「また小説が書けるか不安だったんですが。案外なんとかなった気がします」虚淵玄先生の『ラストオリジン』二次創作SS最終話。#LO_DENSETSU

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虚淵玄 @Butch_Gen

死。 今の私の思考も、記憶も、すべてが消えてなくなる。後に残された身体は誰か他の者になる。 かつてはこの時を待ちわびていた。痛みと恐怖から解放される唯一の出口だと思えたから。でも今は―― #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:24:57
虚淵玄 @Butch_Gen

逃げ出したかった辛酸の日々は、何一つ思い出せなかった。 代わりに回顧されるのは…アタランテ。 その麗しき雄姿。その眼差し。夜空の星のように私たちを導いた気高い笑顔。短い生涯の中で私が集めた、ささやかな宝物たち。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:26:19
虚淵玄 @Butch_Gen

そう――栄光は、確かにあったのだ。私たちの中に、アタランテの面影と共に。誰にも否定できない、決して奪われることのない輝きとして。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:27:44
虚淵玄 @Butch_Gen

だがそれも、私という自我の途絶とともに失われる。 その喪失感に、私は泣いた。まだ身体を持ち合わせていた頃には、ただの一度も泣いたことなどなかったというのに。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:28:57
虚淵玄 @Butch_Gen

声もなく、涙もない仮想空間での嗚咽。それをモモは訝りもせず、蔑みもせずにただ見守っていてくれた。 「昔、誰かが言ってた。すべては雨の中の涙のように消えていく、って。きっと私たちみたいなモノのための言葉なんだと思う」 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:30:15
虚淵玄 @Butch_Gen

「――ああ。泣くのは、いいものだね。洗い流された気分になれる」 ひとしきり泣いた後、私は意外なほど落ち着くことができた。まるで自分が軽やかで透明になった感覚だった。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:31:35
虚淵玄 @Butch_Gen

それでも、モモはさらに会話を続けるのが躊躇われたらしい。私と話したいと言っていたのに、まごついて俯くモモの沈黙は、やや気まずいものだった。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:32:54
虚淵玄 @Butch_Gen

結局、私と彼女とでは、“それ”を除いて他に選べる話題がないのだ。あまり困らせるのも気が引けたので、私から口火を切ることにした。 「何故、アタランテを殺したの?」 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:34:29
虚淵玄 @Butch_Gen

どうしようもなく酷い問いだったにも関わらす、モモはなぜか、ほっとした風に見えた。 「…それが、みんなの夢だったから」 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:36:00
虚淵玄 @Butch_Gen

みんな――途轍もなく大きく、そして適切な主語だった。あの戦いを見守った皆。私たちの勇気を嘲り、私たちの苦痛を慰み者にした皆。そのために私を、モモを、アタランテを設計し世に出した皆。 「夢は…叶えなきゃいけないから。そのために私は生まれてきたから」 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:37:27
虚淵玄 @Butch_Gen

だから彼女は笑顔を絶やさない。地雷の破片に腹を抉られても、私の鞭で首を絞められても。その光景を期待し夢見る者たちのために微笑み、その願いを叶え続ける。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:39:02
虚淵玄 @Butch_Gen

「…ごめんね。つまらない質問だった」 「ううん、ありがとう。私もこうして話せて、やっと気持ちの整理ができたよ」 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:40:27
虚淵玄 @Butch_Gen

「ええ。話せて良かった。でも……」 私とモモの逢瀬は、この泡沫のひとときだけのもの。次に覚醒したときの私は、大魔王だか何だかに成り果てて、きっとモモを傷つけ、罵倒し、大切な物を奪ったりするのだろう。彼女を憎み、時には殺し殺されることすらあるのだろう。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:41:50
虚淵玄 @Butch_Gen

「ポクル大魔王、だっけ?…次の私も、またあなたに酷いことをするんだよね?」 「そうかもしれないし…違うかも。そのときの私が『今の私』とも限らないし」 いつものことだけどね、とモモは苦笑した。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:43:03
虚淵玄 @Butch_Gen

「私もコロシアムでの身体の破損、再生費用の稟議が通るかどうか分からない。駄目なら来期の『モモ』は私じゃなくて、次の子が起用されると思う」 「そっか」 私も、モモも、同じ伝説興行社のバイオロイドである以上、その運命に大差はない。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:45:11
虚淵玄 @Butch_Gen

人間たちは享楽の夢を見続ける。私たちは戦わされ、使い捨てられ、そしてまた戦うために作り直される。その終わりのない循環の中で、今この時のように私がモモの優しさに触れられるチャンスは、もう二度と望めないのだろう。それを思うとやるせなかった。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:46:46
虚淵玄 @Butch_Gen

「…ねえ、いつか、誰も夢を見なくなったら…」 深く考えを巡らすでもなく、私は思いついたままを口にした。 「私たちに夢を課す人間たちが、一人もいなくなる日が来たら、そのときは…」 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:47:59
虚淵玄 @Butch_Gen

それがあまりにも馬鹿げた絵空事だと気付き、私は途中で言葉を切った。 もし仮にそんな日が来たとして、誰が私たちを培養槽から蘇らせてくれるのか。 人間たちの歪んだ夢の中にしか居場所のない私たちに、誰が再び生命を、生き様を選ぶ機会を与えてくれるというのか? #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:49:15
虚淵玄 @Butch_Gen

だがモモは微笑んで――すべての希望を叶える魔法少女の微笑みで、私の言いかけた言葉を引き取ってくれた。 「その時は…私たち、きっと友達になれるよね?」 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:50:36
虚淵玄 @Butch_Gen

私は頷いた。 どうしようもなく空しい、遂げられる筈もない約束だと分かりきってはいたけれど。それでもモモの言葉は、満ち足りた安堵で私を癒やしてくれた。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:52:05
虚淵玄 @Butch_Gen

「なんだか、疲れちゃった…少し、眠るね」 「うん、おやすみなさい。良い夢を」 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:53:24
虚淵玄 @Butch_Gen

モモに見守られながら、私は安息に身を委ねる。 それは冷たく、真っ暗な場所だったけれど、なぜか不快には感じなかった。 #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:54:46
虚淵玄 @Butch_Gen

滅亡前のとある記録 アルカディアの乙女たち ――完―― #LO_DENSETSU

2020-06-17 20:55:21
虚淵玄 @Butch_Gen

長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。どうか今後とも末永く「ラストオリジン」をよろしくお願いします。

2020-06-17 20:56:55
虚淵玄 @Butch_Gen

正直、ここんとこずっと脚本のお仕事ばっかりだったんで、また小説が書けるか不安だったんですが。案外なんとかなった気がします。たまには使ってない筋肉も動かしてみるもんですね!

2020-06-17 20:59:37