ある探偵の噺

主人公の「俺」こと探偵は不可思議な出来事に巻き込まれる
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ツナ @zozosora333

ただの田舎町。不変の世界で、ささやかな幸福と恒常の哀愁だけが存在している。 そんな小さな町に、いつの間にか「彼女」は存在していた。異質、それは恐怖にも似た感情。陶器を思わせる青白い肌と、全て見透かす真黒の闇目。 いつ、なぜ、どうやって。始めは皆そう言って恐れた。 だが、いつしか

2020-03-26 08:15:48
ツナ @zozosora333

俺はこの町で何でも屋、もとい雑用係を営んでいる。だから今回も「調査」を依頼された。 身元及び来訪の特定。正直、俺にはその重要性が理解できなかったが、他に仕事もなかった。 「お人形さん」 子どもたちは彼女をそう呼んだ。夕暮れ、彼女はこどもたちとコマを回して遊んでいる。 ぞくりとした。

2020-03-26 09:08:31
ツナ @zozosora333

事務所へ戻り、ペンを取った。日々報告書をしたため、まとめて依頼主に届けなければならない。 「子等の中で戯れる」「お人形さんの愛称」「私の存在に気づく」 ペン先を強く押し付けたせいで最後の文字が潰れてしまった。 日が暮れている。カーテンを閉めよう。 窓を向くと彼女がいた。

2020-03-26 22:08:06
ツナ @zozosora333

仄かに体温の残るガラス。曇るそこをなぞった。 固まる俺を置き去りに、彼女は暮れる町の何処かへ消えてしまった。唯一の存在証明も、既になくなっている。 これも報告書に載せるべきか。 震える手は、何故だろう。ひどく冷たい。真冬の流水に浸したような。 あれからどれほど経ったのだろう

2020-03-27 22:32:21
ツナ @zozosora333

時間の感覚がない。 町は変わらず、彼女を異物として排除しようとしている。 すれ違う人々は皆、何処か遠くに遺したモノを忘れてしまったのだろうか。 彼女に近づくことは許されない。 だからこうして陰から覗き見るしかない。感情の読めない瞳は、また俺を射ぬいてくる。 分からない。指先が凍る。

2020-04-01 22:31:17
ツナ @zozosora333

何故、知る必要があるのだろう。 「彼女は何処から来たのか」 何処から…。 俺は、一体、何処から……? 夕暮れ。子どもたち。人々。彼女。温もり。冷たい。 ひどく、冷たい。 ここにいる者は皆、冷たい。 彼女を除いて。

2020-04-02 16:11:52
ツナ @zozosora333

「不思議な音でねぇ…生き物の鳴き声なのかしら」 彼女の目撃情報のあった場所で出会った主婦はそう言った。 「カタカタカタ…って。クラリネットみたいにね。でもすごく速いのよ」 およそ、そんな音を聞いたのは初めてだったようだ。 だが、俺はそれに覚えがある。 昔、故郷で聞いた音だった。

2020-04-04 17:31:06
ツナ @zozosora333

報告書をまとめた。 「謎の女は害を及ぼす存在ではないと思われる。尾行するも必ず撒かれてしまい足取りを掴むことは困難。これ以上の捜査は不可能」 俺の心は、さっさとこの不気味な依頼を終わらせて次の町へ移ると決めていた。 そもそも、俺は何故此処に来たのだろう。 兎も角抜け出そう。

2020-04-06 14:09:20
ツナ @zozosora333

「ここからは出られないんだよ」 「始めから皆生け贄だったんだから」 「たまにこうして迷いこんでくる人間がいるんだ」 「それを私たちは"住民"にしているのさ」 ざあぁぁぁ……と微かな水の流れる音がする。この指先の凍えるような感覚は。 俺は今、「死にかけているのか?」

2020-04-09 15:05:15
ツナ @zozosora333

カタカタカタ……… この音は…俺を呼んでいるのか? 「もうすぐで私たちのものになるというのに、奴が現れた!」 起きろ、此処はあなたのいる世界ではない。 そう言っているのか? 「この平穏が惜しくないのか!」 痛みも悲しみも消えてしまう。このままでは。 だから君は、俺をずっと

2020-04-09 15:12:00
ツナ @zozosora333

「惜しくない、とは言えない」 懐かしい匂い。穏やかな夕暮れ。それはまだ幼い頃によく見た景色だった。 「けれど、まだ、痛みを忘れたくない。悲しみも。ーーあの声も」 強く手を握りしめる。感覚はもうないが、思い出すように、強く握る。 ざあぁぁぁぁ………… 流れる音がどんどん近づいてくる

2020-04-09 15:16:56
ツナ @zozosora333

「そうか、残念だ」 夕暮れが、遠のいてゆく。 「ここは、穏やかな世界なのに」 分かってる。分かっているけれど、俺は帰りたいのだ。 優しくて痛くて温かくて苦しい、どうにもならない世界に。 目を開けろ。何かに掴まれ。 「ぁぁぁ、っあああああ!!!!!」 猛烈な痛みと凍える感覚が甦る。

2020-04-17 17:18:45
ツナ @zozosora333

川の中流で岩に引っ掛かっていた。浅瀬だったおかげで助かったのだろう。 行方知れずの女を探してほしいと、追っていくうちに山奥へきてしまった。 足を滑らせ、そのまま気を失って… 昼間に来たというのに、辺りはすっかり日が落ちている。 震える体は、もう動くなと言っているが、俺にはまだ

2020-04-17 17:25:12
ツナ @zozosora333

検討はついている。 やけに柔らかな地面。彼女はきっと。 もはや何も感じない手を必死に動かし、とうとう見つけた。 真っ白な肌。写真の顔と重なる。 そして、あの女と。 「君が、なぜ俺を」 朦朧とする意識の先で、一羽のコウノトリが羽ばたいた気がした。 「ありがとう、見つけてくれて」

2020-04-17 17:30:18
ツナ @zozosora333

あの後、依頼者が俺の身を案じて警察を呼んだおかげで、俺は凍え死ぬ前に救われた。 彼女も、形がなくなる前に見つかった。 あの町は、俺自身が望む世界だったのだろうか。幸せな夢を見て、何も分からぬまま死を向かえようと思ったのか。 しかしなぜ、彼女が現れたのか。

2020-04-17 17:45:56
ツナ @zozosora333

あの鳴き声は、俺の故郷にいたコウノトリのものだ。 きっとあの山にもいたのだ。 彼女の魂は、生まれ変わったのだろうか。そして消えそうな命を、自分の二の舞にはしないと救おうとしたのだろうか。 始まりなのかもしれない。 この命は、俺だけのものではなくなったのだ。 救わなければ、俺もまた。

2020-04-17 17:52:17