「新コロナ禍におけるコミュニケーションのあり方のよい事例」細馬宏通さんによる、BBCで放送された「母親のインタビュー中に娘が乱入」シーンの解説

鋭い分析と的確な言語化ですね
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細馬宏通 @kaerusan

にゃーにゃー言うにゃ。「フキダシ論」「うたのしくみ 増補完全版」「いだてん噺」「ELAN入門」「二つの『この世界の片隅で』」「ミッキーはなぜ口笛を吹くのか」「介護するからだ」「今日の『あまちゃん』から」「浅草十二階」「絵はがきの時代」その他。かえる目で作詞・作曲・ボーカル。アイコンはマメイケダ画伯描く。

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細馬宏通 @kaerusan

BBCの放送中、母親のインタビューに娘さんが割って入っている微笑ましい話なのだが、おもしろいのは、アンカーが「娘さんの名前は?」と母親にきいて呼びかけると、娘さんが母親に「この人の名前は?」と聞き返しているところ。名前を知ることは双方向であるべき、という規範を分かっているらしい。 twitter.com/BBCNews/status…

2020-07-02 12:18:11
BBC News (UK) @BBCNews

"Mummy, what's his name?" The moment Dr Clare Wenham's daughter interrupted her live on TV 🦄😂 bbc.in/2YQlncX pic.twitter.com/pE0g2Q4wVM

2020-07-02 07:16:15
BBC News (UK) @BBCNews

"Mummy, what's his name?" The moment Dr Clare Wenham's daughter interrupted her live on TV 🦄😂 bbc.in/2YQlncX pic.twitter.com/pE0g2Q4wVM

2020-07-02 07:16:15
細馬宏通 @kaerusan

BBCのインタビューで起こったこのハプニングは、新コロナ禍におけるコミュニケーションのあり方としてすごくよい事例だと思うので、少しコメントしておこうと思う。わたしたちは「仕事/プライベート」が混じり合わざるをえないとき、どうやって二つの時間を折り合わせることができるか。 twitter.com/kaerusan/statu…

2020-07-02 20:21:20
細馬宏通 @kaerusan

多くの人は、インタビュアーのクリスチャンがウェンハム博士の娘さんにうまく話しかけることでインタビューがうまくいったと感じてるんじゃないだろうか。Guardianもそういうニュアンスで報じている。それはそれで間違いではないのだが、ここではそれとは少し違う重要な点を指摘しておきたい。

2020-07-02 20:22:08
細馬宏通 @kaerusan

まず、博士が困っているのは、BBCのインタビューという仕事の場に自宅というプライベートな空間が割り当てられており、そこに子供が入ってきてしまっていること。しかし、子供にとっては、そこはプライベート空間なのだから、入ってくるのは無理もないこと。

2020-07-02 20:22:28
細馬宏通 @kaerusan

博士は、0:30から先は、子供の介入を、無言で回避しようとしている。博士は、インタビューという「仕事」の声のやりとりに、娘をたしなめるという「プライベート」な声のやりとりを混じらせたくないのだろう。一方、身体は娘を持ち上げたり手で制止している。youtu.be/_ARfEy3zjE4?t=…

2020-07-02 20:23:07
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細馬宏通 @kaerusan

声は仕事、身体はプライヴェート、それが博士のなんとか取り得る「仕事/プライベート」の切り分けだった。実際0:30から2:11あたりまで子供がかなりカメラにかぶっても、博士は娘さんに対して一言も発していない。

2020-07-02 20:23:27
細馬宏通 @kaerusan

ここで子供に注目してみよう。実は彼女もまた0:30から先は一言も発していない。どうやら彼女は絵を部屋のあちこちに置いてみて、どの位置がよいか独力で試しているらしい。そして、いよいよ母親である博士の助けが必要になったとき、子供は、「Excuse me」と呼びかけている!youtu.be/_ARfEy3zjE4?t=…

2020-07-02 20:23:53
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細馬宏通 @kaerusan

「Mummy...」と母親にむずかるのではない。自分が母親の社会的な営みの中に割って入っていることをわかっていて、母親とインタビュアーの両方に介入するのにふさわしい、礼儀正しい呼びかけをしているのだ。youtu.be/_ARfEy3zjE4?t=…

2020-07-02 20:24:14
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細馬宏通 @kaerusan

博士はこの「Excuse me」に声で答えずに、なおもインタビューを継続することを志向している。それが彼女の声の「仕事」だからだ。しかしここでインタビュアーは、「娘さんのお名前は?」と訊ねる。これは確かにすてきな機知だ。

2020-07-02 20:24:39
細馬宏通 @kaerusan

しかしインタビュアーの質問は、子供の「Excuse me?」への間接的な応答でもあることに注意しよう。博士とインタビュアーの関係に割って入ることを許可してもらうために子供が丁寧に発した「Excuse me?」に対して、インタビュアーは関係を開くことをほのめかしたのだ。

2020-07-02 20:25:00
細馬宏通 @kaerusan

そして子供の名前を博士からきいたインタビュアーはその名前を呼びかけることから発話を始める。「スカーレット、低い方の棚に置いたほうがいいんじゃないかな?」ここで、あなたがスカーレットならどう答えるだろうか。「そうかな」「ありがとう」…いや、スカーレットはもっと大人びた答えをした。

2020-07-02 20:25:48
細馬宏通 @kaerusan

スカーレットは「この人の名前は?」と母親にたずねた。わたしたちは一瞬、これがいかにも子供じみた、知らない人の名前をぶしつけにきく発話だと思いたくなる。しかしそうではないことが次に明らかになる。インタビュアーが「クリスチャンといいます」と答えると…

2020-07-02 20:26:15
細馬宏通 @kaerusan

スカーレットは「クリスチャン(はい)、わたしはこれをどこにやればいいか考えてるんです、おかあさんはどこにやればいいと思ってるのかな」と答えた。彼女は「スカーレット、××××」というインタビュアーの呼びかけと同じ形式で答えようとしているのだ。

2020-07-02 20:26:39
細馬宏通 @kaerusan

スカーレットがインタビュアーの名前をたずねたのは、相手と同じ「呼びかける相手の名前、コメント」という形式で答えるため、言い換えれば、大人の礼儀正しい会話の形式で答えようとするためだったのではないか。

2020-07-02 20:26:55
細馬宏通 @kaerusan

そして、「おかあさんはどこにやればいいと思ってるのかな」という子供の問いに対して、博士はなおも直接子供に答えることができない。それは、声によって仕事にプライベートを割り入れてしまうことになるからだ。そしてインタビュアーの真の機知は次のことばにある。

2020-07-02 20:27:15
細馬宏通 @kaerusan

インタビュアーは言った「なるほどね、おかあさんはどこにやればいいと思ってるんだろうね」。彼が博士のプライベートな発話をさりげなく促したおかげで、博士は仕事の相手の質問に答える形を借りて、我が子に声と身体の両方を使って答えることができた。「そこの棚がいちばんいいよ, ありがとう」。

2020-07-02 20:28:40
細馬宏通 @kaerusan

博士は子供に「thank you」と言った直後に、声と身体とを子供からカメラに向き変え「I'm so sorry」とにこやかに言った。仕事とプライベートに引き裂かれていた博士の声と身体は、ここでようやく一つになり、子供は以後一人で問題に取り組んだ。

2020-07-02 20:29:01
細馬宏通 @kaerusan

おそらく、子供は、母親が声と身体の両方を使って自分と関わってくれることを望んでいたのだろう。博士は自分を二つに分裂させることで、なんとか仕事とプライベート、インタビュアーとの関係と子供との関係を両立させようとしてきた。けれど、答えはそうではないやり方にあった。

2020-07-02 20:29:18
細馬宏通 @kaerusan

インタビュアーの機知もさることながら、博士が仕事に徹しながら、けしてその身体は子供をないがしろにしなかったこと、そして子供が、二人の大人のやりとりを敏感に察し、考え抜いたやり方でそこに介入しようとしたこと、それが事態の変化につながったことに、わたしは相互行為の奥深さを感じている。

2020-07-02 20:30:32
HATA Takeshi / doc film ed & p #MyLoveNetflix ep3 @lookingawry

@kaerusan 私もよくやってしまうんですが、Mummyはミイラですね!(^^)

2020-07-02 22:39:44
細馬宏通 @kaerusan

@lookingawry じつはもとのBBCの字幕が「mummy」になってるんですよ。乳幼児がマミーっていうときはmammy, mummy, mam, mumどれもありみたい。イングランドだとmummyのほうがよく使われるのかしらん。

2020-07-02 22:50:28
まぁ🐴🐾😼ジェンダーは解体すべきもの。社会が規定する『ジェンダー』は『平等』にするものじゃない @ma_sentaku

私は育児しながら仕事をしてきての経験で、「仕事関係者の前で育児(ここでいうところのプライベート)が混ざるのは仕方ないし、今の時代それを周囲が許容し、周囲から子どもに混ざることが必要」だと思ってる。じゃないと、発熱時や受験時などどうしようもないからだ。 だからこの解説を見て涙が出た。 twitter.com/kaerusan/statu…

2020-07-02 23:12:10