猟銃とは比べものにならない速さで、“遺物”に効果を発揮する特殊な弾丸を叩き込む。
2020-03-26 21:41:09でたらめに見える攻撃だが、狙いは恐ろしく正確で、ほとんどすべての弾着を獲物の首から胴にかけての部位に集める。 ガウドは撃ちながら、木々をへし折り、押し分け、輪を描くように走り続け、一か所にとどまらず、かつ間合いを詰めすぎない。 弾切れと過熱を起こすとあっさり武器を捨てる。
2020-03-26 21:43:23鞍壺の合切袋から長い導火線つきの手投げ弾を取り出すと、蒸気二輪の後方に伸びる焔で火をつけ、見事な投擲で抛り込む。 閃光と爆風が沸き起こるが、すでに人機は急角度で曲がって距離をとり、今度は長い弾帯とつながった新たな連発銃を装備する。
2020-03-26 21:46:36「丈夫な殻だな老いぼれ遺物…だけどな!!俺の弾も銃もまだ幾らでもあるぜ!!」 ガウドの闘い方はきわめて単純。 火力で圧倒する。 どんな大きさ、重さのものでも無限にしまっておける遺物番号一千六百七十五号「便利で楽ちん多次元合切袋」に一国の軍隊に相当する兵器を詰め込み、
2020-03-26 21:50:15次から次へと使い捨てにする。 したがって絶滅請負人は弾を撃ち尽くした後 「やったか?」 とか、 「これだけぶち込めばさすがのやつも…」 とか、 一切口にしない。ただひたすら攻撃を続ける。
2020-03-26 21:51:40しかも人間離れした東夷の持久力は、記録にある限り少なくとも二十日間にわたって不眠不休で引き金を引き、爆弾を投擲し、砲弾を籠められる。 たいていの遺物を一時無力化するには十分で、例え標的が消し炭にならなくても優秀な足止め役として機能する。
2020-03-26 21:54:18「てめえの鎧がぶっ壊れるのが先か、中の肉と骨がぐちゃぐちゃになるのが…ま、どっちがどうなろうと俺はやめねえけどなあ!!」 げらげら笑いながら、舌も噛まず、ガウドは現代の鉄と火による洗礼を、古代の鎧兜に浴びせ続ける。
2020-03-26 21:55:56弓を構えたまま微動だにしなかった甲冑がとうとう爆炎と弾雨の中でゆっくりと、かしぎ、焼野に倒れ込んでいく。 だが絶滅請負人は角度を変えてまた新たな銃を向けただけだった。 「もっと頑張れよ老いぼれ!!!」
2020-03-26 21:57:53吠え猛る若者のこめかみに、石礫がめりこんだ。 「がっ…?」 もう一発。今度は頬に。 「なっ…ああああ!!!」 武器の向きを変えようとした手を、古代どころか原始の飛び道具が打ち据える。
2020-03-26 21:59:25さらに数発の石礫が、蒸気二輪から暗い膚をした半裸の戦士を叩き落とした。 「ざっ…けっ…」 銃火を集めていた場所とはまったく別の茂みから、うっそりと巨躯の青年が現れる。
2020-03-26 22:00:45手には樫の木を適当に削った棍棒を握っている。 「でめっ…鎧を…脱…」 黒の乗り手はもう一発石礫を投げつけて、敵を黙らせると、つかつかと歩み寄って、棒で叩いた。
2020-03-26 22:01:58遺物の容赦ない暴力に、財団の乙級職員は血みどろになりながらしかし強引に立ち上がると腕で棍棒を掴んだ。 「はっ…こんだぼんでおでを」 なおも喚く顔面に黒の乗り手の鉄拳がめり込む。
2020-03-26 22:04:26絶滅請負人は三間ばかり吹き飛んだ。 尖り耳に暗い膚の魔人は軽く首を回すと、横転した蒸気二輪と合切袋に近づく。 一瞬意識を失っていたガウドだが、心臓が五つか六つ打つ間に覚醒すると、おどろくべき体のばねで跳ね起きる。
2020-03-26 22:06:27